第37話 魔呪
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レイルの屋敷
先日から魔法などの書物を読み漁っていたレイル。
今日は、亡きルードの使っていた物置、いや、倉庫に入って物色し、何やら探している。
倉庫の中の棚には、様々な魔法を練り込んである陶器、鏡、その他、様々な装飾品などが陳列されている。
ただ、その大半は多くの魔石が並べられていたのだが。
全て亡きルードが、持っていた力によって、創作、変換、付与、錬成、精製、した品物ばかりが置いてある。
入口の扉が開いたままだったので、姿勢正しく歩いて来たミャウが立ち止まり、廊下側から両腕を前に組み立ってレイルを見ている。
「レイル様。何かお探し物でしたら、わたくしも手伝いますが」
「いや、いいよ。丁度見つかった所だったからさ。よいしょっ、と」
レイルが棚の奥から取り出した物は、高さ幅共に三〇㎝程の黒い木箱だった。
「フゥ。あった、あった」
ミャウがその木箱を見ると、前々から知っている代物だったようだ。
「それは呪い、呪縛。の魔石ですか」
「うん。小手調べにね」
「現在のレイル様でしたら、何の問題も無いか。と」
「まあ、念のために魔法の書と呪いの書も読み解いたから大丈夫かな」
この屋敷の書物の半数は、亡きルードが自身の身を持って実戦、経験、発見した内容が書かれている。
そしてその方法とその後の対策なども、ほぼほぼ、完璧に書き記してある。
言わば一点物の貴重な書物なので、アーティファクトと同様であった。
只、悲しいかな、世には出ないままで終わるだろう貴重な書物。
レイルの読みふけっていた書物も、全て恩師である亡きルードの著書だったことは言うまでもない。
「ルードさんの方法に従えば、ほぼほぼ、安心だからね」
見ていたミャウは一礼し、洗濯物を干しに外に出て行ったので、レイルは一人、木箱を持って自室に戻り、机の上にその黒い木箱を乗せた。
蓋を開け布で包まれた魔石を取り出し、横に置く。
そして布を解くように広げれば、直径二〇㎝程の黒く淡く光る、禍々しい気配のする魔石が顔を出した。
「ルードさんの書物に書いてあった通りの凄い威圧の魔石だな。さて、やってみるかな」
レイルは左腕の服をまくり上げ、肘の上、丁度二の腕あたりを縄で止血するように念入りに縛り上げた。
その左手を、魔石にかざし、言葉にならないルード直伝の詠唱をする。
「よし」
そして魔石の上に、左手の平を静かに乗せた。
すると魔石から、黒い煙の粒子ような物が湧きあがるように出て来て、レイルの左手を包み込む。
さらにその黒い粒子は、生き物のように腕を伝って肘まで包み込んで来た。
レイルは確信したように左手を魔石から離すと、そのまま左腕ごと黒い粒子に包まれたままになる。
レイルは表情を変えていないので、痛みはなさそうだ。
一方、黒く禍々しい威圧を放っていた魔石は、力尽きたように空っぽになったのか、白く変色して、禍々しさも、気配も無くなって、ただのごく普通の石になっていた。
その力なのか呪いなのか魔力なのか、全てレイルの左腕に乗り移ったかに見える。
「よし、これでいいはずだ。んっ!」
レイルは左手を斜め上に上げて、調べるように見ながら握り拳を作ったら、黒く禍々しい煙のような粒子は、空気中に溶け込むように消滅した。
「フゥ。完成――だな。多分」
腕を縛っていた縄を解き、手の平を自身に向け、握って開いてを数回繰り返し、納得した表情だったので成功したのだろう。
後日、レイルとミャウは、いつもの買い出しに魔族の国に来ていた。
先頭を歩くミャウは、相変わらず、キビキビ、と姿勢正しく美しく、無駄の無い動きで買いまくり、一日で二人の背負い袋は一杯になっていた。
その夜は、いつもの宿の入り、いつになく嬉しそうなミャウ。
ほんの、ほんの僅かではあるが、笑みがこぼれているのがうかがえる。
よく見ないとわからないかもしれないが、本人は嬉しいのだろう。
そう、それはレイルと同室になれるから。
食事を堪能した二人は、部屋に戻り就寝準備をする。
部屋に入るなり、ミャウはさっそく黒いメイド服を脱ぎだし、後ろ向きで綺麗に畳んでいる。
「レイル様。今晩はわたくしが、駄蛇の、いえ、へび姫の代わりに添い寝を――」
レイルは一度、ミャウの白く清楚ではあるが、妖艶さを醸し出す下着姿を呆然と見ていたが、我に戻り話しながら慌ててベッドに潜り込む。
「ダ、ダメだから、それはダメだからさ。ベッドも狭いし、落ちちゃうからさ。早く寝巻に着替えて。寝るよ。おやすみ」
「そうですか、残念ですが……」
諦めのいいミャウだった。が。
「では次回、部屋のベッドは大きくしてもらいます」
レイルは聞こえていたようだが、無視し動かなかった。
