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夜会話

 

「すうぅ~……ぴぃ……すうぅ~……すうぅ~……」 


 時計の短針が真上を向く前に、魔王の間の抜けた寝息が室内に響き渡る。


 相変わらず宇宙と交信してんなぁとか、今コイツ二回連続で息吸ったような気がしたけど大丈夫かとか、色々と突っ込みたいことろはあるのだが、その中でも今ダントツに一番なのは――


「……おまえ、なんでまだいんの?」


「あら? 何か問題でも?」


 半眼で尋ねる俺に、ヨルコが平然と応じた。木椅子の上で足を組み直しながら、魔王の寝顔からこちらへと視線を移してくる。


「魔王は私たちにすでに土下座――もとい、和解が成立済みよ。友人同士なのだから、お泊まり会くらいしても罰は当たらないでしょ?」


「ついさっき出会いがしらに戦ってたじゃねーか」


「あれは挨拶のようなものよ」


「最近はずいぶん特殊な挨拶が流行ってんだな」


 俺の皮肉を無視して、ヨルコがまた魔王へと視線を投じる。魔王と、勇者一行の魔法使い。本来なら俺が言ったことは皮肉でも何でもなくて、出会い頭に殺し合うのが二人の正しい関係だ。俺は溜め息をついて、魔王のベッドの傍に椅子を引いて腰掛けた。それを見てヨルコが笑みを浮かべる。


「あらあら。眠り姫に、騎士様の真似ごとかしら?」


「なんとでも言え」


 契約がある以上、魔王を守るのは当然だ。俺は投げやりに言い放ち、椅子の背もたれに体重を預けた。そのまま目を閉じて浅い眠りに就こうとしたところを、ヨルコの声が呼び止められる。


「クラフトも聞いたようだけど……あなた、いったい何者なの?」


「少なくともポチじゃない」


「真面目に聞いているの。ふざけないで」


 瞼を開けないままの俺に、ヨルコは少し苛立った声を上げた。


「クラフトは先代魔王だなんて言っていたけど、違うわね。先代魔王は破壊の化身と恐れられた存在……少なくともあなたのように、話が通じる相手ではなかったはずだわ。魔王との接し方も、親子のそれではないように見えるし……だとすると……こら! ポチ! いい加減に目を開けなさい! 私が独り言をつぶやいてるみたいじゃない!」


「……何だようるせえな。魔王も起きちまうだろうが」


 片目だけ開くと、ヨルコが眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいた。 


「随分と余裕があるわね。明日はシャルロット様が直々に、ここへ定期巡回にいらっしゃるのに」


「だから何だよ」


 初耳だったが内心の動揺を抑えて尋ねた。何も魔王と勇者の決戦が起きるわけでもない。俺の存在はあまりよろしくないだろうが、土下座でもすれば許してもらえるはず――


「あなた、殺されるわよ」


「……マジで?」


 聞き返すと、ヨルコはわずかに呆気にとられたような顔を垣間見せた。しかしすぐに疑わしげな視線を向けてくる。


「シャルロット様の力を知らないの?」


「おそろしく強いってことだけは聞いてる」


「嘘でしょ? シャルロット様のことを知らないなんて。隠居生活でもしていなければ嫌でも耳に入るはずよ」


「友達いなかったんだよ。言わせんな恥ずかしい」


 からかわれたと思ったのか、ヨルコが閉口する。仕方なく俺は謝った。


「悪かった。冗談だよ。で、その力ってのは何なんだ。魔法なのか?」


 ヨルコは気が進まなそうに口を開いた。


「……シャルロット様は、生粋の魔法使いではないの。百体以上の炎精霊と多重契約したことにより魔法を習得した契約者。歴史上、これほど多くの精霊と同時契約を果たすことができた人間はいないとされているわ」


 素直に驚いた。百体以上って……こっちは、こんな小さな魔王との契約一つで何回も死にかけているというのに。まさに雲泥の差というやつだ。


「百体の精霊が練り上げる彼女の火炎魔法は、壮絶の一言に尽きるわ。城を瞬時に灰塵にしたこともあるし、湖畔こはんをあっという間に蒸発させたこともある」


 あまりに現実味がない。本当に一瞬でやってのけたというのなら想像の遥か斜め上だ。


 半信半疑の俺を訝しげに見ながら、ヨルコが説明を続ける。


「魔法使いと違って契約者には、契約の不履行を起こした際のペナルティが存在するの。普通はこれが弱点となるけど、シャルロット様の場合、契約不履行を起こしようがない」


「シャルロットの契約内容を知っているのか?」


 俺は思わず声を上げた。契約は他人に知られたら危険な類のものだと思っていた。少なくとも俺と魔王の契約はそういうものに近い。魔王と俺は丸一日でも引き離されるたら終わりだ。魔王が消えれば、俺もまたそれによって消滅しかねない。


