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魔王&ポチVS勇者チーム

 

 太陽が昇り始めて間もなく、早めの朝食を済ませ、二度寝でもしようかなんて考えていたら魔王に外へ引っ張り出された。


 そして現在、魔王の城(笑)を出て数メートルの地点。

 

 要するに家の前。


「よいしょ、こらしょ」


 額に汗をにじませながら、魔王がスコップでざくざくと地面を掘り返していた。


「……お前、何してんだ?」


「見てわからないのか!? 落としあなを作ってるんだよ! ポチも手伝え!」


「それは何か? 犬だから穴掘るの得意だろとか言いたいわけか。ぶっとばすぞこの野郎」


「違うよ! 言い争いをしてるひまも惜しい! いいからるんだ!」


 魔王が家の裏手に回り、もう一つスコップを持ってきて俺に手渡した。


「キミはもう三メートル先に掘ってくれ!」


 手渡されたのはスコップといっても魔王が今使っている鉄製のモノではなく、子供が砂場で使うような玩具おもちゃのスコップだ。


 しかも取っ手の先端がウサギさんになっている。


「……やっぱりお前、俺のことなめてんだろ」


「うん? キミをなめたことなんかないよ。なめたら甘かったりするの?」


「そーいう意味じゃねえええええ!」


 地面に叩きつけると、カツッと軽い音を立ててスコップが転がった。


「ていうか落とし穴って何だ! 勇者にこんな古典的な罠が効くのか!?」


「効かないよ。あの勇者、基本的に無敵だし。でも、時間稼ぎにはなるかもしれないだろ? 何もやらないよりはましさ」


 魔王が俺の投げたスコップを拾い「これの何が気に入らないんだ。可愛いじゃないか」と不満げにつぶやいてからまた穴掘りを再開する。


「だったらそっちをお前が使えよ」


 溜め息混じりにそう言って、俺は家の壁に背中を預けた。


 そして手のひらで顔をおおう。


 ――やっぱりこいつ、魔王に向いてない。

 そのセンスも考え方も何もかもだ。


「お前さ、勇者に対してかなりビビってるみたいだけど、俺を吹き飛ばした時みたいに魔法を使えば勝てるんじゃないか?」


 俺が言うと、魔王はふるふると首を振った。心なしか気落ちしたような緩慢な動作で、掘った穴の上にカモフラージュの草木を敷く。


「勇者にはあの程度の魔法は効かないよ。ていうかどんな攻撃も効かないんだよ」


「なんだそれ」


「初めて勇者シャルロットの力を見た奴らは皆そう言うんだ。いや、下手したらその前に……思い出したらだんだん腹が立ってきたぞ! なんだあれ反則だろ! いい加減に――」


「いい加減にしなさいクラフト!」


 魔王の言葉に重なるようにして、女の怒声が響いた。


 魔王があわてふためいて近くの茂みに隠れたので、俺もその後を追う形で魔王の近くに身をひそませる。


 ていうか今こいつ俺を完全に無視して一人で真っ先に隠れやがった。

 覚えとけよこの野郎。


「犬猫じゃないのよ!? そんな名前の人がいるわけがないでしょ!」


「いや、でも確かに魔王は『ポチ』って呼んどったさかい」


 口論しながら現れたのは、ホモ商人ことクラフトと、山中では場違いとしかいいようのないゴシックな黒ドレスに身を包んだ少女。


 二人とも、まだこちらに気づいている様子はない。


 俺はそっと魔王に耳打ちした。


「おい」


「うきゃあ! びっくりしたなぁっていうか近いよ! いきなり耳元で囁かないでよ!」


 器用に声を殺しながら叫び、耳たぶをさすって魔王が俺をにらむ。


 驚かせて悪かったが、やっぱり俺の存在を忘れていやがったなこいつ。


 俺は人差し指を立てて「もっと声を抑えろ」とジェスチャーした。


 魔王が神妙な顔でこくりと頷いてから、俺は改めて魔王に尋ねた。


「クラフトが連れてきた、あの女が勇者か?」


「違うよ。あれは勇者の従者、魔法使いのヨルコだ。勇者ほどじゃないけど厄介なヤツで……あ、くそぅ! もう少しで落とし穴なのに、どうしてそこで立ち止まるんだ!」


 魔王が口にした通り、二人は魔王の城(笑)からちょうど十メートルくらい手前で立ち止まっていた。


 クラフトが「ほら、ついたで」と掘立小屋を指さすと、ヨルコは腕を組み、高圧的に言い放った。


「あなたが先に行って」


「なんやここまで来て。怖気ついたんか?」


「違うわ。罠があるかもしれないからよ」


 その言葉に、俺の隣で魔王がビクッと肩を震わせた。

 

