第四章「間違ってたらダメですか?」
朝、学校へ行ったら――
校門の前に、どう見ても学校関係者には見えない黒服の男がいた。
しかも突然、
「君」
と話しかけてきたぞ!
そして聞かれたのは、
「現代行動原理研究会を知っているか?」
……なんで!?
九条先輩、今度はいったい何をしたんですか!?
そんな不安を抱えつつ、今回はみんなで春の桜まつりの企画会へ。
お祭り!
桜!
屋台!
今度こそ普通に楽しい放課後になりそうだ!
……たぶん。
朝。
いつものように校門をくぐろうとした僕は、そこで足を止めた。
校門の脇に、見慣れない男が立っていたからだ。
黒いスーツ。
黒いネクタイ。
黒い革靴。
ポマードでテカテカにしたオールバック。
ついでに、なんだか妙に姿勢がいい。
サングラスこそしていなかったけれど、朝っぱらから高校の校門に立っているには、どう考えても雰囲気が怪しい。
保護者……ではないだろう。
先生にも見えない。
僕がなるべく目を合わせないように横を通り過ぎようとすると、
「君」
声をかけられた。
僕は聞こえなかったふりをしようかと思い、そのまま通り過ぎようとする。
「そこの生徒」
ダメだった。
「……僕ですか?」
「ああ」
男は僕の制服を見てから、少し声を落とした。
「一つ聞きたいんだが、現代行動原理研究会という部活動を知っているか?」
「…………」
僕は男の顔を見た。
どうしてこの人が、その名前を知っているんだ?
「……まあ、名前は知ってますけど」
「どんな活動をしている部なんだ?」
「え?」
「現代行動原理研究会だ。普段、どういった活動をしている?」
「…………」
僕は考えた。
コーヒーを飲んでいる。
九条先輩が「なぜ?」と言っている。
僕が困っている。
遠藤先輩が笑っている。
……何をやっている部活なんだ?
「そこまでは、ちょっと……」
「そうか」
男は残念そうに頷いた。
「では、顧問の先生の名前だけでも知らないか?」
「顧問?」
そこで僕は、重要なことに気付かされた。
現代行動原理研究会の顧問って、誰なんだ?
入部してから、もう何日も経っている。
なのに僕は、顧問の先生の名前どころか、顧問が存在するのかどうかすら知らなかった。
「……さあ、知りません」
「そうか」
「というか、あの」
今度はこちらから聞いてやろうと思った。
あなたは誰なんですか、と。
ところが、そのとき校舎から予鈴が聞こえてきた。
「あっ」
時計を見る。
「すみません! 授業始まるんで!」
「ああ、引き止めて悪かったね」
僕は男に頭を下げると、急いで校舎へ向かった。
走りながら振り返る。
男はまだ校門の前に立っていた。
……なんなんだ、あの人。
そして。
現代行動原理研究会。
本当に大丈夫な部活なんだろうか。
今さら、そんなことを考え始めた。
◇
放課後。
僕が現代行動原理研究会の部室へ向かうと、部室の前に三人の人影があった。
一人は白衣姿の九条先輩。
一人は壁に寄りかかっている遠藤政彦先輩。
そして、もう一人。
「あれ?」
どこかで見たことがある。
「あ、藤田君」
向こうから声をかけてくれた。
肩くらいまでの髪を後ろでまとめた女子生徒。
この間、漫画イラスト研究会へ行ったときに会った、水野先輩だった。
「水野先輩。どうしたんですか?」
「ちょっと雅子に話があってね」
「新しい研究テーマになりそうな話を持ってきてくれてな」
「なんでも研究対象にしない!」
水野先輩は苦笑した。
「今度、駅前で桜まつりがあるの知ってる?」
「桜まつり?」
「うん。商店街とか地域の人たちが集まってやるやつ。今年も学校からいくつか出し物に参加する予定なんだけど、私、今日その企画会に呼ばれてるの」
「企画会?」
「それで、よかったら雅子たちも来ないかなって」
「僕たちがついて行っても大丈夫なんですか?」
聞くと、九条先輩が当然のように答えた。
「多くの人間が集まり、集団で意思決定をする場だろう?」
「まあ……そうでしょうけど」
「これ以上ない研究対象ではないか?」
