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天啓  作者: ワシの中のシワ
東京編
26/26

神剣

名古屋には日が明ける直前に到着した。私たちは近場のホテルでようやく休息を取っている。例の少女は春遥のベットに座ってじっと春遥を見ている。

「えー……っと、サリ、ちゃん。どうした、の。」

「…。」

しかし口を開かない。

「とりあえず、朝食を取りに行こう。せっかく名古屋に来たんだ。どうせなら街の方へ行こう。」

「き、桐生さん…。」

道鐘は不安そうな顔をしていた。

「そんな時間はない。」

春遥を見ていた少女は一転、こちらに振り向き、冷淡にこう言ってのけた。

「桐生、ともかく貴様は早急に為すべきを為さねば。寄り道している暇はない。今ひとたび、休息をとるのは許すけれど。」

思ったよりも切れ長の目に鋭い眼光を向けられ、たちまちに私の体は強張った。

「いやー…、そう、か。それなら、仕方ない、な。まぁ、追手が来てるのも鑑みて、早く松井さんのアジトに向かう必要もある。そういった意味でここで立ち止まっている必要はないかもな。」

「かも、ではなくて言い切って。」

「…はは。」

とにかく苦笑いしてその場を誤魔化すしかなかった。彼女は再び振り返り、春遥鑑賞を続行した。春遥も珍しく困った顔をしている。

「とかく、熱田神宮ですよね。車があるんで、ほんの五、六分で着くでしょう。それにしてもこんな立地の良いカプセルホテルがその日の内に予約がとれるなんてついてますね。」

「うん、ま、シーズンの終わりごろだ。取れるだろうとは思っていたが、もし万が一予約がいっぱいだったら車中泊になっていたからな。だからこそとりあえず飯と風呂と柔らかい布団にありつけたのは運がよかった。」

「そうですね。幸先がいい。」

「…呑気に話している場合。」

こちらに一瞥もくれずにそうして言ってのけた彼女だったが、それでも圧が凄まじいものだったので、泣く泣くホテルに背を向けて目的地に向かうことになった。…正直疲労がたまりにたまっているんだが。


             ****


 桐生さんが明らかに疲れた顔色をしている。その鮮やかな髪色とは対照的に肌の色が徐々に青みを増している。

「…顔色は実は、元から悪くてな。」

ガン見していたのに逆に気づかれたようで、桐生さんは苦笑いしながら答えた。

「あ、ああ。そ、そうだっだんや。まァでも、色白っていうのはあると思いますけどね。」

事実、四国の南国育ちにしてはやけに肌が白い。浅黒い僕にとっては少し羨ましい気もするが…。

「フォロー痛み入る。…ん、見えて来た。どうやら参拝客は多いようだ。…先に降りて様子を見てきなさい。この渋滞を抜けるには今少し時間がかかりそうだ。幸いまだ暑さはそこまででもない。」

桐生さんは腕のみをこちらに向け、僕に財布を持たせた。

「喉が渇いたら何か買うといい。」

「ありがとうございます、桐生さん。」

「うん、まあ車に気を付けて。えーっと、サリ、ちゃんだっけ。」

朝方コンビニで買ったスムージーを飲んでいる彼女は、途端に機嫌を悪くし、細々と、

「…清原春遥のみその呼び名を許す。」

と、あくまで静かにけれど明らかに怒りを露わにしている。

「悪かった。じゃぁ、サリさん。こいつらのこと頼んだぜ。ほんの三十分くらいだがな。」


 神社はやはり人でごった返していた。

「サリちゃんっ、ちょっと待ってよ!」

桐生さんにはしばし待てと言われていたのに、彼女は一人でずんずん進む。それに引っ張られるような形で春ちゃんも連れられて行く。

「春ちゃんっ!」

決してはぐれぬよう、僕も必死に彼女らに付いて行く。時折通り過ぎる人がいぶかし気に僕を見る。

「違うんよな。ほんま、なんで俺がこんな…。ああ、桐生さん、すんません。」

本宮まではかなりあるようで、僕はいつしか息を切らしていた。

「はぁー、はぁ。ああ、運動不足やな、こりゃ。」

木々に囲まれた雑木林を抜けた先に広がる青空の本、どっしり構えている本宮。こんな季節なのに浴衣を着た女性も見える。だが、その場の雰囲気としてはおかしくない、そんな厳かな印象を受ける。

「春ちゃーん、サリさーん。先進み過ぎやでー!やっと追いつけた。」

二人は、本宮の前に立ち尽くしている。

「でっかいねー。」

二人の本へ歩み寄ると、ようやく二人の話し声が聞こえ始めた。

「…んけん、それが必要。」

「そう。そのために…。」

「ん?何の話。」

ほんの少し頭の位置が違う二人の後ろに立ち、息も切れ切れで話しかけると、サリ(?)の方がこちらを振り返った。

「お前か、赤城道鐘。というか、桐生には言いそびれたが、ちゃん付けでなければなんでもいいわけではないよ。そもそも私をその名で呼ぶこと自体が不遜というか…、まぁいいか。」