 俺は物音が立たないように魔王の肩に手をかけ、顔を寄せて「静かにしてろ」と念を押した。


「罠があったらなんやっちゅーんや? つーかヨルコ、あんたここまでホイホイとわいのあとついてきとるが、この先に先代魔王がいるなんてホンマは信じてないんやろ?」


「当たり前よ。本当に先代魔王が復活したというのなら、世界が滅びてもおかしくない。そんな予兆は見られない」


「なんやそれ。未来予知の魔法ってやつか? ほんまに魔法は何でもありやな」


「よく勘違いされるけど魔法は万能じゃない。だから自分の目で確かめる必要もあるの。あなたの話はミジンコほども信用していないけど、念のためよ」


 ケンカ腰で言葉を交わすクラフトとヨルコ。


 仮にも魔王の住処すみかの前だってのにこいつら余裕だなーと他人事みたいに思った。


「そもそも『ポチ』だったかしら? あなたの言うことが本当なら、そいつは魔王の切り札のはずよ。ポチなんて適当な名前を付けるわけがないでしょ」


 ヨルコの言葉を聞いて、俺なんかこいつと友達になれそうと親近感がわいた。


「あーもうヨルコと話してても埒があかへんなぁ。百聞は一見にしかずや!」


 ごうやしたクラフトが、ようやく魔王の家へ入ろうと一歩踏みだして――


「アッ――!」


 妙な悲鳴を残し、ものの見事に落とし穴に落ちた。


「今だポチ! 一気にたたみかけるぞ!」


 いきなり魔王が叫び、茂みからヨルコの前へ躍り出る。しかしヨルコは動じず、余裕の態度で魔王へ向き直った。


「あら魔王。お久しぶりね。そのまま草むらに隠れていればいいものを、わざわざ土下座するために飛び出してきたのかしら?」


「ふん! 勇者は怖いけどヨルコ一人なら怖くない! それにこっちは二人がかりだ!」 


「二人?」


 ヨルコが可哀想なものを見るような目で魔王を見た。言われて、魔王はようやく自分一人が草むらから飛び出してきたことに気づいたらしい。振り返ってこちらに叫ぶ。


「こらポチ! なんでちゃんとついてこないんだよ!」


「いいかこれで最後だよく聞けこの野郎。俺をポチと呼ぶな」


 このまま隠れていようと思ったが、仲間に居場所を暴露されては仕方がない。


 俺は茂みから立ち上がりヨルコの前に姿を晒した。


「あなたは……!」


 先ほどは驚きもしなかったヨルコが、途端に眼を見開いた。


「たしかに……肖像画しょうぞうがのユイス様に、少し似ているかも……でも……」


 ヨルコが無造作むぞうさに俺に近づいてきて、俺の顔をしげしげと観察し始める。


 真剣な眼差しであごに手を当てて俺の周りをぐるりと一周し――やがておごそかに口を開き、こう結論づけた。


「イケメンじゃないから違うわね」


「初対面なのに失礼な奴だな……」


「クラフトから聞いた話だと、あなた、記憶喪失らしいですけれど……本当なの?」


 俺の言葉を無視して、ヨルコが質問を投げてくる。


 俺はうんざりしながら応じた。


「だったら何だよ」


「嘘くさいわ」


 ヨルコが目を光らせて言い放つ。それを見て、魔王があわてたように声を上げた。


「こ、こらポチ! 敵の言葉に耳を傾けるな! そりゃ誰だって君の名前くらい聞いたことくらいあるさ!」


「あぁ? 俺の名前?」


 脈絡もないのでよくわからず聞き返すと、魔王がまくし立てた。


「ポチって名前はすごい有名だからだよ。コタローとかラッキーとか、女の子ならモモとかもあったけど、やっぱり王道はポチ! 古くから伝わる、由緒ゆいしょある名前なんだよ!」