「だから動物観察みたいに言わないでください」
「人間を観察するのだから、人間観察だろう?」
「そういう問題でもないです」
遠藤先輩が笑った。
「俺も行くよ」
「遠藤先輩も?」
「雅子一人で行かせると、何言い出すか分からないから」
「どういう意味だ、政彦?」
「そのままの意味だけど?」
「私は今まで問題を起こしたことなど――」
九条先輩が、そこで止まった。
遠藤先輩も黙った。
僕も黙った。
「……あるな」
「ありますね」
「あるよね」
「なっ、水野まで?」
水野先輩が吹き出した。
結局、僕たち三人も一緒に行くことになった。
◇
会場は、学校から歩いて行ける距離にある商業施設の会議室だった。
そこへ向かう途中、僕たちは駅前の商店街を歩いていた。
桜の時期ということもあり、道には普段より人が多い。
街路樹の下では、スマートフォンを構えて写真を撮っている人もいた。
九条先輩が足を止める。
「藤田君」
「なんです?」
「なぜ人は桜を見ると写真を撮りたがるんだ?」
「綺麗だからじゃないですか?」
「ならば、見るだけでいいじゃないか」
「写真に残したいんですよ」
「なぜ?」
「あとで見返したいからです」
「なんのために?」
「知りませんよ!」
遠藤先輩が僕の肩を軽く叩いた。
「藤田君」
「なんです?」
「律儀に全部答えなくていいからね」
「もっと早く教えてください!」
そんな遠藤先輩を、九条先輩は余計なことを、といった表情で見ている。
「そういえば九条先輩、聞きたいことがあるんですけど」
「ほう。なんだ?」
「この部の顧問って誰なんですか?」
「顧問は校長だが?」
「えっ、校長!?」
九条先輩は何事もなかったような顔をしている。
「なんで校長先生なんですか?」
「顧問だからだ」
「そういう意味じゃないですよ!」
「あれっ、藤田君、今まで知らなかったの?」
「遠藤先輩は知ってたんですか?」
「まあ、一応」
「なんで誰も教えてくれないんですか!」
「普通、入部するときに聞かない?」
「水野先輩まで!」
桜の花びらの歩道を歩く水野先輩も、楽しそうに笑う。
「でも普通、部活の顧問って担当の先生とかでしょう?」
「ほう」
「あっ」
しまった。
九条先輩の目が少し輝いた。
「藤田君。今の『普通』とは――」
「いや、そこに深い意味はありません!」
危ない。
余計な研究が始まるところだった。
「そもそも、なんで入部のときに教えてくれなかったんですか?」
「君が確認しなかったからではないか?」
「九条先輩が入部届をいきなり出してきたからでしょう!」
「君は自分の意思で記入しただろう?」
「それはそうですけど!」
「しかし、なぜ今になって顧問の先生を気にする?」
「そうだ。今朝、校門で変な人にこの部のこと聞かれたんですよ」
「変な人?」
「黒いスーツで、この部が何してるとか、顧問は誰だとか」
「雅子、またなんかした?」
遠藤先輩が、胡散臭いものでも見るかのような視線を送る。
「なぜ私が最初に疑われる?」
「日頃の行いじゃない?」
「水野君まで?」
そんな話をしているうちに、祭りの準備なのか、屋台らしきテントが組み立てられていた。
九条先輩は、またどうでもいいことを口にする。
「祭りでは、なぜ普段より高い食べ物を買うんだろうな?」
「また始まった……」
「同じ焼きそばでも、スーパーで買うより高価な場合が多いだろう?」
「雰囲気じゃないですか?」
「つまり、人は食べ物ではなく雰囲気に金を払っている?」
「まあ……そう言われると、そうかもしれませんけど」
九条先輩は少し考えたあと、
「せっかくだから焼きそばを食べていくか?」
「買うんですか!?」
「なぜ驚く?」
「さっきの話はなんだったんですか!?」
「研究と食欲は別問題だろう」
遠藤先輩が頷いた。
「それは俺もそう思う」
「遠藤先輩まで!」
水野先輩が笑っている。
僕は思った。
この人、よく九条先輩と普通に付き合えるな。
……いや。
普通って、なんなんだろうな?