「シャルロット様の契約内容は、国中の人が知るところよ。逆に、あなたのように知らない人は危険すぎてありえない。本当に知らないの?」


「知らないから聞いているんだが。どんな契約なんだ?」


 尋ねると、ヨルコはわずかに躊躇うそぶりを見せた。


「シャルロット様の精霊との契約内容は、どれも貞操に関わるもので……」


「……は?」


 我ながら間の抜けた声で聞き返す。ヨルコは少し頬を赤くしながら言い直した。


「だから、その……要するに『処女を守る』といったものが大半なの。シャルロット様は想い人――既に亡くなられている先代勇者のユイス様にのみ貞操を許すという制約をもって、精霊の力を借りていて――」


「……は?」


「何回も聞き返すな馬鹿ァ!」


 ヨルコが机を叩いて立ち上がった。「シーッ!」と俺が人差し指を立てると、ヨルコは、はっと寝ている魔王に視線をやって、渋々といった様子で従った。


 再び椅子に座って腕を組み、こちらを呪い殺さんばかりの三白眼を向けてくる。


「悪かったよ。続けてくれ」


 そんな契約があるのかと素直に驚きながら、再び傾聴の姿勢を取る。


「話を続けるけれど……つまり、シャルロット様は、乙女でなくなると契約の不履行を起こしてしまうの。でも、精霊の中にはユイス様から心変わりしなければ『処女を守る』と契約した精霊がいるのよ。この精霊の度を過ぎた処女解釈がシャルロット様を契約不履行から守り、無敵の勇者たらしめているの」


「度が過ぎる?」


 俺が聞き返すと、ヨルコはこくりと頷いた。


「その精霊は処女を守るどころか、まともに男を近づけさせないの。シャルロット様に魅せられた男の眼は焼き爛れ、その肌に触れようものなら灰になる――普通の成人男性ならシャルロット様の姿をまともに見ることすら叶わないわ」


「そんな馬鹿な……」


 いや、たった一つの契約を結んだだけで、消える消えない大騒ぎの命懸けなんだ。百を超える契約を結べばそういうことも起こり得る……かもしれない。


「シャルロット様の武勇伝にこんな逸話があるの」


 ヨルコが滔々と語りだした。


「シャルロット様が戦場に立った時、一陣の風が吹いたそうよ。風の悪戯によって彼女のスカートの裾がめくれて、その白い肌がわずかに露わになっただけで、数千の敵兵が一瞬で焼死したらしいわ」


「……恐ろしいな」


「まあ、味方も同じように燃えたらしいけど」


「ますます怖えな……」


「けれどホモだけは燃えなかったとか」


「そこにオチつくのかよ……」


 げんなりして言うと、ヨルコがからからと笑った。


「今の話は半分冗談だけど、普通の女性に興味がないような特殊な性癖の殿方でなければシャルロット様とまともに面会もできないわ。クラフトが男性でありながらシャルロット様の従者を続けていられる理由もそこにあるの。商人としての才覚と剣の腕もさることながら、一番役に立ったのはその性癖ね」


「シャルロットの精霊契約を誰もが知っているなら……もしかして、あいつの性癖もオープンワールドなのか……?」


 昨晩、自分のことを知らない俺に驚いていたクラフトを思い出す。そして妙に迫ってきたクラフトを思い出して眩暈がした。始めは無警戒に自然体で接してしまったため、勘違いさせてしまったのかもしれない。


「あなたの言う通り、シャルロット様の契約内容については周知の事実だから、あの男の性癖も自然と公になっているようなものなのだけど……まぁ、それはどうでもいいわ」


 ヨルコはぼやいてから、一つ咳払いした。


「とにかく、あなたがクラフトと同じような特殊な嗜好の持ち主でもない限り、シャルロット様が来る前に逃げた方が賢明よ」


「……俺にそっちの趣味はないが、そいつはできない相談だ」


 こちらにも契約の縛りがある。魔王を置いては逃げられないし、一緒に逃げたとしても衣食住の問題は付きまとう。契約の限界ラインを見極められていない今の状態で行動するのは、できる限り避けたい。


