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10話 契約結婚

 その一方で小春は、見慣れない西洋風の部屋に通されていた。さすがにあやかし達を屋敷の中に入れるわけにはいかないので、この部屋には正真正銘小春一人しかいない。

 しかし椎原家とは違った意匠に目移りするばかりで落ち着きなく見渡している。明らかに椎原家よりも格上の屋敷に小春はとんでもないところにきたと萎縮していた。


ーーせめて粗相のないようにしなくちゃ。


小春は震える手をぎゅっと握りしめた。居場所のない小春はこの屋敷を追い出されるわけにはいかないのだ。

 そうしてしばらく待ってから扉がノックされた。

 小春は思わず飛ぶように立ち上がった。


「待たせたね」


そう言って入ってきたのは真っ黒なスーツに身を包んだロイだった。

 椎原家で会った時も綺麗なスーツ姿だったが、真っ黒なスーツ姿だと違う印象になる。あの日は丁寧で礼儀正しかった印象だったが、今日は悪巧みをしていそうなミステリアスな雰囲気だ。

 あまりのギャップに小春は怖くなってしまった。

 ロイの笑顔はどこか不敵な印象で、優しいとはとても言えない。


「遠い所疲れただろう?」

「いえ、そんな事ありません。今日からよろしくお願いします」


小春は慌てて頭を下げた。しかしロイは全く気にしていないようで、どかっと荒々しく椅子に腰を下ろした。


「ああ。そう硬くならないで座って」


そう言われて小春もゆっくりと椅子に座る。

 ロイは満足そうに微笑んで、「さて」と話し始めた。


「早速だが私たちの結婚について話をしよう」


そう言われて小春の身も引き締まった。


「突然の結婚の申し出に驚いただろう?」

「ええ。まあ」


小春も一応古くから続く椎原家の娘だ。いつか親が決めた相手と結婚することは予想していたが、まさかこんな唐突な展開になるとは思っていなかった。しかもその結婚相手が美しい外国の人だとは、思いもしなかった。


「本当の夫婦のように振る舞うのは人前だけで結構だ。小春殿には恋人のようなことは求めていない」


そう言われて小春は少し胸を撫で下ろした。


「この結婚は契約だ」


そう言ってロイは書面を差し出した。

 小春が書面を確認すると、そこには結婚の期間や結婚期間中の業務、そして屋敷で暮らす際の注意事項が記されていた。


「前にも話した通り西洋あやかしを捕まえる手助けをしてほしいんだ」


 結婚期間はその西洋あやかしを捕えるまで。そして結婚期間中は西洋あやかしを捕まえるために全面協力すること。護衛はつけるが命の保障はないこと、等が書かれていた。


ーー想像通りだわ。


小春はゆっくり頷いた。


「分かりました。それで、その、西洋あやかしの居場所に目星はついているのですか?」

「居場所までは分かっていない」


そう言ってロイが差し出した書類に、小春は目を見開いた。その書類には西洋あやかしの写真が貼られていた。青く吸い込まれそうな瞳に、きめ細かく白く美しい肌、そして金色に光る髪の毛をした人間とは思えないほど美しい容貌をしていた。

 しかしそんな写真の中の吸血鬼よりも、写真そのものに小春は興奮していた。


ーーこれが写真?すごい……本物みたいな絵だわ。


西洋あやかしを見たことがない小春にもどのような風貌をしていたのかすぐにわかる。小春がまじまじと写真を見つめていると、ロイは神妙な面持ちになった。


「そのあやかしは吸血鬼という」

「吸血鬼ですか?」

「人を魅了する美貌を持って惑わし、誘き寄せることでその人間の血を吸うあやかしだ」

「血を吸う……っ!」


小春はゾッとした。日本にも似たような妖怪がいるとは聞く。改めて写真のあやかし見ると確かに吸い込まれそうなほど美しい男性の風貌をしている。

 西洋文化が入ってきたばかりのこの日本で、こんな美しい西洋人男性に微笑みかけられたら、日本人女性はひとたまりもないだろう。


「血を吸われた人間は干からびて死ぬか、その吸血鬼のしもべになる」

「そんなあやかしが日本に来ているんですね」

「ああ。まだ不可解な死人の話などは聞かないが、農村部など都心を離れてしまうとまだ情報が集まってないだけかとも思う」


確かに都心から離れてしまうとまだまだ閉鎖的な環境が多く、不審な死は呪いか何かと勘違いされ隠されることも少なくはない。

 だがそう言った事があると、天皇直属機関である陰陽庁に報告して陰陽師を派遣してもらい、呪いを祓うことが一般的とされている。


「陰陽庁にも確認はされたのですか?」

「ああ。確認したがそういった報告は受けていないと言われた」

「そうですか」


そうなると実際に被害はまだ出ていないのだろう。けれどこれは確かに早めに解決してしまいたい、と小春は思った。


ーーそう言えば、あやかし達が怖い西洋あやかしがいるって言っていたわね。


それが吸血鬼なのかは分からないがロイに伝えるべきだろうか、と真剣に考えている小春を、ロイはじっと見つめていた。


「そこで、だ」

「は、はい!」


ロイは真剣な眼差しで小春の頬に手を伸ばした。そして愛でるように優しくゆっくりと頬を撫でる。その魅惑的な手つきに小春は体が動かなくなってしまった。


「君の血がほしい」

「ひゃい!?」


ロイは小春の素っ頓狂な声にふっと笑いをこぼした。


「すまない。少しからかいすぎた。小春殿の血を利用させてほしいのだ」

「私の血、ですか?」

「あやかしに好かれる小春殿の血は、吸血鬼にも魅力的に映るはずだ。だから小春殿を囮に使って吸血鬼を誘き寄せたいと考えている」


小春はゾッとした。


ーーお父様とお母様が言っていたのは、この事ね。


ロイの作戦の中で死ねばいい、と漏らしていた両親の顔が脳裏に浮かんだ。両親は囮になってそのまま小春が亡き者になる事を望んでいるのだ。

 それを思い出してまた気持ちが沈んでいく感覚がした。


「今後、具体的に作戦を立てたいと考えているので詳細が決まり次第伝えるつもりだ」


だがロイは最初からそう言っていたではないか、と小春は思った。さっき渡された書面にも同じような事が書かれていた。

 囮作戦なんかで今更落ち込むことではないはずなのに。


ーーどうせ椎原家に居場所はないんだもの。


悩んだところでやる事は変わらない。小春は精一杯笑顔を作ってみせた。


「分かりました」


小春は頷くことしかできなかった。


「この屋敷にいる間は自由にしてくれて構わない。ただ入ってはいけない部屋がいくつかあるから、そこだけは守ってくれ。それと外出する際はジェームズに申し出てほしい」

「え」

「どうした?何か気になる事でも?」

「い、いえ……屋敷の中では自由にしていいという事ですよね」

「その通りだ。何かあったか?」

「いえ……何も」


二年も閉じ込められていたので小春は思わず戸惑ってしまった。しかしよくよく考えれば椎原家での監禁生活が異常なのであって、これが普通なのだ。


「何かあればジェームズに言ってくれ」


そう言ってロイは席を立った。


「では私はそろそろ陰陽庁に行ってくる。後のことはジェームズに聞くように」

「分かりました」


小春も慌てて立ち上がり、ロイを見送ろうと後を追う。

 その時だった。


「きゃーー!!!」


屋敷の外から悲鳴が聞こえてきたのだった。


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