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魔法使いヨルコ

 

 クラフト・カイゼンがポポ山の麓にある街――ガトリに到着したのは、まだ日も昇りきらない朝方だった。


 しかし街の中を歩いていると、朝刊や牛乳の宅配人、玄関前を掃除している老婆など、既に人の姿がちらほらと見受けられる。


 どこかの家からはハムかソーセージの焼ける匂い――朝食の匂いが漂ってくる。


「この街も、ずいぶんと活気がでてきとるなぁ……」


 魔王がこの街の近郊に住み始めたのは一年前。


 魔王の完全な武装解除、勇者シャルロットの仲間が一人は街に常駐して魔王を警戒するといった取り決めはしたが、それでも住民の反対は大きかった。


 反魔王を唱える教会や、魔王を殺して名を上げようとならず者が街に集まり、一時は街が荒廃し閑散としていた時期もあった。


 それが今や嘘のような賑わいを取り戻しつつある。


『魔王城が一番近い街』というキャッチフレーズで観光客を誘致し、魔王を観光のシンボルとしている店まである。


 同じ商売人として、その逞しさは見習いたいものだ。


 一通り朝の街を散策した後、クラフトはその足を街の中央へ向けた。


 しばらくすると、一際大きな洋館が見えてくる。

 魔王の監視役、魔法使いヨルコが逗留している場所だ。


 クラフトが洋館へ近づくと、周囲を哨戒していた衛兵がクラフトに一礼した。


「朝っぱらからごくろーさん」


 衛兵に一言ねぎらってから洋館の門扉をくぐる。色とりどりの庭園の花を横目に歩を進め、クラフトは洋館の前に立った。


(……よく考えると、不用心やな)


 先ほどは顔パスで通してもらったが、魔法使いならおそらく魔法で顔を変えるくらいわけもないはずだ。

 せっかく人を使って警備を配置しているのだから、もっと厳重にチェックをするべきだ。


 だが、そんなことを言い出したらキリがないし、意味がないこともわかっていた。


 魔法は全てを可能にする。昨夜、身を持って体験してきたばかりだ。


 クラフトが扉を押し開こうとした瞬間、扉がひとりでに開かれた。


 また魔法か。クラフトが思わず溜息をつきそうになったところ、


「クラフト、こんな早朝に尋ねてくるなんて、どういうつもり?」


 洋館の中から、言葉と裏腹に待ち構えていたかのような高飛車な声が飛んできた。


 クラフトは喉元まで出かかった溜息を飲み込んで、洋館のエントランスへと踏み入れる。


 そして声が聞こえた方向――階段の踊り場を見上げた。


 そこには小柄な少女が立っていた。


 背中まで伸ばしたストレートの黒髪に、気の強さを表すような吊り上がりぎみの大きな鳶色の瞳。彼女は見るからに高級そうな黒基調のドレスに身を包み、クラフトを嫌悪感たっぷりに見下ろしていた。


 飲み込んだはずの溜息が、思わず漏れた。


「ヨルコ。もうちょっとは時と場所を考えろや。朝っぱらからそないなけったいな格好して、おかしいとは思わへんのか」


「感覚がずれまくってついには性の対象まで踏み外したあなたにだけは言われたくないわ」


「お互い様やろうが。あんたこそ勇者様ダイスキーのレズビアンのくせしおって」


 挨拶代わりの罵倒を交換し合い、互いに視線を逸らす。


 同族嫌悪というわけでもないが、ヨルコとは馬が合わないのは昔からだ。勇者の従者として共に何度か死線を潜ったが、それでも打ち解けたりはしなかった。


 ヨルコが魔王を監視するという貧乏くじを自ら買って出たときに少しは見直しもしたが、価値観の違いはそう簡単に乗り越えられるはずもない。


「魔王に食料と日用品はちゃんと届けられたの?」


 視線を逸らしたまま、ヨルコが確認してくる。クラフトは肩を竦めて応じた。


「山ん中をえっちらほっちら、馬に重たい荷台をひかせて届けてきたで。いくらお得意様でももう二度としたくないわ。魔王に買い物に来てもらった方が絶対に楽やで」


「魔王が街へ降りてきたら、教会の奴らがうるさいのよ」


 ヨルコが窓の外へと視線を転じる。クラフトの位置からも、教会のやけにとんがった建物が少しだけ見えた。


「最近は抗議活動がまた活発になってきてる。首都の方でもきな臭い動きをしているし、彼らに余計な刺激を与えない方が賢明だわ」


「あいつら、あんたにもうるさいんか?」


 クラフトが問いかけると、ヨルコは億劫そうに頷いた。


「シャルロット様が魔王を殺さずに放置しているのは実は魔王に操られているからだとか、私が魔王に通じているんじゃないかとか、もう好き放題に言っているわ。正直、相手にしていられない」