そうして彼女は春ちゃんを見た。

「桐生を待っている暇はない。今から神剣を鋳造する。春遥、道鐘覚悟しておいてほしい。」


            ****


「おいおい…マジか。」

私は思わず驚嘆して、思わず天を仰いでしまった。三人が私を置いて行ったから、というのも一応あるが、それは大したことではない。問題はごった返していたはずの神宮から人が雪崩のように抜けていく様を現在進行形で見ているからだ。明らかに異様。何か事件があって慌てて逃げる、といった様子ではなく。かといって名残惜しそうに終了時間を迎えてしぶしぶ帰るわけでもなく、ただ淡々と人々が神宮から抜けていく。

「おかしいだろ、まだ十時にもなっていない。」

一時閉止するようなことがあるのか。そんなこと聞いたことはないが、

「とにかく急げ、異様すぎる。」

違和感が拭えぬまま私は走り出した。不気味なことに誰にも止められることはなかった。


 辿り着いた頃には遅かった。神宮を前に開けた地に音もなく横たわっている道鐘を見つけ、汗腺がら一気に嫌な汗が噴き出るのを感じた。

「道鐘!」

脈をみた。生きている。だが、呼びかけにも、ゆさぶっても反応を示すことはない。

「道鐘…、何が。」

「来たのね。桐生。」

本宮から出てきたのは春遥よりも一回り幼いはずの彼女だ。あのペンギン(?)のぬいぐるみではなく、やはり意識を失っている春遥を抱きかかえている。人の子を抱くというより重たいものを両手で持ち上げるような、もののように彼女を扱っているように見えた。

「きさ、まあああぁっぁぁあぁぁ!!!」

「五月蠅い。死んで。」

刹那、私の腕が消えていた。

「え——。」

消えた。正確にはどうやらもがれているらしい。半袖の袖口ごと、えぐるように。

「が、があぁぁっっがぁあああああああぁぁぁーーー!?!?!?!?!?!」

「極東の野蛮なものとはいえど、魔性は魔性。こちらと大して変わらないのは救い。さぁ、これ以上時間をかけることはない。殺せ。」

どうやら、三匹、いや五匹ほど、何か大きな動物、いや

明らかに化け物なそれが、こちらを睨みつけているようだった。

「ぐぅっ、ぁあぁうぁあ。」

けれど、俺にはどうにもできない。今すぐにも痛みで意識が飛びそうだ。けれど、足は少しでも春遥に追いつくために本宮の方に向いている。

「夏の終わりの虫みたいだね。這いつくばってみっともない。ま、貴様もその程度の男。さて、私はちゃんと仕事をしよう。」

歪む視界の中、小さな足は踵を返し、そのまま本宮の中に向かって歩き出した。ない腕で地面を掴もうとして、俺は絶叫する。

「ぁぁああてよぉっ、ま、てよぉおお!まてぇぇぇぇぇ!!!ごらぁあ!!!は、るぅうぁを、をかえ、せぇええうえぁあえぇぁ!!!。」

しかし、その喉元には正体不明の獣の爪が迫っている。そこでようやく諦めざるを得ないのを直感した。

 ああ、こんな、あっけなく——。

         『進みなさい。』


           ****


 本宮に火を点け、御殿の奥にある本殿のさらに奥、それが奉納されている、とされる奉納庫の本に辿り着いた。

「ここか。案外、複雑だけれど簡素な作りをしているね。あのコテコテの神殿何かよりは、幾分かましか。まぁ、どうでもいいけどね。」

隣の芝が青いのは、今更知ったことではない。とにかく、わが使命を果たさなければ怒られるのは私だ。

「桐生。よもや、私の仕事の邪魔をするわけではあるまい。」

男はどうやらそこに立っていた。何時の間にかは分からないが、恐ろしいほどに気配を消し、魔性の怪物どもの返り血を浴びて、

「もはや貴様が怪物と言っても差し支えない。」

彼が持ちし剣は——。彼神が賜った剣でもあり、彼王が呪いと血で穢した剣でもある。

「偽物だがな。」

彼の背後から瞬く間に怪物の残りが強襲する。彼の背丈の二倍ほどの大きさの怪物の首を再び瞬くうちに落とし、次にその巨躯を切り刻んだ。

「まぁ、少し時間もある。」

抱きかかえていた清原春遥を、段におろし彼に振り返った。

「意識はあるか、桐生。暇つぶしがてら、その馬鹿度胸を吟味してやろう。」


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