第47話 酒場
聞いていたルドルは、徐々に苦笑いになり、聞き終わったら両手を小さく前に出し、胸辺りに上げ、降参、の格好だ。
「おお、こえー。さわらぬ神に何とやらだ。呪いなんて御免こうむるよ」
ラベルトも、隣で剣を抜こうとして手を掛けているナギアに、制止するように手を出す。
「おい、ナギア。止めとけって」
「チッ」
ラベルトに言われ、切れ長の横眼でにらみ、その上しかめっ面になったナギアは渋々剣から手を離す。
だがしかし、人見知りのレイルが、まだ何度もあっていないのに、何故か普通に、ごく普通に、当たり前のようにナギアに対面して話す。
「ん、いいよ。ナギア、その剣見せて」
あっけらかんとしているレイルに対し、呪い、と言う言葉に敏感になったのか、すぐにルドルが焦る。
「レ、レイル。だ、大丈夫か?」
「ん」
「ハ、ハハハ、レイルらしいよ」
レイルを見ていたロンダもグラスの酒を一口あおり、仕方がない、と納得したようだ。
「まあ解呪できるレイルが言うのだから大丈夫だろう」
まだラベルトが心配そうに話す。
「ここで持たせるのか? いいのか? 酒場だぞ?」
ラベルトの心配を余所に、ナギアが平然と、憮然と、自然と話す。
「ラベルト、別に気にする事はないだろ。ほら、あそこでも剣を取り出して品定めをしているじゃないか」
確かに周囲を見渡せば、所々のテーブルで武器や防具を手に持ち、確かめ、良し悪しを酔いに任せて品評し、自慢し、批判している光景が見られたのは確かだ。
この後景は今に始まった事では無く、かなり昔からで、いつの頃からか酒に酔えば酔いに任せ、酔いに任せれば自身の装備、防具武器を自慢したくなるのだろう。
こうなればナギアの言葉に三人も、納得せざるを得ない状況になった。
ナギアが剣を逆手で抜き、柄の部分をレイルに向けてテーブル越しから差し出す。
「レイル」
「ん」
レイルは左腕を黒く変色させ、差し出されたナギアの魔剣を持つ。
ラベルトに聞いてはいたが、初めてその黒くした手を見たナギアは、成る程、と興味深げに真剣な表情だ。
対称的にロンダ、ルドル、ラベルトの三人は、今レイルが、解呪するのでは無く呪いの魔剣を持ったので、息を飲んで、呪われないか、とレイルを見守る。
が、手に持っても何事も起こる事は無く、平然としたレイルが剣を天井に向けて眺める。
少し見ていたら納得するようなレイル。
「あー、この剣も同じだ。んー、あ、見えた。妖精? 女性の精霊かな? そんな剣だね」
レイルの突拍子もない発言に驚いた三人を余所に、ナギアが肯定する。
「やはり死霊系を倒すのに特化しているから、もしや、と昔から思っていたんだ。それに男が狂人化するのは精霊の拒絶なのかもしれないな」
ナギアの推定、憶測に肯定するレイル。
「ん。多分その通りだと思う。女性を好む精霊みたいだ。ん、いい剣だね」
「ああ、その言葉、ありがたく受け取っておこう、レイル。見てもらって正解だったよ」
「ん」
レイルから剣を返されたナギアは、剣をレイルと同じように上に向け、一度眺めるように見て納得したのか満足したのか鞘に戻した。
狂人化する事も無く安堵した三人が、一息つこうとしたその時、酒場の扉が強く開かれる大きな音と共に一人の男が息を切らせて入って来た。
何事か? と一瞬静まり返る店内は、その男に視線が注がれた。
「ハァハァ、ここに、ルーウェン・レイルツエース・ヴェイルと言う男はいないか?」
店内を見回し、息を切らした男は身長一六〇㎝程の細身の坊主頭だった。
客たちはまだ何事か理解していないようだが、ルドルが思い出したように声を大にする。
「お! お前、西の三兄弟、コザルモンだろ。どうした」
ルドルの声に顔を向けるワルドッツ三兄弟の三男、ワルドッツ・コザルモン・ババーネ。
「ハァハァ、ルドルフか。人を探している――兄者が呪いに掛かった」
