煌
一振り。人を殺した。その刹那とも言える瞬間の出来事に不思議なことに、何故だが興奮を覚えていた。ああ、あの鏡。死の淵から蘇るというのは何度やっても慣れることがない。
「すまん、遅くなったな。とにかくここから離脱しよう。天使、この車体をもとに戻せ。」
すると、奴は珍しく面食らったような顔をして、しかしすぐに表情を整え、こう言った。
「起き抜けにとんちきなことを言うね。もしや寝惚けているのでは。」
「お前の権能は時に関するものだろう。故に、その力を現世でも行使することは可能、というより今まで私たちになしてきなものは全てそれだろう。」
「…。」
奴は押し黙った。ドアをけ破られ、炎に包まれつつある車体に奴は触れ、それは瞬く間にもとのキャンピングカーの形に戻った。
「…まぁ、いいさ。さっさと行きな。追っ手は来てるよ。」
そういい、奴は車に戻った。私は道鐘を抱え、満身創痍の肢体をお互い押すようにして車の方に向かった。
****
「…ノミコト、その代行者よ。」
首から下と、丸焦げの頭部に呼びかけた。すると、たちまち首は焼け焦げ、チリとなり、風に吹かれて消えた。代わりに首から下の焼死体から頭が生え始め、焼け焦げた肢体も元の皮膚に再生されていく。
「はやさん、お元気ですか。」
「お元気もへったくれもあるかい、ぼけぇ!あー、くっそ!また負けてもうたっ!」
そういう老人の顔はいつになくイキイキしていて、正直ドン引きした。
「首と胴体が泣き別れ、なんぞ実際に目にするとは思わへんかったっすよ。ていうか、何があったんです。」
林田さんは単騎でキャンピングカーを制圧し、見事標的の清原春遥、もとい「天子様」を確保、援護の車を呼んでその場で待機している、もう問題ない、という話を聞いていたんだが…。
「立木ぃ。神様って信じるか。」
「はいぃ?」
林田さんが突拍子もないことを言うので少し驚いてしまった。そんな変なことを言いだす人ではないからだ。
「もしおるんやとしたら、そいつは間違いなく人類の敵や。」
林田さんは高速道路の道の先を見てそう言った。
「人類の敵って。」
****
キャンピングカーは相も変わらず性能以上の速度を出し続けている。そういえば、途中あの忌まわしい金切り声があったが、いつの間にか止まっている。こちらが危険と知って即座に逃げ帰ったか。相変わらず臆病者め。
「桐生さん。」
春ちゃんは眠りこけている。無理もない。あの出来事は僕も間違いなく精神を削られた。ほんまに、寿命を削るような経験の連続やわ。早く安息の地に向かいたいし、桐生さん、春ちゃんも流石にそう考えているだろう。
「とにかく、向かうべきところに僕、心当たりがあるんです。かなり長い旅路になるでしょうけど、そこに向かいましょう。」
「うん。それでそこは何処なんだ。」
「松井のアジトです。」
「なるほど。もう、ちょくで向かったんでいいんか。」
「ええ。ここまで執拗に追われてちゃ、もう一休みする場所がとれやしない。精神衛生上、それは良くないでしょう。ですので、松井を頼って身を匿ってもらう必要があるんです。ここから大阪に行きましょう。」
「大阪?それだと戻ることになるぞ。」
「ええ。単に大阪に戻るのならね。行くのは関空、西の玄関口関西国際空港です。」
けれど、腹が減っては戦にならぬ。
「らっしゃーせー。」
おにぎり二つと弁当二つをかごにとり、レジに向かった。
「四点っすねー。お会計二千四百円でーす。袋いりますかー。」
「大丈夫っす。あ、お箸、三つもらえます。ほんで、ああバーコード決済で。」
「はぁい。ありゃっしたー。またおこっしゃせー。」
温めてくれと頼んでもいないのに、ほくほくの弁当を渡してくれた。まぁ、冷めているよりいいか。
「桐生さん、スマホ返します。」
「おお、ありがとう。」
先ほどまでの異様な雰囲気は消え、いつもの桐生さんに戻っていた。
「弁当あんまり残ってなかったですね。のり弁とハンバーグ弁当、どっちがいいです。」
「のり弁が良いな。」
はい、と桐生さんに弁当を渡す。しばし静寂の時間が流れる。かすかに春ちゃんの寝息が聞こえてくる。
「桐生さん。とりあえず最短ルートを検索しておきます。その上で基本的に人目のつく大通りを通った方がええでしょう。」
「…うん。それはそうだ。これまで計二回、逃走することが出来た。その上で、奴らはこれまで以上に大々的に私たちを追跡するだろう。しかし、いくら奴らと言えども人目の着く場所でこれ以上の動きは出来ないだろう。」
しかし、そこで思い返した。僕らの意識しなくてはならない仮想敵は現在二つ存在していると、桐生さんは話していた。計二回、寸前まで腕を伸ばしてきた奴らは同一で、第三の者としてここから大きな行動を起される可能性は大いにある。
