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第44話 事後

 東のギルドに向かって、咆哮をあげながら一直線に突進する黒い巨人。

 今回の対戦用に考えていたのか、すぐに陣形を整え、待ち構える形のバッカルド、モルダマン、クリステアの三人。

 さらに大きな咆哮を上げながら威圧を掛ける巨人に冷静に対処する――が、何故か三人とも浮かない表情だった。

 クリステアが両手を前に出せば、小さな光が瞬時に飛び、黄色い魔方陣が巨人の足元に展開される。

 上位魔法の拘束を放ち、威圧を掛けている巨人に、完全とは言えなかったが、動きを鈍らせる。

 クリステアに合わせた息の合ったバッカルドとモルダマンは、拘束がかかっている巨人から繰り出される鈍い攻撃を簡単に受け流しながら、左右からスキルを使った豪剣で、バッカルドは一足飛びに首を、モルダマンは体で受け流しながら懐に踏み込み、胴体をほぼ同時に切り裂き倒した。

 黒い煙になって消える巨人を見るバッカルド。


「つまらんな。折角の作戦がこんなやつに使う羽目になるとはな」


 隣のモルダマンも剣を片手に同意する。


「全く、何でこんなのが現れるんだ? むさ苦しい」


 クリステアも長い茶髪を揺らしながら、三角帽子をかぶり直し、仁王立ちでご機嫌斜めだ。


「何なのよそれ。今日は対戦大会じゃなかったの? もう――サイテー」


 そんなクリステアを宥めるバッカルド。


「まあまあ、クリスの気持ちも分かるが、他のみんなも同じ気持ちだよ。それより他の奴らは大丈夫か?」


 南のギルドに突進する巨人。

 余裕で待ち構えるゲインナーは、今大会用に間に合わせるべく用意した太く長い大剣を上段で構えている。

 一方ミミリタスは手を前にかざし、緑色に光る魔方陣を展開させ、後方でゲインナーに防御魔法を掛けているだけだった。

 襲いかかる巨人に、S級たる力を見せるゲインナーは、渾身の力で大剣を袈裟懸けに振り降ろせば、太く長い剣の先から光る剣が伸び、魔剣なのか一瞬、倍の長さになった。

 なので巨人の攻撃が届く前に一刀両断、簡単に真っ二つにして倒してしまった。

 何もできなかった巨人。手も足も出ない、とはこの事だろう。

 大剣を担ぐゲインナーが、動かなくなった巨人を蹴り飛ばした直後に黒い粒子のような煙になって消えた。


「フン! 雑魚が。大会に備えて用意した剣のさび落としにもならん。それに秘策がバレて尚更つまらん」


 ミミリタスはつまらなそうにしているだけだった。

 四方の強すぎる戦闘を見ていた観客たちは、終始興奮していたようで四体を倒した時点で、さらに歓声が上がった。


 結局四体の黒い巨人の魔物を簡単に倒し、残るは一人となった黒い羽の生えた貴族風の男。

 驚愕の表情を浮かべているのか? と思えば違っていた。

 両腕を組んで笑っているだけだったのだ。


「クフフ、成る程。思っていた以上に強かったのですね。しかし、これで力量を確信しました。次こそは殲滅です。クフフ、一度退散しましょうか。では失礼します」


 空を見上げて今にも飛び立とうとしているその男に何をするでもなく、ノルマが終わったのか、のように見つめるだけの四方にいる冒険者たち。

 このまま逃げ去るのか? と思ったがそれは違った形になる。

 羽を大きく広げ、飛び立つ男。

 闘技場の二階最上段に到達し、なす術もなく飛び去って行く。


 刹那、二階席の最上段から勢いよく飛び出す黒い姿の一人があった。

 剣を構え、長く艶やかな銀髪をなびかせ、漆黒の鎧を身に纏った剣士が飛び立っている男に襲いかかった。


 ――ナギアである。

 事の終始を見ていたナギアは、途中から客席で気配を消していたようだ。

 そして、この時を待っていたかのように力強く床を蹴り、一足飛びに切りかかり凄まじい力で薙ぎ払い横一線。

 魔剣ギーマサンカで切り裂く。

 男は切られても余裕で瞬時に回復する力はあったのだろう。

 だがしかし、ナギアの魔剣は、死霊、悪魔系の魔物を一刀で倒せる国宝級の業物だった事を知らなかった。

 なす術も無かった男は力なく落ちて行く。


「ゲフッ。まさかその剣……しくじりましたね。これ程強いとは……」


 地面に叩きつけられ黒い煙になって消える男。

 すぐ後をナギアも続き、美しい銀髪をなびかせ優雅に着地した。


「フンッ。下らん輩だ」


 剣を鞘におさめ、北のギルドに威風堂々と向かい、ラベルトたちとすれ違う。


「ラベルト、後は任せたよ。私は帰る」

「ああ、了解した。全くナギアらしいと言うか――ハハハッ」


 観覧している観客たちは、魔物を倒した強い冒険者たちに、称賛の歓声を上げていた。

 王城から見下ろしている国王と側近たち、そして進行役。

 騒ぎも終わりこれからが本番、と国王に振り向いた進行役は、驚愕の表情になる。

 気づいた側近たちも国王を見れば、顔に黒い斑点が浮かび白眼を向けていた。


「ガッ、グフッ……」


 椅子から崩れ落ち、床に倒れるウイルシアン国王。

 慌てた側近たちが、倒れた国王を抱きかかえるように、腫れ物に触るように丁寧に城内の国王の部屋へ運んで行った。

 見守っていた進行役が、国王を見送り闘技場に振り返る。


「本日! 国王の急変により! 大会の中止を宣言する! 詳細は後日発表する!」


 会場がどよめいていたが、各選手たちは冷静だった。

 ――西の二人を残して。


