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第35話 吸血

 隣にある豪華な客間に通され、煌びやかな壁には、豪華な装飾品が飾られ、その中央にはソファが置いてある。


「サリアと言ったな。こちらに座っていただきたい。ささっ、どうぞ」

「し、失礼します。うわっ、ふっかふか。あ、失礼しました」

「いえいえ、構わんですよ」


 サリアの尻が、ソファに埋もれ、初めての感触に思わず声を上げてしまったのだろう。

 グラバー提督と対峙して座るサリア。その向こうから直立して見ている男女。

 扉が開き、メイドがサリアに飲み物を持ってくる。


「どうぞお飲みください」

「は、はい」


 恐縮しているサリアを見て、一呼吸おいてグラバー提督が、前のめりに食いついてサリアに質問する。


「で、サリア。処女行為で吸った者は、英雄だったのですか?」

「いえ、違う、と思います」

「では、勇者では?」

「いえ、多分、違うと思います。一人でしたので」

「したらば竜人だった、とか?」

「竜人は見た事が無いので知りません。ごく普通の。わっちよりは強い男でした」

「それは真の話。事実ですか?」

「はい。嘘は言いません。お願いしたら了承してもらいました」

「少しお待ちください」


 グラバー提督は、周囲の屈強な男女と神官を呼び、部屋の少し離れた場所で輪になり話し始める。

 ――話す事、十数分。

 緊張もほぐれたようで、待って、暇を持て余している素振りのサリアは、飲み物に手を付け、一口飲めば、美味しいな、と表情が緩みまた飲む。

 全員が頷き、結論がでた時、サリアは既に飲み終わっていた。

 先程の配置に戻り、グラバー提督はサリアの前に静かに座る。


「確認の為もう一度聞きますが、その男を倒し、生き血を吸ったのですか? 倒したのなら今すぐにでも死体を回収に向かわせます」

「いえ、生きていますよ。今も健在のはずです」

「倒さずに、殺さずに、相手の承諾を得て血を吸った。と」

「はい。そして帰って行きました」

「それでサリア。その男の居場所、住み家はどこですか?」

「えーと、あのー……知りません。森の中で初めて会ったので……」

「たったそれだけで、初対面のサリアに血を吸わせた。と言うのですか?」

「は、はい。戦いはしましたけど、手も足も出ませんでした。なので、わっちより強い男だったからその男に決め、お願いしてみたら……」

「今の言葉に嘘偽りはありませんか?」

「事実です」


 一度周囲の男女と神官に眼をやり、軽く頷く。


「わかりました。では結論から言います。サリア殿は現在、バンパイア王国の英雄に匹敵します。いえ、なりえるでしょう」

「え……はい?」


 グラバー提督曰く。

 バンパイア王国が建国し、二六〇〇年余り。金色の紋章を授かったのは現在までに二人。

 二五〇〇年前の初代は、当時の王子で英雄級の強者と戦い勝利し生き血を吸った。

 すぐに強者の体を持ち帰り、新鮮な血である当日中に親族で分け合い吸った。

 その英雄級の強者は血を吸い尽くされ亡き者にはなったが国のためなので仕方のないこと。

 これが強かった吸血族バンパイアが更に最強になった所以。

 しかし、その後は持続、維持する事は難しく、千年の後、徐々に衰退しはじめる。

 それでも世界の強者ではあったが、将来を危惧した国王は、幾人かの選りすぐった男女を外界に出し、長い年月をかけたら、ある一人の男が奇跡的に山中の奥深くで出会った竜人を、さらに奇跡的にも打ち破り、倒し生き血を吸った。

 だがこの時は、当日中に死亡したうえ運べなかったため、鮮度を保てず断念した。

 これが五百年前。世代交代した現国王であった。

 まだ現在は維持しているが、当時、また将来、衰退しはじめる事を知っている国王と側近は、三〇〇年前から毎年、次期が来た男女を、処女行為の吸血に外界に向かわせるようになった。

 強者は別として、平民の男女には、さすがに強者と戦わせれば、最悪滅んでしまう事も考慮し、吸血においての対象は、自信で決め、人、竜族、魔物、魔族、と何も問わなかった。

