○後編○
翌朝。
日が登りはじめた薄暗い時間。
こっそり宿舎の部屋を出てお城の裏にまわり使用人用の門から外へ出た。指定されたのはそこからほんの少し行った場所だった。
そこには頭からマントを被った大きい影と小さい影。
二人は私に気がついて顔を上げた。
どちらも厳しい顔つきだわ。
「す、すみません。遅れたみたいで……」
「いや、我々も来たばかりだ。それより、君は馬に乗れるのか?」
よく見たら、騎士様の後ろに馬が二頭。一匹はいつかの森で見たこげ茶の子。
「はい、乗れます」
うなずき答えたら、騎士様は手に持っていた手綱のひとつを私に手渡した。そして王子をご自分の馬に乗せ、自分も乗る。私も、よろしくと馬の背を軽く叩いて飛び乗った。
王妃様はなんと言って二人を説得したんだろう。
聞きたいけれど聞ける雰囲気じゃない。
二人はなんだか、ひどく急いているように見える。
騎士様は無言のまま軽く馬の腹を蹴り歩かせる。少しだけ早足。私はその後をついて行く。
城下町は静かだった。
馬の足音だけがぽくぽくと響く。
よく見れば、扉を板で打ち付けて入れないようにしている家が何軒かある。ほとんどが商家かお金持ちの家みたい。たぶん家の人は逃げ出したんじゃないかな。貴族街は知らないけど、もっと静かになってるかもね。
私たちはしばらく町中を進み、東の門を抜けて外へ出た。
町はそれほど背の高くない壁に囲まれ、門は東西と南にある。
門を抜けて少し行くと街道は北に向かう。半日ほど行った先に港があるそうだ。私は行ったことがないけど。
騎士様はその道を進み、馬の足を早めた。
南は敵の悪評大国、西はそれに乗っ取られた小国、ならば北の港から逃げるしかないのはわかる。でも、どこに?
私も黙って馬に駆け足を頼みついて行く。
「マデリナ。母上から聞いたが、お前は東の国から来たそうだな」
「え? あ、はい」
突然、王子に話しかけられちょっとびっくり。
「急いで行けばどのくらいで着く?」
「へ?」
「海を超えた先で国交もないと聞いたが、お前が来れたということは民間では船の行き来があるのだろう?」
「え? えっと……」
「北の港では王族所有の足の速い船がある。それで向かえばずっと早く行くことができるだろう。そして、なるべく早く東の国に支援を取り付けたい。南の大国がいつ攻めてくるかわからんからな」
王子が言えば、騎士様がうなずいた。
「王妃様はできるだけ話し合いで大国を抑えるとおっしゃっていたが、相手はあの凶悪な大国だ。少しでも早く、良い返事をいただいて帰りたい」
「母上の親書は持っているが、王子が二人しか共を連れずにやって来て信用してもらえるだろうか」
「特使を目立つ形で送り出せば大国に邪魔されかねません。王妃様にとっても苦肉の策です」
ああ……王妃様。
そんなふうにお二人を騙して国から逃したのですね。
それとも、私が言い濁したから東の国に若干の希望を持ってしまったのかしら。
どちらにせよ、そんな理由で国を出たのならお二人は逃亡の誹りは受けずに済むわ。
でも、王妃様は?