「え? 何よ。中止? レイルは?」

「仕方ないわよ。非常事態なのだから」

「んー、全くもう。何のために出場したのよ」

「それにいないようだから今回は諦めようよ」


 不満げではあったが、サリアとオリナは踵を返し闘技場を後にした。

 参加者の気持ちは別だが、中止になって不満なような観客を余所に、各ギルドの選手たちも、ここに居ても進展がなく仕方がない、と言う態度で会場を後にしたのだった。


 一方現れなかったレイルはどうしていたのか――何を勘違いしたのかわからないが、大会は明日と思っていたようで、何もやる事が無かったのか、昼間から部屋で爆睡中だった。

 魔物の気配も簡単に感知する筈なのに、知っていたのか、強くも無いと気にしなかったのか、ロンダたちに任せる呑気なレイルであった。


 その日の夕方、ロンダがレイルの家に行って扉を叩く。

 起きて来たレイルは普通に扉を開ける。


「ん? ロンダ、どうしたの?」


 その応答に、既に察したのか手を額に当てて苦笑いしている呆れ顔のロンダ。


「おいおい、レイル大丈夫か? 大会は今日だったんだぜ?」

「え? そうなの? 明日だと思った」

「まあいいよ。ルドルとラベルトが酒場で待っているから一緒に飲もう」

「ん? うん、わかった」


 すぐに着替えたレイルは、ロンダと一緒に歩き酒場に向かう。

 日も沈み、暗くなり始めた街並みに、一つ、また一つ、と明かりが灯る。

 ロンダは並んで歩きながら、今日の事の始まりと経緯を話し、レイルも屋敷に来た魔物と同じ、と確認し頷いていた。

 一度話は終わったが、すぐにロンダが別の話を切り出した。


「なあレイル。唐突に聞くけど、呪い、って知っているか?」

「ん。少しなら知っている」


 レイルは他者と比べた事も無いので、まだまだだ、と自身では思っている。

 なので、少し、であった。


「そうか。レイルはその類の呪いを解くスキルとか技とか持っているのか?」

「ん。簡単な呪いなら」


 レイルにとっての、簡単な、である。


「よし、事と次第では後で要望しよう。取り敢えず店に着いたからその話は今度だ」

「ん? うん」


 ロンダが先頭に扉を開き、レイルが続いていつもの酒場に入る。

 相変わらず老若男女が飲み食いし、賑やかだった。ただ、今の話題はどのテーブルやカウンター、更に厨房の中に至るまで、今日の闘技場で起こった事で持ちきりであった。

 先にテーブル席に座っていたルドルが気づき、手を上げ二人を読んだ。


「おーい! ロンダ! こっちだ」


 二人がテーブル席に歩み寄れば、隣のラベルトも片手を軽く上げる。


「待っていたよレイル」

「ん」


 ロンダが椅子を引き、腰掛けながらカウンターに向いて注文する。


「おーい、麦酒二つだっ! 至急なーっ」


 すぐに店員が持って来たのでルドルがグラスを持ち一声する。


「じゃ、とりあえず乾杯!」


 四人でグラスを差出し、子気味良い音と共に小突きあい、あおった。

 グラスの酒を一気に飲み干すロンダ。

 周囲の客も騒いでいるので、自然と、必然と、当然と大声になるのは皆同じである。


「プハーッ、美味い! おーい! 至急四つお代わりだー」


 ルドルとラベルトも、既に半分の量だったので合わせるように飲み干していた。

 落ち着いたラベルトが、テーブルに肘を立てて、ひとつ前に出るようにレイルに話す。


「俺は二人からレイルの話を聞かされて今日、その魔物? 悪魔のような奴? に会ったよ。あれは何なんだ?」

「ん? 知らない。飛んで来ただけだから」

「でも話をして、レイルが倒したんだろ?」

「ん? 違う。話も聞いていないし、倒したのはミャウ……」


 一口あおっていたが、喉を鳴らし飲みこんで驚くラベルト。


「は? 倒したのはレイルじゃないのか? ミ、ミャウってそんなに強いのか?」

「んー、今日ナギアも簡単に倒したんでしょ? 同じ」

「おいおい、それは違うよ。ナギアも強いけど、今回は所持している魔剣の力で倒したようなものだからさ。単純に強いのはミャウだよ」


 そこに、片肘をテーブルに立てグラスに指を入れ掻き廻し、横やりを入れるロンダ。


「ラベルト。そのミャウより強いのがレイルだよ」


 ルドルも呆れたような表情をしながら、グラスを上から鷲掴みにして酒を揺らし回している。


「そうそう。レイルが最強だ。ハハハ」


 二人の話す態度に、本心だと確信したようでラベルトは言葉を失ったようだ。


「ムゥ……」


 そんなラベルトを横目に見ながら、髪の毛を掻き上げ爽やかな笑顔になるルドル。


「ハハハ、おいラベルト。気にするだけ無駄だよ。レイルは昔からこういう奴だからさ」


 気落ちしたようなラベルト。


「そうか――」


 話しを聞きながらロンダは酒を一気にあおる。


「プハッ。大会が中止になったのは仕方がないんだから、忘れて今日は楽しく飲もう。小難しい事は考えずに明日に持ち越そう」

「おう」

「ん」


 店内は、大会での出来事を肴に、いつにも増して賑やかな客達で一杯だった。

 そして、倒した黒い男と巨人は一体何者だったのか、何の目的があったのか。

 それはまだ誰も知るところではないが、これから動き始める事を、その誰もが予想さえしていなかったのは確かであった。

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