「……意外と、的を得てるのかもしれんへんな」


「なんですって?」


 クラフトのつぶやきに、ヨルコが険のある声を出した。

 階段の踊り場からエントランスまで飛ぶように降り、眉を吊り上げながらクラフトに詰め寄った。


「あんたまさか、教会の妄言を信じるの? シャルロット様を疑ってるわけ?」


「せやけど、シャルロット様はどうして魔王を殺さへんかったんや?」


 クラフトの問いに、ヨルコが「何を当たり前のことを」とうんざりした調子で答えた。


「あの魔王が、先代勇者ユイス様の仇ではなかったからよ。それに、あんな外見の魔王じゃ無理もないわ。いたいけな女の子じゃない」


「あの見てくれに、騙されとるんと違うか?」


「しつこいわね。一年前、あなたも納得したことじゃない。それを今さら……魔王に届け物をした時に、何か気になることでもあったわけ?」


 ヨルコが面倒くさそうに尋ねてくる。クラフトは待ってました、と口を開いた。


「先代魔王が復活しとったんや」


「……あなた、私をからかってるの?」


 ヨルコが怒りをあらわに、クラフトを睨んだ。


「信じられんのも無理ないが、あの魔王が魔法を使ったんならありえない話やないやろ?」


「本気で言ってるの? 正気を疑うわ。冗談でもあなたがそんなこと勇者様に伝えたら、ただじゃすまないってわかってるわよね?」


「だから、まずはあんたに相談に来たんやろが」


 言うと、ヨルコは眉間にしわを寄せた。


 勇者シャルロットは、育ての親であり想い人でもある先代勇者ユイスの仇討ちの為だけに勇者になった人だ。


 先代魔王が復活したと聞けば、例え根も葉もない噂だろうと目の色を変えて飛んでくる。


 シャルロットを誰より尊敬し、その身の上を心配しているヨルコにとっては、看過できない話のはずだ。


 餅は餅屋。間違いなく魔法が絡んだポチという存在を、魔法使いのヨルコに確認させる為に、クラフトは食いつきがよさそうな話題に誘導する。


「……あなたの話、信用できない点がいくつかある」


 親指の爪を噛みながら、ヨルコが言った。


「言ってみぃや」


 促すと、ヨルコがぴっと指を立てながら話し始めた。


「まず一つ。先代魔王は冷酷で強力な魔法使いだった。同じ魔法使いの私ならまだしも、あなた如きが立ち会って逃がしてもらえるわけがない」


「わいが『あんさん先代魔王やろ?』って聞いたら妄想乙とか言って逃がしてくれたで」


「……今の話を聞いただけで、そいつが先代魔王じゃないって証明になる気がするわ」


「まぁまぁ。いいから、他に気になることあったんなら言ってみ」


 ヨルコは額に手を当てながら、二つ目の指を立てた。


「もう一つ。先代魔王が勇者ユイスと相討ちになったとされているのは十年も前の話よ。十年前って言ったら、あなたも私もまだ子供。あなた、先代魔王の顔も知らないでしょ?」


 それは、魔王討伐の旅を始めた二年前にも問題になったことだった。


 先代魔王の強さは常軌を逸していた。

 その姿を見て生還した者はいないとされている。


 誰が本物の魔王なのかさえ、不明瞭だったのだ。

 唯一の例外は無敵と謳われた先代勇者。

 彼は一度、魔王と交戦し引き分けた。


 彼だけが正体を知っていた。


 だが、二度目は帰還しなかった。


「もちろん、見たことなんかあらへん」


 クラフトが見栄も張らずに言い切ると、それ見たことかとヨルコが疑わしげな視線を向けてくる。


「先代魔王を見たこともないあなたが、どうして見てきただけで先代魔王が復活していたなんて判断できるのよ」


「見た目が魔王っぽかったから」


 クラフトは堂々と答えた。


 あの城に魔物の軍勢を率いる凶悪な魔王がいる。


 ただそれだけを頼りに旅をして、結果、あの小さな魔王だけが玉座にいた。


 冒険の終わりはあっけなく、クラフトはまだ――決着がついたとは思えなかった。


 だからこそこうして、魔王の監視に協力をしてきた。


 そして、その予感は正しかった。

 高等生物に生まれてすいませんってミジンコに謝ってきなさい」


 居室へ戻ろうとするヨルコをクラフトは呼び止める。


「最後まで聞きいや。確かに先代魔王だとは言い切れん。けどな、もし本物の先代魔王じゃなかったとしても、ただの使い魔だったとしても、あの外見は問題や。捨て置くわけにはいかん。シャルロット様を倒すのに最適な形をしとった」


 ポチと呼ばれていたあの男――彼を最初に見た時の既視観。実際に会ったことはなかったがクラフトには見覚えがあった。


「勇者様を倒すのに最適な形?」


 怪訝な顔をして聞き返すヨルコに、クラフトは頷いてみせた。


 彼を先代魔王だと思ったのは、魔王が本当に死者を蘇らせるとしたらまず先代魔王しかいないという思いもあったし、勇者シャルロットを倒すとしたら――油断させるとしたらこの形が相応しいという、いかにもな外見をしていたからだ。


 魔法は不可能を可能にする。


 化粧ですら女を男に偽るくらいわけもない。単純に考えれば、偽装しているだけだ。ただ、それだけではないように思えた。彼はあまりに近況に無知すぎた。


 見抜かれないよう記憶まで封じている? そんなことがはたして可能なのか?


 自分もまだ半信半疑で何が起きているのかはわからないが、実際に起きている現実とは向き合わなければならない。現実逃避はしていられない。


 一年前の魔王討伐、その中途半端な結末にようやく本当の決着がつく。


 その確信めいたものを覚えながら、クラフトは口を開いた。


「魔王の傍に、先代勇者――ユイス様と同じ顔の男がいたんや」


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