もう僕まで面倒くさくなってきた。
◇
会議室には、すでに十数人ほどが集まっていた。
商店街の人。
地域の団体の人。
学校関係者。
僕たちより、ずっと年上の人も多い。
水野先輩は慣れた様子で挨拶をしてまわっている。
一方、僕は完全に場違いだった。
「僕、なんでここにいるんでしょう」
「見学だと思えばいいんじゃない?」
遠藤先輩が小声で言った。
「九条先輩は?」
見る。
九条先輩は、すでにノートを開いていた。
「なんでメモ取る準備してるんですか」
「何か問題でも?」
「変な騒ぎを起こさないでくださいね」
やがて会議が始まった。
最初は去年の祭りについての報告。
来場者数。
出店。
ステージ。
僕にはよく分からない話が、しばらく続く。
正直、少し眠くなってきた。
しかし。
「では、今年の催しについてですが」
司会役の男性が資料をめくった。
「毎年同じ内容というのもあれですし、何か一つくらい新しい企画を入れられればと思っています」
少し空気が変わった。
「何か案のある方はいませんか?」
誰も手を挙げない。
僕は周囲を見た。
みんな資料を見たり、考えているような顔をしている。
「本当に何でもいいんですよ」
司会の人が笑う。
「まだ企画段階ですから。思いつきでも構いません」
シーン。
誰も言わない。
僕は隣を見る。
遠藤先輩は静かにしている。
水野先輩も考えているようだった。
そして九条先輩は――。
楽しそうだった。
なんで嬉しそうなんだ、この人。
「…………」
この沈黙。
なんだか居心地が悪い。
誰か何か言えばいいのに。
そう思った。
でも。
その「誰か」って誰だ?
僕もここにいる。
以前、九条先輩に言われた言葉を思い出した。
『一般的な話を聞きたいんじゃない、君の意見が聞きたいんだよ』
僕は、おそるおそる手を上げる。
「あの……」
気づいたら声を出していた。
一斉に視線が集まる。
しまった。
「あー……大道芸とか、どうですか?」
「大道芸?」
「はい。ジャグリングとか、そういう人を呼んで。子供とかも見られるし……ステージじゃなくてもできるんじゃないかなって」
自分でも、だんだん声が小さくなっていく。
司会の男性は少し考えた。
「大道芸かあ」
別の人が首を傾げる。
「でも、そういう人に伝手がないですね」
「呼ぶとなると予算も必要でしょう?」
「ああ、そうですね」
僕は縮こまった。
あ。
ダメだった。
よく考えれば、そうだ。
当然、僕は大道芸人なんて一人も知らない。
いくらかかるのかも知らない。
町内のお祭りで呼べるものかも分からない。
なんで言ったんだ。
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
そのとき。
「まあ、今年も去年と同じようにストリートライブでいいんじゃないですか?」
一人の男性が言った。
「ああ、それがいいですね」
「去年も評判よかったですし」
「私もそう思っていました」
「実績がありますからね」
「そうそう。それでいきましょう」
さっきまで黙っていた人たちが、急にしゃべり始めた。
僕はますます小さくなった。
だったら最初からそう言えばいいのに。
いや。
でも僕の案よりは、そっちの方が現実的なんだろう。
初参加の高校一年生が、何も知らずに大道芸なんて言った僕が悪い。
「ほう、また随分と面白いことを言うね」
隣から声がした。
僕は顔を上げた。
遠藤先輩も同じタイミングで九条先輩を見る。
「あー……」
「……始まる」
「え?」
水野先輩だけが僕たちを見た。
九条先輩が手を挙げた。
「一つ聞いてもいいだろうか?」
司会の男性が、僕のときと同じ調子で、
「はい。どうぞ」
と言った。
「先ほど、新しい企画案を求めたとき、しばらく誰も発言しなかった」
会議室が静かになる。
「そこで、この藤田君が一つ案を出した」
僕の名前出さないでください。
「ところが、その案について十分に検討する前に、別の人間が昨年と同じ案を出した」
お願いだからやめて。
「すると、急に多くの賛同者が現れた」
九条先輩が、いつものように少し首を傾げた。
「これはなぜだ?」
空気が固まった。
やっぱり。
こうなった。
「いや、それは……去年の実績がありますから」
一人が答えた。
「なるほど。それなら、最初にみんなが黙っているときに、そう提案してもよかったのでは?」
「まあ、それは……」
遠藤先輩が額に手を当てる。
「雅子、言い方」
「何かおかしいか?」
「そこなんだよなあ」
九条先輩は続けた。
「私は大道芸が最善だと言っているわけではない」
僕を見る。
「藤田君の案には問題があるかもしれない。予算、出演者、場所。検討すべきことはいくつもある」
やっぱり問題あるんじゃないですか。
「だが、実現できないのであれば、なぜ実現できないのかを調べればいい。そこをクリアできるなら、実現できるかもしれないだろう?」