「あー…、けれど、最悪の状況を避けるにはまず、その行程で間違いないだろう。どちらにせよ、ある程度のリスクは覚悟しなくては。」
桐生さんも同じことを考えたようだ。けれども、僕らはこの方針で合致することとなった。…後は春ちゃんの具合だな。また追い回されることとなるが…。
「道鐘。あの子。周りに保護者がいないようだが。一人で入っていくぞ。」
桐生さんの視線の先を行くと、ペンギン(?)のぬいぐるみを抱える春遥ぐらいの歳の子が、一人で店内に入っていくのが見えた。
「…少し、様子が変ですね。店員と何か話してるみたいですが、なかなかタジタジですね。ちょっと行ってきましょうか。」
しかし、僕がドアを開けて再び外に出たくらいにちょうど、先ほどの店員がこちらに歩いてきていた。
「すんません。あの子のお知り合いっすかね。『人を探している。今ちょうどここに来ているらしい。』って。それ以上のことは何も言わへんから。お客さんら、さっき来たっすよね。」
「いや…。」
店内にいる少女を見ると、ちょうど視線がぶつかった。そして、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
「英雄か。」
春ちゃんよりもさらに一回り幼い彼女は想定以上に、流暢にかつ、冷静に「英雄か」と訊ねて来た。最初、僕は全く意味が分からなかった。
「道鐘。どうしたんだ。」
耐えかねて桐生さんも出てきたようだ。車内をちらっと見ると、瞼をこすっている春ちゃんが見えた。異様な雰囲気を感じたのだろうか。
「どうやら一人で人を探しているようです。ほんで、さっき『英雄か。』と訊かれたんですが、ちょっとどういう意味か分からんくて…。」
「英雄?」
そう言って桐生さんの眉が、ピクっと動いた。
「…確かに、こちらは器足り得る。しかし、こんなものに期待するとは何とも…。」
桐生さんを上目遣いにしながら、けれども落胆、と言いたげに軽く肩を落としている。
「ここからは私も同乗する。その上で、同様に食料が必要。再び購入して。」
そう言って少女はナチュラルにキャンピングカーに乗り込もうとしている。
「分からんすけど、お知り合いなんすね。いやー、もう少しで通報するとこでした。んじゃ、あざすー。」
そういって彼は店内に戻った。
「いや、この子は——。」
しかし、僕の口は誰かに塞がれた。桐生さんだ。
「道鐘。私はこの子と話を付ける。すまんが…。」
「…鮭おにぎり。」
「…だそうだ。」
桐生さんは苦笑いした。僕は煮え切らないが、再び彼のスマホを受け取った。
****
英雄、と言う言葉に違和感と言うか、ほんの少し引っかかって、私は何の警戒もせずに彼女を冷房の効いた車内に躊躇なく入れた。彼女の目を見据えて話を切り出した。
「君は、何者なのかな。」
春遥よりも年少の子に何を聞いているんだ、と自分でも思ったが、この違和感をどうしても払拭したかった。故に実直に、真剣に彼女に問いかけた。けれども彼女の反応は私のどの予想をも裏切った。
「…大したものだ。」
人形のように表情が全く動かず、口も開いているかどうかもわからない様子であったが、この時初めて口の端を軽く持ち上げた。それも女児らしい笑い方ではなく、不敵な、不気味な笑い方であった。
「…ということは大方予想もついておろう。わざさざ時間をかけてまで回答を求めるまででもない。」
すぐに笑いを消し、冷淡に言ってのけた。
「ケルビム様も、“カナタ”も結局はお戯れだったのだろう。…いや、これは忘れて。とにかく、私が今ここにいるのは、はあくまで貴様らの補助のための一時の同行者であるから。必要以上に語らないし、もともと語ることも無い。」
「ケルビム様?」
そして“カナタ”とは。あまり聞き馴染みのない言葉だが。
「…そのうち分かる。とかく、貴様も空腹なら弁当をさっさと食す。赤城道鐘が帰ってくれば、早々に出発。目的地は——。」
「桐生さん。買ってきました。えーっと、どぞ…。」
恐る恐る少女におにぎりを差し出す道鐘だったが、それは一向に受け取られず、冷や汗をかいているようだった。
「え、えーっと…。」
「ああ、これを受け取ればいいのか。そうならそうと言って。」
そして、ぶっきらぼうにおにぎりを受け取り食し始めた。
「…。」
道鐘が変な表情になっている。喜怒哀楽が同時に存在しているようだ。…何か、こんなくだり前にもしたような…。
「とかく、出発しよう。どうやら、空港に行く前によるべき場所があるらしくな。」
「寄るべき場所?それは…。」
「愛知県、名古屋市にある熱田神宮。すまないが、二人とも付き合ってほしい。」