「今気づいたんだが、てめーあのペット雑誌から俺の名前つけやがったな!」


「ちょっとあなたたち! 私を無視して話をしないで――」


「だからポチの何が気に入らないんだよ!? 言ってみろ!」


「何度でも言ってやらぁ! 犬の名前だからに決まってんだろうが!」


「いい加減にして――私の話を聞いて――あぁもう! 常夏とこなつ虫眼鏡むしめがね!」


 唐突なヨルコ叫び声。


 なんだあいつ気でもおかしくなったのかと振り向こうとしたところ、鼻先わずか三センチをごうっと音を立てて火炎球がかすめていった。


「……今の、なんだ?」


「魔法だよ。ヨルコは私と同じ魔法使いだって言っただろ。ま、私ほどじゃないけどね」


 俺の質問に魔王が胸を張りながら得意げに答える。


 どうでもいいが、魔王のローブのそでのところにさっきの魔法の火が燃え移っていた。


「見くびってもらっては困るわ。今のはただのの小手調べ。挨拶の代わりよ」


 ヨルコが流し目でこちらを見る。


 その意図をみ取れず片眉を上げると、ヨルコは大きな溜め息をついた。


 それから遅まきながら「うわっちゃあ!」と悲鳴を上げた魔王に一瞥をよこし、スカートのすそ優雅ゆうがに持ち上げて一礼した。


「初めまして。私はヨルコ・ランダサルカ。勇者シャルロット様の従者。魔法使いです」


「こりゃご丁寧にどうも。俺は――」


「名乗っていただかなくて結構よ」


 ぴしゃりとヨルコが告げる。俺はあわてて声を上げた。


「おい待て。断っておくが俺はポチって名前じゃ――」


「違うわよ。あなたの名前がポチだろうがラッキーだろうが関係ないの。私の耳をわずらわせてほしくないだけ」


「人に話を聞けとか言っといて、人の話を聞かない奴だな……」


「黙りなさい! 勇者ユイスのまがい物め!」


 身勝手にいきり立つヨルコに、だんだんと腹が立ってきた。


 初対面のヤツにいきなり火の玉ぶつけられそうになったり、紛い物呼ばわりされる筋合いはない。


「ちょっと待てこら。なんでいきなり俺が偽物扱いなんだ? あん? もしかしたら本物かもしれないだろうが。確かめたことあんのか? 俺が本物だったらどう責任とってくれるんだこの野郎」