九条先輩は会議室を見渡した。
「少なくとも彼は、誰かが安全そうな答えを出すまで待たなかった」
「…………」
「その案に価値がないと判断するにしても、一度検討してからでも遅くないのではなかったか?」
誰もすぐには答えなかった。
なんともいえない空気。
僕は机の下に隠れたかった。
そこで、水野先輩が口を開いた。
「まあ……確かにね」
柔らかい声だった。
「大道芸の人に心当たりがないなら、探せるかどうか調べればいいし、予算だって聞いてみないと分からないですよね」
水野先輩が笑う。
「せっかく出してくれた案なんだし、一回くらい検討してみてもいいんじゃないですか?」
司会の男性も頷いた。
「そうですね。では、候補には入れておきましょうか」
他の人たちも、今度は少しずつ頷いた。
僕はホッとした。
同時に。
やっぱり恥ずかしかった。
◇
「……もう二度と会議で最初に発言したくないです」
会議を終え、建物を出た帰り道で僕は言った。
遠藤先輩が笑う。
「まあまあ。そういうこともあるって」
「完全に場違いでしたよ」
「初めてだったんだし、知らないこともあったんだから仕方ないよ」
「大道芸の人なんて、どこから呼ぶのかも知らないですし」
「次から調べてから言えばいいんじゃない?」
「ですよね……」
「私はそうは思わないが?」
九条先輩だった。
「九条先輩?」
「藤田君の意見は、間違っていたのかもしれない」
「そこは否定してくれないんですね」
「なぜ事実かもしれないものを否定する?」
「慰める気ないでしょう!」
「しかし」
九条先輩は僕を真っ直ぐ見た。
「君の意見が間違っていたことと、君が意見を出したことは別ではないか?」
「……別?」
「間違っているのが嫌だから、誰かが先に発言するまで待つ」
九条先輩は歩きながら続ける。
「その人の意見が正しそうだと分かってから、『自分もそう思っていた』と言う」
「…………」
「それなら確かに恥はかかない。間違える危険も少ない」
さっきの会議を思い出した。
ストリートライブという案が出たあとで、急に増えた賛同の声。
「だが、誰も最初に意見を出さなければ、何も始まらないだろう?」
「……まあ」
「藤田君」
「はい」
「君は、自分の考えが正しいと保証されていない状態で、それでも口にした」
九条先輩は少し笑った。
「私は、それだけでも十分価値があることだと思うが?」
「……間違ってても?」
「間違っているかもしれないからこそだよ」
僕は答えなかった。
でも。
さっきより少しだけ、恥ずかしさが薄れた気がした。
最初に海へ飛び込むペンギン。
そんな話を、どこかで聞いたことがある。
海の中に敵がいるかもしれない。
だから群れは、最初の一羽が飛び込むまで待つ。
それと同じなのかもしれない。
「まあでも」
遠藤先輩が横から言った。
「俺は様子見るけどね」
「だから君はいつも様子を見すぎるんだ、政彦」
「はいはい」
「なぜ流す?」
「ほら始まった」
僕は思わず笑った。
やっぱりこの二人は、正反対だ。
◇
そのあと、学校が見えてきた頃、九条先輩と遠藤先輩はコンビニに寄ると言った。
僕と水野先輩は、先に校舎へと向かう。
「今日はごめんね」
水野先輩が、すまなそうな顔で言った。
「え?」
「なんか、いきなり変な会議に連れてきちゃって」
「いや、それは大丈夫です」
「大道芸、私は結構いいと思うけどな」
「本当ですか?」
「子供も楽しめそうだし」
「……ありがとうございます」
少し間が空いた。
さっきの会議での九条先輩が、まだ頭に残っていた。
「あの、水野先輩」
「ん?」
「九条先輩って……昔からあんな感じだったんですか?」
「あんな感じ?」
「その……人がどうして何も言わないのかとか、本音を言わないとか、そういうことをすごく気にするじゃないですか」
水野先輩は少し考えた。
「……ううん」
「違ったんですか?」
「雅子って、昔から心理学に興味があって」
「やっぱりそうなんですね」
「一年生の頃から結構有名だった。先生たちも期待してたと思う」
「へえ……」
九条先輩がすごい人だというのは、論文を書いていると聞いてから、なんとなく分かっていた。
「でも」
水野先輩が続ける。
「今みたいになったのは、少し後だったと思う」
「今みたいに?」
「いつだったかな。人が何を言わなかったとか、なんで本音と違うことを言ったとか。そういうのばっかり気にするようになったの」
「何かあったんですか?」
「そこまでは知らないなあ」
水野先輩は苦笑した。
「ある時期から急に変わった気がするんだけど」
「…………」
ある時期から。
急に。
僕は、顧問の先生のことを思い出した。
『顧問は校長だが?』
そうだ。
そもそも、それも変だ。
なんで校長先生が、こんな変な研究会の顧問をやっているんだ?