「なあ、マデリナ。東の国はどんな国だ?」
無邪気な王子の問いかけに、涙がこぼれたわ。
「マデリナ!?」
王子の驚く声に、騎士様は馬を止めた。私も止まる。
そして、聞く。
「騎士様、王子様、神様ってご存知ですか?」
その問いに、二人ともぽかんとしてしまったわ。
「何を唐突に。確か大昔にいたという超越した力を持つ存在だよな? 世界を作ったとか生き物を作ったとか歴史学の一部で聞いたが」
「そのような話、今は関係ないでしょう。ここからは馬を走らせます。マデリナ嬢、案内を──」
「聞いてください。東の国にまつわる大事な話なんです」
そう告げれば、お二人は黙って聞く体制になったわ。
言いたくないけど、これは言わなきゃ。
「東の国は数年前に、神を呼び起こそうとして失敗したんです」
嫌な気配を感じたのか、二人は眉を寄せて身を硬らせる。
「失敗?」
「生贄を捧げて、島に眠るという神様を呼び起こし願いを叶えてもらおうとしたんです。彼らの願いは、国の安寧」
「そのようなことが叶うのか!?」
騎士様が飛びつきそうになる。そりゃ、今この国にこそ欲しいものだものね。
「落ち着けシグアード、失敗したと言っているではないか」
「ああ……」
そうなんです。
失敗したんです。
「祭司たちは生贄に選ばれた娘に、国の安寧を願い命を捧げよと命じました。でも、娘は死の直前に自分の願いが心をよぎってしまったんです……素敵な恋がしたかった、と」
二人して首を傾げているわ。
ちょっと笑ってしまう。
「神様はその願いに答えてしまったんです。ご自身の力と同等の力を娘に授け、当の本人は大あくびをしながらまた眠りについてしまわれました」
あの時はびっくりした。
司祭たちもびっくりしてた。
その後は、阿鼻叫喚。
「それからは大変でしたよ。余計なことを考えた娘を罵倒する者、娘に敵国を滅ぼさせ願いを遂行するよう命じる者、娘の願いに沿えば神の伴侶になれると襲い掛かろうとする者、または息子や配下をあてがおうとする者。さんざんでした」
大きくため息。
騎士様は首を傾げる。王子様は目を見開く。
王子様は、誰の話をしているかわかったみたい。
「その娘というのは……」
「ええ、もちろんその娘は逃げましたよ」
「いや、そうではなく──」
「もう少し聞いてください。その東の国は最初の生贄には失敗したけど、神を呼び起こしたことだけは間違いなかったと、その後も何度も生贄を捧げ続けたんですよ。そのせいで国の混乱は拍車がかかり、娘が逃げ出した時にはもう滅んだも同然の状態になっていましたよ」
「なっ……」
「待て、それでは我々が支援を求めに行っても無駄ではないか?」
そうなんです騎士様。
とは口に出せず、苦い顔をするしかできなかったわ。
「王妃様はそのことをご存知か!?」
怒鳴られた。
見たこともない、見たくもなかった怒りの形相に泣きそうになる。
「言いましたよ。東の国は頼れないって。王妃様が私に言ったのは、騎士様と一緒に王子様を逃してほしい、それだけでした」
言い終わると同時に、騎士様はお城の方を振り向いた。そして息を飲む。
その様子につられて私も王子も振り向いて、ギョッとした。
遠くに見える城下の町から一筋の煙が登っているのが見えた。
それは町の南側。
二筋、三筋と煙は増えて、その色は黒く太いものとなっていく。
まさか、敵襲?
もしかして、王妃様はこうなることを知っていてお二人を今日の朝、早いうちに逃したの?
なんて人……
「王子を頼む!」
騎士様の叫びと共に、私に向かって王子様が放り投げられた。思わず両手を差し出し受け止める。危うく馬から落ちそうになったけど、なんとか堪えて王子様を抱き抱えた。
「騎士様!?」
「シグアード!?」
と二人で叫んだ時には、もう騎士様の駿馬は町に向かって爆走していたわ。
「何をしている、マデリナ! シグアードを追えっ 城に戻る!」
なんて言われても、私は動けず騎士様を見送るだけ。
「おい! 先ほど話した神の力を持つ娘とはお前のことだろう!? シグアードが好きなんだろ!? なぜ追いかけない!」
ちょっとばかりびっくり。
騎士様は全く気がつかなかったことにちびっ子王子が気付いてた。
「そうよ。でも、聞いていたならわかるでしょ? 私が願ったのは『素敵な恋』」
冷たい石の寝台に縛られ、振り上げられた斧を見て、涙を流すことも禁じられて、言われた通りの祈りを口にしながら思ったことは、とても細やかな普通の願いだったわ。
「想い想われ心が通じ合えるような恋がしたいと願ってしまったのよ。まずはそれを叶えてこそ、次の願いが叶えられるの」
意味が分かったのか王子はおどろく。
「自分の身を守るくらいはなんとかできても、国を救うような大きな事は……今の私にはできないわ。もし救えたなら、私は故郷を救えていた」
荒廃に耐えられず、私は逃げ出した。
故郷の国を含む島のあちこち放浪して、長い年月を得ても心ときめく人には会うことはできず。海を渡ってこちらの陸地にやって来た。
「森の中で、はじめて騎士様をお見かけした時、運命を感じたの。私はこの人と恋をするんだって。でも違ったわ。騎士様には心に決めた人がいたんだもの。だから、私はやっぱり役立たずのまま──」
「それは違う!」
騎士様の向かった方角を見つめたままの私に、大声を上げた王子。
ムッとして、抱き留めたまま横抱きにした王子を見たら、なぜか顔を真っ赤にしていた。
「お前は勘違いをしたのだ。あの時、運命を感じたとしたら、それはシグアードではなく僕だ! あの時、僕もそこにいたし僕も運命を感じたっ」
…………
………………
「………………は?」
呆れが声に出てしまったわ。
「いや、いやいや、私は子供には興味はないわ」
「そんなもの、あと五年もすればシグアードよりも立派な青年になるから問題じゃない」
「今、この国が滅びの危機なのに!?」
「ならば今すぐ僕に恋をしろ! 僕は初めて会ったあの時から、ずっとお前に恋をしているっ!」
んえっっ!?