「ついさっき、確かめさせてもらったわ」


 俺の態度に、ヨルコがつまらなそうに冷笑れいしょうを浮かべた。


「本物の勇者なら、私の魔法など避けるまでもないはずよ。それをあなたは避けた。偽物と断定するには十分なの」


「じゃあもう一回魔法で攻撃してこいよ。今度はけない。避けるまでもない」


 自信満々に挑発すると、ヨルコは一転して楽しそうな笑みを見せた。


「魔法の炎を見ても臆さないなんて、偽物のくせになかなか見どころがあるわね。いいわ。お望み通り、もう一度だけ魔法を使ってあげる」


 言いながら、ヨルコが手のひらをこちらに向けて掲げる。それを見て、魔王が俺の服の袖を引っ張った。


「ちょっと待つんだポチ! いくらキミが痛めつけられるのが好きだからって、こんな堂々と初対面の相手にその欲求をぶつけるのはどうかと思うんだ!」


「……俺の罪悪感を消してくれてどうもありがとうよ」


「へ?」


 青筋を浮かべながら礼を述べる俺に、キョトン、と魔王が目を見開いた。次の瞬間、


「氷の三段雪だるま!」


 ヨルコの声と共に、大人の体ほどもある串団子状シルエットの氷塊が飛んできた。


 なんだこの魔法はと思いながらも俺は、また俺を置いて逃げ出そうとした魔王の襟首えりくびをがっしとつかみ、ずいっと前に掲げて叫ぶ。


「魔王バリアー!」


「うわああああああああ!」


 魔王にぶつかる直前、氷塊は跡形あとかたもなく霧散むさんした。


 俺は舌打ちして魔王の襟首を放す。


 すぐに魔王がぐりんと首を回して鬼の形相ぎょうそうをこちらに向けてきた。


「な、何するんだ! 死ぬかと思ったじゃないか!」


「いやーホント危なかったな。俺も死ぬかと思ったわ」


「嘘つけこのー! 全然そんなこと思ってないだろ! 見てよこの足! 生まれたての小鹿みたいに震えてるじゃないか! どうしてくれるんだ!」


 魔王が俺の右腕にぶら下がるようにして、涙目になりながら非難する。


 さすがにやりすぎたかと空いている左手で頭を掻いていると、パチパチと拍手が送られた。


「いい! すごくいい! その態度、その度胸! これは思ってもない拾いものね……あなた私の奴隷にならない?」


「いきなり奴隷になれと言われて、首を縦に振る人間がいると思うのか?」


 ぶっ飛んだ提案をしてくるヨルコを睨む。しかしヨルコはしれっとした顔で言った。


「あら? 私は救国の英雄、勇者シャルロットの従者よ? 私の奴隷になりたいと願い出る男は、それこそ掃いて捨てるほど世に溢れかえっているのに」


「世の男どもは恋人じゃなく奴隷になりたいと願い出るのか。すごいな」


「この私が自主的に、あなたを奴隷にしたいと思ったの。もっと光栄に思って貰いたいわ。私が男の奴隷を欲しがるのは珍しいのよ?」


「おまえの趣味なんか知るか。奴隷なんて、死んでもごめんだ」


「でもあなた、今は奴隷のよりもさらに酷い犬畜生の扱いを受けているじゃない。私の下に来た方がいいんじゃないの?」


 視線を落とし魔王を見る。魔王は「ん? どうかしたか?」と澄んだ瞳で俺を見上げた。


「……不思議だなぁ。ついさっきまで奴隷なんか死んでも嫌だと思っていたのに、なんかむこうについて行った方が良い気がしてきた」


「こ、こら! ダメだからな! ポチは渡さないぞ!」


 魔王が俺の腕をかき抱いて、強く引っ張る。


 なんだかなぁと思いつつヨルコに視線をやると、彼女は思案顔しあんがおになってつぶやいていた。


「でも顔がユイス様と瓜二うりふたつ……そんな人間を奴隷にしていると勇者様にばれたら、勇者様に嫌われてしまうし……顔を焼き潰せば問題ない? あれ? それよりもいいことを思いついたかも。偽物でもユイス様にそっくりなんだから、人質にして勇者様をおどせるかも?」


「うわぁ……発想が悪魔的だ……」


 自分の体を抱きしめて身悶みもだえするヨルコに、ドン引きしながらつぶやく魔王。


 いや、お前はその悪魔の親玉じゃねーのかよ。


「まぁでも、とりあえずは――」


 ヨルコが腕組みし、俺に告げる。


「あなたの身柄みがら拘束こうそくしておこうかしら。人生でやり残したことがあるなら、今のうちにやっておきなさい。私も鬼じゃないから、三分だけ待ってあげる」


「色々と突っ込みたいところだが、まぁ、今やっておきたいことと言えば――」


 俺は魔王の家の前、クラフトが落ちた穴を覗き込んだ。やけに大人しいから気絶でもしているのかと思ったが、クラフトは怪我ひとつした様子もなく、ぴんぴんしていた。


 一応、声をかける。


「ようクラフト。気分はどうだ?」


「ふっ。穴に落ちるやなんて、願ったり叶ったりですわ。どちらかというと『穴をる方』がわいは好きなんですが――」


「よしわかった。世界平和のためにも、お前はそのまま埋まってろ。絶対に出てくんなよ」


 巨悪にとどめを刺すために、土をかぶせて穴にめてやることにした。


 穴に入ったまま死ねるんだから本望に違いない。


 スコップで土をすくって投げ入れる。


「あぁん! もっとぉ!」とわけのわからない男の悲鳴が穴の中から返ってきた。


 俺は思わず魔王に頼んだ。


「おい魔王、やっぱお前がこいつを埋めてくれ」


「なんでさ。嫌だよ。犯罪の片棒を担がせようったってそうはいかないよ」


「そうじゃない。俺がこのままこいつを生き埋めにしても全くかまわない。むしろ率先してやらせてもらいたいところだ。だが、俺が手を下した場合、こいつがあの世で『最後の相手は俺だった』とか意味不明なことを言いふらしかねないからな」


「……ポチ、そこまでクラフトのこと嫌いなの? まだ会うのは二度目だろ?」 


「…………」


 魔王の問いかけには答えず、俺は無言で穴埋めを再開した。


 魔王はそんな俺をじっと見つめて何か考えているようだった。


 ヨルコも黙って見守っている。


 俺が土を掬い、穴に放り込む音とクラフトの悲鳴――もとい、嬌声きょうせいだけが響く。


「……頼む。誰かしゃべってくれ」


 気まずい空気に耐えきれず、俺は魔王とヨルコに振り返って頼んだ。


 それに応えるかのようにクラフトのあえぎ声が大きくなった。


 軽く死にたくなった。

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