コザルモンが発した、呪い、と言う言葉を聞いて店内にどよめきが走る。が、ロンダが片手で髪を掻き上げる。
「良かったな、コザルモン。お前は運がいいよ」
「ロンダルガムか。知っているのか?」
自慢げになるロンダ。
「知っているも何も――」
既に困惑し、下を向いているレイルを察したナギアが、威圧を掛け話を遮る。
「おい! ロンダ! 外に出て話せ!」
ロンダも調子に乗ってしまったようで、慌てて口をつぐみ、すぐにレイルを察した。
勿論ルドルとラベルトもナギアの一声で。
この話はS級だけしか知らされていないから、この先からの詳しい話は公には出せない。
急な事とは言え自慢したかったようなロンダの口が、軽くなってしまった事は、S級らしからぬ反省すべき点であろう。
「あ、ああ、そうだった。俺は奴と外で話してくるから」
席を立つとルドルも追うように席を立ち、コザルモンに眼で合図を送るように見る。
「ロンダ、俺も行こう。コザルモン、その話、外で話そうか」
「わかった」
二人は、座っているレイル、ラベルト、そしてナギアに目配せしてからゆっくりとコザルモンに近寄り、一緒に出て行った。
S級たる冒険者たちが話しをしているうちに、最上位の事など天の上の話なのか、特に興味も無くなっていた客たちは、酔いに任せたまま、既に内輪の話題に戻り、賑やかさが戻っていた。
三人が出て行った後にラベルトがレイルに振り返り、酒を一口あおってから声を掛ける。
「フゥ。俺の時もそうだったけど、まだ人相手、対人が苦手なんだな」
「ん。慣れないと、信頼できると感じないと話せない。人と話すのは苦痛……」
「でもナギアは普通に話せただろ?」
「んー、それは俺にも分からない」
「何か心の奥底に問題があるんじゃないのか?」
ナギアがそこに横やりを入れる。
「いいだろラベルト。人の詮索をするなど最低の行為だ。お前がやられたらどう思う?」
「あ、ああ、そうだな。レイル悪かったよ」
「ん。もう落ち着いたから心配ない」
一連のやりとりも見ていたナギアだが、レイルにはいつになく、わずかだが優しい笑みを浮かべていたのだ。
「レイル。今度暇な時にでも私の家に来ないか? 旦那と子供を紹介するよ」
その一言に、肉を食べようとしていた手が止まり、驚く表情のラベルトがナギアに振り向く。
「おいおいおい、本当か? ナギアにしては珍しいぞ? どういう風の吹き廻しだ?」
「フンッ、いいだろ、大きなお世話だ。で、レイルどうする?」
一つ間を置くレイル。
「んー、ありがとうナギア。でも今回は遠慮しておく。呪いの件もあるし、多分引きずりそうだから、またの機会にでもお願いする」
「ああ、それもそうだな、了解した。いつでも言ってくれ」
「ん」
肘をテーブルにつき、やや前のめりになるラベルト。
「あ、ならその時は久しぶりに俺も行っていいか?」
ナギアは急に冷めたように、切れ長の横眼を細めてラベルトを見る。
「ラベルトはいらない。来なくていいよ。邪魔になるだけだ」
「何だよナギア、それは無いだろ。俺は昔から旦那とは付き合いもあるし、子供も知っているんだぜ?」
「そんなに来たければ勝手に来るがいいさ。ああ、旦那には言っておくよ」
いつも人を見下し、ラベルト以外に対して、滅多な事では必要な会話以外はしないナギア。
今日、酒場に来てからいつも以上に語っている珍しい光景。
レイルが優しい笑みを浮かべる。
「二人共仲がいいね」
「お、おう。俺たちは腐れ縁だからな」
「レイルはよく理解しているよ。唯一私の背中を任せられる鉄壁だからな。ハハハ」
レイルに打ち解けたナギアは珍しく、ラベルトとの昔からの経緯、仲など、他愛のない話しを始め談笑したのだった。
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