「王妃の座を狙う寵姫の手下に拐われて、殺されそうになった時に突然現れ俺を救ってくれただろう。あの瞬間から僕はお前が好きになってたまらないのに、お前はいつでもシグアードばかり見つめていた。だが、今なら間違いを正せる。お前を好きなのは僕だ!」
うえ? うええっ!?
王子様が私を睨んでたのはそれが理由!?
あの時、あの森で子供を追いかけ回す男たちを見て思わず飛び出して間に入ったわ。それだけよ? その直後に馬で駆けつけた騎士様が王子を助け上げ、馬で撥ねそうになったあげく置き去りにする私に「すまない」とだけ言って去ってしまった騎士様。
……今、思い返せば、あれはあれでひどいんじゃない? とも思うけど。
王子の顔は真っ赤なままだし、私の顔もかなり熱い。
答えかねて頭がグルグルしてしまったけど、大きくため息をつく王子にハッとした。
「すまない。つい、気が昂っていろいろ言ってしまった。どうしても城へ戻りたくないならここで馬を降りてくれ」
「え?」
「僕はこの国の王位継承者だ。母上や忠義の騎士を見捨てて逃げるわけにはいかない。いや、そもそも恋した者を戦場になっているかもしれない場所へ連れて行こうなど、それこそおかしな話だった。マデリナ、馬から降りてここにいてくれ。確約はできないが迎えに来るから待っていろ。もし、戻らなければその時は……別の運命を探してくれ」
何? この十歳児。
いやだわ、こんな子供の言葉にドキドキするなんて。
そんなわけないと思う頭と、そうならばと高鳴る胸に心が揺さぶられる。
それでも、なぜか力が漲ってくるのがわかる。
できることがあるなら、やりましょう。
「行きます」
私は横抱きにしていた王子を馬に座らせ、手綱を取る。
「マデリナ」
「でも、私は子供に恋なんか、しませんからね!」
頬が熱くなるのを止められないままそう叫び、手綱を振るう。馬は嘶き前脚をあげて駆け出した。上へ、上へ、神馬の如く空に向かって。
「なっ!? 飛んでる!? 何がどうして!?」
私だってわからない。
たぶん神様の力で飛んでいるのだと思うけど。
海を渡る時は飛ぶほどの力はなかったけれど、恋を求め心が赴くままに進み続けていたらいつの間にか海の上を歩いていたわ。飛べるということは、あの時よりも神の力が発揮されているということかしら。どうかしら。
私もまだ混乱しているけど、王子はもっと混乱しているみたいだわ。顔が青い。
「高いところは、怖いですか?」
「こっ、怖くない!」
「そういえば、あの時も馬に乗せられ震えていましたね」
「震えてない!」
強がる王子様の視線は、下を見ないように馬の頭で固定している。仕方がないので下の様子は私が見る。
城下町を見渡せる高さまで来れば、南から武装した兵士が攻めて来ているのが分かった。南側の城門から町に入り込み町の人を追い回し、火をつけている姿も見えた。
ひどい。
ただ、町に入り込んでいる敵の数はそれほど多くは見えない。
よくよく見れば、南の国境から町の南門までの街道には蟻の列のようなまばらにやって来る兵士たちがいた。先行した者以外は、後ろを振り返り振り返りゆっくりとやって来るし、中には南に向かって引き返す者までいる。
どうなっているの?
これって何かの戦法なの?