「私の話を聞いていなかったの? それとも、ホモでもないのに燃やされない自信があるの? やっぱりあなたって――」


 ヨルコが眠っている魔王をちらりと見てから信じられないといった面持ちで口を開いた。


「ロリコンなの?」


「ぜんっぜん違うよぶっとばすぞコノヤロウ!」


「しーっ!」


 ヨルコが唇の前で人差し指を立て「静かに」とジェスチャーする。


 俺は浮きかけた腰を落ち着け、魔王の方に振り返った。


 相変わらずの間の抜けた寝顔を確認して、胸を撫で下ろしながら再びヨルコに向き直る。


 ヨルコが顔寄せ、再び確認を取ってくる。


「……違うの?」


「違う」


 言い切ると、ヨルコが俺をじっと見つめながら唇に手を当てる。


「ホモでもなくロリコンでもない……そうすると……犬の名前……まさか……!?」


 はっとした顔をして、ヨルコが口元を押さえた。


「人間では興奮しないってことなの!?」


「いい加減にしないとマジでぶっ飛ばすぞてめぇ! っていうか――」


 突っ込んでから、声が大きかったと自省して声のトーンを落とす。


「ヨルコ、お前は俺のことなんか気にかけていていいのか? 一応、俺は魔王の側に立っている人間だろ? 正体がどうとか気にせず、シャルロットが来る前に、情け容赦なくやっつけとくべきじゃないのか?」


「自分を倒せと言う人も珍しいわね」


「……そういうわけじゃないが」


 自分でも何を言っているんだと思い直して言葉を濁すと、ヨルコが楽しそうに笑った。


「あなた、本当に変わっているわ。魔法使いにそんなこと、冗談でも言えないものよ。私が呪文を一つ唱えるだけで、あなたなんて簡単に死んでしまうんだから」


「んなこと言ったら、俺だってお前の首を絞めるだけで簡単に殺せるっての」


 言い返すと、ヨルコは笑みを深くする。


「そうは思えないのが普通の人なのよ。魔法を使えるというだけで、普通は人から敬遠される。あなたのように、無頓着な人間は珍しいわ」


 ヨルコが無造作に人差し指を立てた。その先にぽっと小さな火の玉が浮かぶ。


「私は、無暗やたらと怯えられることにもう慣れてはいるけど――やはり気持ちがいいものではないから……私たちにとってあなたのような人は、ただそれだけで好感が持てる」


 言いながら、ヨルコが魔王へと視線を移した。


「世界の裏側にいる人と恋なんてできない。普通の人は、自分に近しい人間を好きになるものでしょ?」


「? だからなんだよ」


 ヨルコの言葉の裏が読み取れない。まさか愛の告白でもないだろう。


「愛に飢えている人間なら、怖がらず傍にいてくれるというだけで相手を好きになる……私にとっては、シャルロット様がそれに近かった。この魔王にとっては――」


 再び、ヨルコが俺を見る。そういうことかと、俺はやれやれと息を吐いた。


「だから、俺を倒さないのか? 魔王が、自分と同じ嫌われ者の魔法使いだから? 俺が差別をしない人間に見えるから? お前、よくそんなお人好しで勇者の従者が務まったな」  


「あなたこそ、大概よ」


 腕を組み、呆れたようにヨルコが言う。


「どうして一人で逃げないの? 魔王の信頼を裏切るのが怖いお人好しだからでしょ?」


「お人好しは、相手のことまでお人好しに見えるんだな」


 今度こそ本気でからかうと、ヨルコは顔をしかめた。打って変って忌々しそうに俺を睨みつけてから勢いよく立ち上がる。


「シャルロット様が来ると警告はしたわよ」


 そう言い残すと、ヨルコは家の戸をこれでもかと言うほど力強く開け放ち、大股で外へ出て行った。


「はぁ……」


 溜め息をつきながらその背中を見送り、開けっぱなしの扉を閉めに行こうとして――後ろに引っ張られて体勢を崩す。


「……起きてたのか」


 振りかえると、魔王の右手が俺のパジャマの裾を握りしめていた。


「こぉらあ……勝手に行くなぁ……」


 左手で目を擦りながら、魔王が寝ぼけた声を上げる。


「扉が空いてるから閉めに行くだけだ」


「ん……」


 魔王の手が緩んだところで、再び立ち上がろうとして――また後ろから引っ張られた。


「おい」


 右手が離れたと思ったら、左手で掴まれていた。魔王が今度は右手で目を擦っている。


「おいこら。いくらなんでも家の扉を全開で眠るのは不用心だろ。勝手にどこか行ったりしないし、扉閉めたらすぐ戻ってくるから、ちょっとでいいから離せよ」


「んんー……」


 魔王がわかったのかわからないのかよくわからない返事をする。


 相変わらず袖は力強く掴まれているから、たぶんわかっていないと判断し無理やりひっぺがそうとしたところ、バタン! と音がした。


 視線を向けると、扉が閉まっていた。


「……魔法か?」


「ん」


 魔王がぐいぐいと俺を引っ張る。


「扉も閉まったしいいか」とされるがままになっていたら、魔王のベッドに引きずり込まれ後ろから抱きしめられる格好になっていた。


 誰かに見られたらロリコン疑惑も否定できないなと思いながら、契約だし仕方ないと自分に言い訳しながら眠りにいた。


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