第七話 霊道散歩道
除霊師の幽霊が来てから三日、あれからずっと考えていた。父さんの心配はなくなったが、自分が幽霊だということに気が付いてからというもの、これからどうしていいのか分からない。幽霊お悩み相談室に行きたいものだ。
「てんちょー!また考え事ですか?」
「ま、そうだな」
「考えても分からないときは体を動かしましょう!」
俺は立ち上がって店のドアの前まで歩いて立ち止まる。
「なぁ、ちび助」
「はい」
「俺っていつもドアを手で開けてたよな?」
「はい、手で開けてましたね」
「俺が幽霊なら通り抜けることもできるよな?」
「できると思います」
俺はドアに向かって一歩を踏み出す。
バン!
ドアにぶつかってしまった。しかし全く痛みは感じない。
「通り抜けられないな…」
「やっぱりてんちょーは強すぎるんです!」
ふむ。力が強いと通り抜けることも出来ないのか。
手で扉を引くとガラガラと音を立てながら扉が開く。外を見ると老婆の幽霊が立っていた。
「久しいな小僧」
「三日前に会いましたよおばあさん」
「そうじゃったかの。はっはっは」
「そんなところで何をしてるんですか?」
俺は優しく問いかける。
「暇じゃったから来たんじゃよ」
幽霊は暇なのだ。最近は慣れてきたがこの店には暇な幽霊が集まってくる。人間からしたらいい迷惑な話だが、最近自分も幽霊だったことに気が付いたので対応に困る。
幽霊が増えて陰気なので気分転換に外に出る。
「てんちょー!どこか行くんですか?」
「気分転換にその辺散歩してくるよ」
俺はそう言い残し、店を出る。少し歩いたところで老婆の幽霊が付いてきていることに気づき、歩みを緩める。
「おばあさんも散歩に行きますか?」
「そうさせてもらおうかね」
おばあさんが付いてこられるように俺はゆっくり歩く。老婆の幽霊は浮いているので足腰に負担は無いはずだが、進むスピードが遅い。
「遅くてすまないねぇ」
「いえ、大丈夫ですよ」
俺はどこかに向かっているわけでも無いので、ゆっくり歩く分には問題ない。せっかく一緒に散歩するので雑談でもしようと思い、気になっていたことを老婆の幽霊に聞いてみた。
「おばあさんは何か未練があるのですか?」
「ワシかい?ワシの未練はなんじゃろうな」
老婆の幽霊はニコッと笑みを浮かべながら答える。
「分からない…ものなんですね」
「そうじゃのう、未練はあるんじゃろうが、わからないのぅ」
未練ってのは厄介なものだ。自分では分からないケースが多い。店に住み着いている幽霊達も、あんまり自分の未練を分かっていないのかもしれない。一人だけ未練を解消して完全に消えていった幽霊もいたが。
「俺も自分の未練が分からなくて、最近悩んでいるんです」
「そうかい。おぬし家族は?」
「20歳になる息子が一人。妻とは死別しました」
「なら息子が心配で成仏できないのかもしれんねぇ」
俺の息子は高校を卒業した後に都会の会社に就職した。それからは一度も会ってはいない。高校を卒業する少し前に些細なことで大ゲンカして口もきいていなかった。
「息子とはもう数年会っていない」
「そうかい。」
重い空気が流れる。
数秒の静寂の末、老婆が奇妙な提案をしてきた。
「霊道を歩いてみんか?」
「霊道?」
怪訝な顔で聞き返す。
「その名の通り幽霊がいっぱいいる道じゃ」
「はぁ…」
そんなところに行って何になるというのだろうか。
「ここから歩いて一時間くらいじゃ」
意味が分からないが言われたとおりに付いて行く。一時間と少し歩くととても陰気な、嫌な空気が流れている通りに着いた。周りを見渡すと浮いている人がたくさんいる。
「ここじゃ」
「幽霊がいっぱいいますね」
「ここの幽霊は比較的弱い者ばかりじゃ」
「なぜここの幽霊は弱いのですか?」
「弱い幽霊は霊道から出れんのじゃ」
よく見ると店に居る幽霊より色素が薄い。存在が不安定なのか、今にも消えそうだ。
少し幽霊を観察していると、幽霊たちは皆一方向に向かって歩いていることに気が付いた。
幽霊たちが向かう道の先は光り輝いているように見える。
「おばあさん。なぜあの幽霊たちはあっちに向かっているのですか?」
「あっちに行けばこの世から消えることが出来るからだ」
この世から消える。
「年寄りの散歩に付いてきてくれてありがとう」
老婆の幽霊はそれだけを言うと道の先の光に向かって歩き出した。
「ちょっと待ってくれ!まだ聞きたいことが」
俺は老婆の幽霊を追いかけるが、差は一向に縮まらない。むしろどんどん開いていく。全力疾走しても追いつかず、老婆の幽霊は消えてしまった。
全力疾走で乱れた息を整えながら考える。俺も光の方に向かって歩けば、消えてしまうのだろうか。
俺は考えるのを止めて、光に向かって歩いてみた。歩いている最中、不思議なことが起こった。自分の人生が頭の中に流れ込んでくる。小学生の時野球の試合でホームランを打った事。中学生の時好きな女の子に告白して、振られた事。妻と出会い、結婚した時の事。息子が生まれ、涙を流しながら喜んだ時の事。そして、会社を辞め、居酒屋を開き、新しい一歩を踏み出した時の事。
俺は光に向かって歩くのをやめ、霊道を出ていた。
気が付いたら俺は店の前に居た。ドアに手を伸ばして開ける。
「てんちょーお帰りなさい!」
ちび助に迎えられ、俺は店に戻った。なぜ光に向かうのをやめたのか自分でも分からない。
その日以降老婆の幽霊が店に来ることは無かった。きっとあの幽霊は未練を断ち切っていたのだろう。
後日、老婆と一緒に行った霊道に向かってみたが、霊道などきれいさっぱり無くなっていた。あの時光に向かって歩くのをやめなかったらどうなっていたのだろうか。今では分からない。
店に戻るとクマの着ぐるみの幽霊が店の椅子に腰かけている。
俺はちょっぴりおバカで騒がしい幽霊達との日常に戻った。