そういうところは私にはわからない。
「王子、どうしましょう。町の人を襲っている奴らを蹴散らしに行きますか? それとも騎士様を探して合流しますか? もしくは王妃様のところへ?」
尋ねてみれば、王子は「うっ」と言いながら馬の頭から目を離し、下を見た。まだ少し震えているけど。
「なんだ、あの隊列は」
王子も蟻の行列に気が付いたわ。
「よほど指揮官が無能なのか、功を焦ったのか。大国の軍隊は優秀だと聞いていたのだけど──……ん?」
行列の一角。
城門手前でたむろしている一段を見た王子は、サッと青ざめた。
「ゲスクズと一緒に逃げた貴族が、なぜいる?」
ゲスクズとは国の危機に愛人と逃げ出した国王で、かわいそうなことに王子の父親。の、ことだと思う。まさか私と同じあだ名で読んでいるとはびっくりだわ。
ただ、王子のびっくりは別のことだった。
「奴ら大国の手先になったか! くそうっ あのゲスクズは城の抜け道を知っている!」
つまり王妃様が危険ということ。
なんてこと!
あの王妃様は救わなきゃダメ!
「お城にいきましょうっ」
と、馬首をお城に向けさせた時、下から大きな声が聞こえた。
「なっ、なんだあれは!?」
「馬が空を飛んでいるぞ!」
「待て! あれに乗っているのは王子様ではないか!?」
あら、誰かが王子に気がついたわ。
「王子、手を降ってあげたらどうですか?」
「うむ──民よ、しばらく耐えろ! 敵は必ず退ける!」
わあっ! と下から歓声が上がったわ。
王子の檄に民たちが沸いた。それに怯む侵略者。城の方から騎士たちが駆けつけてくるのも見えた。ここはもう大丈夫かしら。
がんばって!
「行くぞ、マデリナ」
「はいっ」
とりあえず王妃様の執務室に向かうことにして馬を飛ばしたわ。
王妃様の執務室は城の奥の三階よ。空から行く方が早いわ。
城の上を飛んでいると、避難のためか中庭や外通路を走る城勤めの人たちが、空飛ぶ馬を見て驚愕。さらに王子を見て歓声。
「え!? マデリナ!?」
私を見つけた人もいたけど気にしている場合じゃないわ。
目指すお城の三階窓はもうすぐだ。けど、その手前の広い露台の上に王妃様が見えた。王妃様と……剣を持った貧相な男が──
「貴様! 何をしている!」
「セディラン!?」
王子の声にすぐに王妃が反応しこちらを見たわ。
つられるように貧相な男も。
「はぁっ!? なっ!? 飛っっ!?」
貧相なゲスクズ男が驚きのあまり固まっているところへ、空飛ぶ馬から飛び降りた王子様が顔面を踏みつけるようにぶっ飛ばした。
ついさっきまで高さに震えていたのに。やるときはやる子なのね。
「母上!」
「セディラン!」
「エルカレア!」
あ、騎士様だわ。
露台のそばの大窓から駆け出してきた騎士様。すごいわ。私たちが来ていなくても、たぶん、ギリギリ、ゲスクズ王の強行を止めるのに間に合っていたと思う。
というか、王妃様の名前はエルカレアなのね。
「シグアード……」
「エルカレア」
目に涙を浮かべた王妃様を騎士様が抱きしめる。
この時ばかりは王妃様も素直にその胸に身を寄せていたわ。
それを見ても私、思ったより心が痛くなかったのよ。
むしろ、引き離されていた恋人同士がやっと結ばれる瞬間を見られたのかと思うと、それはそれで清々しいわ。
もちろん、そんなのんきな状況じゃないのだろうけど。
「母上、シグアード、ここは任せた。僕は町の様子と敵の動向を見てきます」
「セディラン、無茶をしてはなりませんよ」
「えっ!? 王子!?」
騎士様……今、王子の存在に気がついたの?