九条先輩が一年生の頃から学校に期待されていたなら。
校長先生は何か知っているんじゃないだろうか。
◇
学校へ戻ったあと、僕は一人で校長室へ向かった。
別に、九条先輩の過去を勝手に調べるつもりはなかった。
……いや。
少しはあった。
だって気になる。
なんであの人は、あそこまで他人の行動を気にするのか。
なんで現代行動原理研究会なんて変な部活を作ったのか。
なんで校長先生が顧問なのか。
それに。
朝の黒服の男も気になる。
校長室の前まで来たところで、ちょうど扉が開いた。
僕は足を止めた。
「…………あ」
中から出てきたのは。
朝の黒いスーツの男だった。
しかも、一人ではない。
似たようなスーツ姿の人が、もう二人いる。
そして、その後ろから校長先生まで出てきた。
「本日はありがとうございました」
「いえ。こちらこそ突然申し訳ありませんでした」
「九条君にもよろしくお伝えください」
「ええ」
僕は目を丸くした。
本当に偉い人だったの!?
朝、思いっきり怪しい人だと思ってたんだけど!
男も僕に気づいた。
「ああ、今朝の」
「……どうも」
校長先生が僕を見る。
「知り合いかね?」
「今朝、少し話を」
「知り合いではないです」
僕は即答した。
男が少し笑った。
なんだか余計に恥ずかしい。
三人の男が廊下の向こうへ歩いていく。
校長先生は彼らを見送ってから、僕に向き直った。
「それで、君は?」
「あの、校長先生」
急に緊張してきた。
「僕、現代行動原理研究会の部員になった一年生の藤田です」
「……部員?」
校長先生が少し目を丸くした。
「九条君の研究会に、新しい部員が入ったのか」
「はい」
「そうか」
校長先生は、少しだけ嬉しそうに笑った。
でも、その反応が逆に気になった。
やっぱりこの人は、現代行動原理研究会のことをよく知っている。
「あの」
「なんだね?」
「今朝、さっきの人から現代行動原理研究会について聞かれたんです」
「そうか」
「それで僕、気づいたんですけど」
僕は少し迷った。
「僕、この部活のこと、ほとんど何も知らないんです」
「…………」
「九条先輩が、どうして現代行動原理研究会なんて部活を作ったのかも」
「…………」
「なんで校長先生が顧問なのかも」
校長先生の表情が、少し変わった。
「それに」
今日の会議での九条先輩を思い出す。
「どうして九条先輩が、あんなに人が自分の考えを言うことにこだわるのかも」
校長先生は何も言わなかった。
さっきまでの穏やかな表情が消えていた。
「九条先輩って、昔は今とは違ったって聞きました」
「誰から?」
「水野先輩です」
「……そうか」
校長先生は一度、誰もいなくなった廊下の向こうへ目をやった。
それから僕を見る。
「君は、まだ知らないんだね」
「え?」
「現代行動原理研究会ができた経緯を」
校長先生の声は、それまでより少し低かった。
「何があったんですか?」
短い沈黙。
そして。
「実は――」
校長先生は、ゆっくりと話し始めた。
誰かが最初に意見を出す。
簡単そうに見えて、実際にやってみると結構怖いものです。
間違っているかもしれない。
変なことを言ったと思われるかもしれない。
恥をかくかもしれない。
だったら誰かが先に答えを出すまで待って、正しそうだと分かってから、
「自分もそう思っていました」
と言った方が安全です。
今回、恒一郎はそれをせずに、先に自分の案を出しました。
そして案そのものは、正しかったのかどうかまだ分かりません。
でも九条先輩にとって大事だったのは、そこではなかったようです。
「間違っているかもしれないからこそ、自分の考えを口にした」
そのこと自体に価値がある。
第一章の頃なら「普通はこうする」と周囲を見ていた恒一郎も、少しずつ変わってきたのかもしれません。
そして今回、恒一郎はもう一つ気になることを見つけました。
どうして九条雅子は、ここまで人が本音を言わないことや、自分の考えを口にしないことにこだわるのか。
そもそも――
なぜ「現代行動原理研究会」なんて部活を作ったのか?
次回、最終章では、いよいよこの部活の真相に迫ります。