 只それだけでは心配なので、それとなく、強者の血を求める、噂を流した。


 そしてついに本日、国王および、その配下である我々の念願が叶い、まだ五百年を残して新しい英雄になりえる者が誕生した。

 本来、倒した相手を引き取りに行く所だが、奇跡にも生存している。三人目にして初めての事だ。

 当初、国王が言っていた。

 英雄級の強者と意思疎通し、吸血と言う自身の希望を叶え、了承してもらえるのが理想だ、と。

 サリアとその男が結婚し、まぐわい、子沢山になれば衰退などしない、未来永劫バンパイア王国の繁栄が約束される。


 一通り話すと、頃合いを伺っていたように国王の伝達者が部屋に入り、グラバー提督の耳元で囁き、サリアを見て頷く。

 グラバー提督は立ち上がり、張りのある大きな声を発する。


「国王直々の采配が下った。これより、マーロット・サリアバンナ・ローウェンは、支度準備が整い次第、その相手を探し求婚し、婚姻を果たす事を命ずる」


 座ったまま、よく分かっていないサリア。


「え? はい? 求婚? あのー、何処にいるか、何処に住んでいるかも、知らないんですけど……」

「自身で探すように。王国から一人の護衛を付けましょう。それにサリアならすぐに探せるのでご安心を」

「ええぇ? そんあぁ……折角国に、わっちの家に帰って来たのに……」


 手の平を返したようにサリアは丁重に扱われ、送迎の馬車で城から返されるように、急かされるように出され走り、そして家に着いた。

 サリアは項垂れながら、足取りもおぼつかない歩き方で家に入った。


「ただいまー」



 レイルの屋敷

 今日は午前中に、スランとへび姫と遊び戯れ、昼食を挟んで午後は自室で魔法の本を読んでいる。

 暫くして扉が軽く二回叩かれる。


「レイル様、宜しいでしょうか」

「ああ、ミャウ。いいよどうぞ」


 中に入って一礼し、その場に立ち止まる。


「失礼します」


 背を向けて座っていたレイルが、椅子の背もたれ越しに振り返る。


「俺もミャウも感知してわかるから、そのまま入ってくればいいのに」

「いえ、これが取決めなのでダメです」

「え? 誰が取決めたの?」

「わたくしですが。何か」

「なら、もういいでしょ。俺がいいって言っているんだしさ」

「いえ、ダメです」

「ミャウも頑固だね」

「いえ、頑固ではありません。決め事なので」

「了解したよ。で? 何かな」

「レイル様。上着を脱いで上半身裸になってください」

「え? 何? 急にどうした?」

「脱いでください。そして後ろ向きで座ってください」

「あ、う、うん」


 レイルは何の疑問も持たないで、姿勢を戻しミャウの指示に従い上半身裸になった。

 ミャウは、姿勢正しく両手を前に出し、背を向けているレイルに向ける。

 すぐにレイルの肩から首筋に掛けて、青白く光る魔方陣が水平に展開される。

 レイルはミャウのする事は何事も信頼しきっているので、されるがまま動かない。

 ミャウは、両手をおろし、冷たくも美しい眼で凝視すると、魔方陣のごく一部に微量の赤い火花のような粒が一つ、また一つ、弾くように小さく飛ぶのが見える。


「チッ」


 魔方陣が消え、何かを知ったようなミャウは、再び両手をレイルに向ける。

 今度は同じ位置に、緑色に光る魔方陣が水平に展開されて噛み傷の中に消える。


「レイル様、失礼します」

「ん」


 ミャウは、艶やかな美しい縦じまの黒銀髪を後ろで結んで歩み寄り、レイルの後ろから両肩を優しくつかみ、顔を傾け首筋を噛む。

 そう、サリアが噛み付き血を吸った部分に。

 レイルは焦りもせずに、ミャウに噛み付かれようともされるがままで、いつの間にか読書を再開していた。

 事が済んだのか、ミャウは口を離し持っていたハンカチを取り出し、レイルの肩を丁寧に拭く。

 そしてハンカチを広げると口に近づける。


「ペッ」


 吐き出した何かを、非常に冷酷な冷たい切れ長の眼で睨む。

 そして握り潰すように、もう片方の手をそこに向けると、黒い小さな魔方陣が展開され、消える。

 ミャウは、フンッ、と冷酷な表情のまま、握ったままハンカチをポケットに仕舞い込む。


「終わりました、以上です。上着を着てください」

「ん」

「では失礼します」


 姿勢正しく綺麗な一礼して部屋を出て行った。

 レイルは、噛まれた肩を撫でてから服を着た。


「へび姫の言っていた……災い避けかな?」


 余り気にしないレイルは再び読書を続けた。


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