「案ずるな、僕には女神がついている! いくぞ、マデリナ」
「はい」
王子が私の方に駆け寄ってくるので、伸ばされた手を掴んで馬の上に引き上げる。
「え? あ──ああっ!?」
騎士様ってば、私のこともやっと気がついたみたい。
まあ、いいわ。
騎士様は存分に王妃様だけを見ていたください。
私はもう一度、馬を高く飛ばして町へ向かう。下を見れば、露台に侍従長や騎士が数人駆けつけて来ていた。中庭の方でも城勤めの人たちで侵入者を袋叩きにしているのが見えた。下男も下女も庭師も料理人もその他みんなが手に手に仕事道具を持っている。
町の方でも似たようなことになっていた。
町の人たちに追われ、逃げ出す大国の兵士たち。
更に、空飛ぶ馬を見て悲鳴を上げて走り出した。
私たちはそのまま大国の兵士を追いかけて町から追い出し、せっかくなので国境まで追いかけて行った。
なにせ小さな国なので、その日の内に敵を追い返すことができたみたい。そのあとは、一緒に追いかけて来た騎士たちが国境の見張りを強化するそうよ。
私はホッとして大きく息をつく。
「よかった。あの評判の悪い大国が攻めて来たなら、もっとひどいことになるかと思ったのに」
「お前が何かしたのではないのか?」
「さっきも言いましたが、私はまず恋を成就するという願いが叶わなければ何もできない──」
「馬が飛んでるじゃないか。マデリナが僕の告白に応じてくれた証ではないか?」
「ち、違います。私は子供に恋なんてしません!」
でも、あの告白にグッと来たのは事実。
だから──
「未来に、期待はしますけど……」
またまた顔が熱くなる。
そんな私を見たまま、笑う王子。
「なに、そんなに遠くない。五年、いや三年もすれば僕も背が伸びシグアードにも劣らない男になる」
「いや、せめて八年は様子見ですよ。私、十八ですし」
十八で生贄にされて、それ以来ずっとこのままだから十八歳と言ってもいいはずよね。
「まあ、良かろう。城に帰り母上に話して、まずは婚約だ」
「気が早すぎです!」
なんだか頬が熱いわ。
騎士様に一目惚れしたと思ったのに。本当に間違いだったのかしら。
わからない。
わからないけど、神様の力が発揮されているならそうなの?
問いかけたところで、神様が答えてくれるわけでなし。
その答えは八年後まで預けて、私は予定通りこの国に居座ることにした。
それからしばらく後。
私は王妃様のそばで仕事をすることになった。
王妃様の補佐ということらしいけど、礼儀作法から国の運営まであれもこれも教え込むと意気込んでいらっしゃる。
騎士様は今も王子の護衛だけど、いずれは王子が王位を継承した際には王妃様と再婚して隠居するそうだ。
ちなみに悪評大国は今、荒れているらしい。
ゲスクズ王や数名の捕虜を締め上げて吐かせた話はこうだった。
西の小国にやったような非道をあちこちで行ってきた現王に対し、糾弾する派閥が出来上がりそれが台頭して現王の一派は追い詰められているんですって。それでも侵攻をやめない現王は、たまたま捕まえたこの国のゲスクズ王を利用した。悪逆な王妃に地位を追われた王の窮地を救うための戦いだとうそぶいて、戦争を正当化しようとしたそうよ。
それがあの時の侵攻ね。
まさにお前が言うな、よ。
で、大国王の真意を知らないゲスクズ王は、親切にしてもらったことで自分は大国の王と親友になったと勘違い。共に世界征服を目指そうと唆されて、まずは自国を取り戻せと適当な装備と兵士を与えられやって来たそうな。
よく知る自国。もともと自分の居城だった場所だから抜け道も知っている。楽勝! と、思ったら。国境を越えた途端、大国の兵士たちのほとんどが強烈な望郷の念に取り憑かれてふらふらと大国へ引き返してしまったのだという。
これは後で知ったことだけど、すべて妻や恋人のいた人だって。
そうでない人も、城下町へ近づくにつれやる気が低下し、あのようなだらだらと長い列になって向かってきていたそうよ。
そんな中でも略奪や暴力を求める凶漢どもがいく人も残って町や城に入り込んだけど、襲われた人たちは運よく大した怪我もなく、何も奪われずに済んだとか。
運よくって……
「女神の加護が発揮されていたのだ。おそらく、僕とお前が出会ったあの時から」
なんて王子は自慢げに言ったわ。
そうかしら。
そうなのかしら?
そりゃ、この穏やかな国に居ついて恋しい人とのんびり暮らしたいと始めの初めに願ったけれども。
思えば、私は自分が与えられた神の力がどんなものかよく知らないわ。
でも、大国の侵攻がびっくりするほど簡単に終わってしまったのはありがたいわ。
結局、憧れていた恋がいつ始まっていたかはわからないけれど、成就するのに八年もかからなかった。
王子が十五で王位についた時。私は王妃として隣にいたのよ。
有言実行。あっという間に私の背を越した男前は今でも照れ臭そうにツンツンするけど、そんなところを可愛く思えるようにもなったわ。いえ、ホント、かわいいのよ。カッコよくて可愛いの。天馬の王とか呼ばれているのにね。
放浪の果てでたどり着いた小さな国で、私は望んだ恋を手に入れた。
守護の女神と人はいうけど、僕の女神と彼は言う。
国は今でも小さいけれど、恋の祈願が叶う国とも言われているわ。
ならばと私は願います。
皆様の恋も、叶いますように。