ミャウにとっては、同室でも嬉しい事なので、寝間着に着替えベッドに横になり、レイルに向いて優しい表情で一度見て眼を閉じ就寝した。
翌日、時間も余っているので、と言うよりミャウの心遣いもあって時間を取っていたので、レイルの好きな武器屋に出向く。
店内に入り荷物をおろす二人。
今日は魔法を練り込んだ魔剣では無く、前回来て同じように見ていた時、あまり熱心に見ていたレイルに、強面で太い角を左右に生やした魔族の店員が声を掛け、見て見るか? と個室に案内された。
その個室の壁際に、立てて陳列されている大小の剣。
柄や刀身には、小さな魔石が幾つも埋め込まれている綺麗な剣が、禍々しく並んでいた。
「うわー、これも凄い剣だな」
店員がレイルにくぎを刺す。
「無闇に触らないようにしろよ。呪われるからな。気を付けろよ」
ミャウは知っていたようで、レイルに呪いの剣の説明を簡単に、簡潔に、的確にしてくれ、その対処法を探すなら、書庫に並んでいるルードの書物の中にある。
読んで理解すればレイルはその解析も出来る。との事だった。
なので今回は、この剣に触りたいがために、あの魔石を使って呪い対策をしてきたレイルだったのだ。
レイルは店員に説明し、ミャウが補足し、自己責任を確約してから個室に入る許可を貰い、店員と中に入る。
その後ろからミャウも姿勢正しく付き従うように入る。
レイルは両手を胸辺りで揉むように、これから触るぞ、とばかり嬉しそうに眺める。
「さて、どの剣を見てみようかな」
レイルの眼に留まった一本の剣。
柄の部分に小さく赤い魔石が、幾つも埋め込まれていた。
刃先も赤みを帯びて淡く光っているようにも見える。
レイルが手に取ろうとしたら、店員が忠告する。
「おい、手に取って呪われても自己判断、自己責任で取った行動だから、何か起こったら後ろの連れに引き取ってもらうからな。屍になったとしてもその処分を含めてだぞ」
「大丈夫、多分。んっ!」
左手を強く握ると、手先から肘に掛けて黒く変色する。
そしてその変色した剣の握り手を掴み、上に持ち上げ眺める。
すぐに驚愕の表情を浮かべ驚く店主。
「お前は何者だ? 魔族の強者でもそう持てる者がいない上に、魔呪の剣に呪われないとは」
「うん、大丈夫みたいだね」
今、レイルの眼に映っているのは、刃先の上に体長二mほどの炎の化身が見えていた。
赤黒い業火を身に纏た真っ赤な筋肉質の男が腕を組んでレイルを見下ろしている。
その男がレイルにだけ聞こえる、野太い声を発する。
「我を持つだけでも呪いが掛かるはずなのだが、お主には無害なようだ。不思議な男よのう」
不思議な表情をしているが嫌ではなさそうな化身だった。
レイルは剣を元の位置に戻し、隣に立てかけてあるもう一本剣を持ってみる。
今度の剣は、細くサーベルのような銀色に淡く光る剣。
柄と刀身には、白や銀色の小さな魔石が幾つも埋め込まれ、その魔石も力を持つように光り輝いているように見えた。
剣先を上に向けるとレイルの眼には、白い氷の衣を身に纏って、透き通るような白髪が長く伸び、細身の美しい女性が映っていた。
「妾を持っても呪われず、動じぬ男がいるとは。まだ世も捨てたものでは無いの。クフフ」
凍るような青い瞳で見つめられ、衣の袖を口元に当て、何故か嬉しそうな化身だった。
納得したレイルは剣を下し元の位置に戻した。
「成る程ね、炎の化身と氷の化身かぁ。威圧も凄いけど、化身よりも強い何者かによって剣に練り込まれたのか、封じ込められたのかな」
剣を持つレイルに、店員が終始口を開け、驚愕の表情で見ていたが、その言葉にさらに驚いた。
「み、見えたのか? 魔剣の呪いの根源たる化身の姿を。本当だったのか」
「ん? うん、見えたよ」
「しかし何故呪われない。ここに並んでいる剣は、並大抵の呪いでは無いはずなのに……」
レイルは黒い左腕を見せ、元に戻した。
「この腕は、呪いを跳ね返せるんだ。と言うより調和、融合できる。と言った方がいいのかも」
「そう簡単に言ってくれるが――事実なのだから本当なのだろう」
後ろから冷静に見ていたミャウ。
「レイル様。購入した方がよろしいか。と」
「いや、今回は下見を兼ねて、だよ。それに高価な代物だしね」
店員が慌てて説明する。
「いやいやいや、ここに並ぶ剣は、呪われるから扱える者がいないのが実情で、外の魔剣の半値で売っている。良ければ購入して欲しいのだが。そう言う俺も触る事さえできないけどな」
「そうなんだ。でも今回は検討しておくよ。いい剣を見せてもらってありがとう。また来るよ」
「是非次回は買ってくれ、いや、お買い上げくださいよ」
「レイル様。資金ならわたくしが持っていますが」
「ミャウ、いいからさ、また今度ね」
「畏まりました」
そして二人は店を後にした。
これがまた一つの原因で、問題を引き起こすのはのちの話。




