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浸透圧とジャージ女  作者: Coo...
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第三話  「隣り町のスーパーで出会ったジャージinスカート女と小アジ」

 食事の後、南隣の町に移動し、国道沿いのスーパーに夕食のおかずを買いに行くことにした。


 ところで、世の中やってみないと分からない事がある。

 誰だって頭じゃ理解している事。

 当然ながら僕だって理解していた事。

 そして、油断していたらしっぺ返しがくるなんて思っていない事……。

 だからこそ、やってみた時に食らったしっぺ返しの味は忘れられないものになる。


 つまり、何が言いたいかというと……、


「カレーうどんはかき込むな」


 と言う事だ。


 カレーうどんとは、カレーうどんを作った人間以外に対して、カレーうどんをカレーうどんとして認識せしめるには、うどんにカレーが入っている必要がある。

 当然の理だ。

 それはそうと、どろっとした液体の方が、さらっとした液体より熱が冷めにくい。誰だって知ってる。

 味噌汁やラーメンのスープは音を出してすするから、熱い汁を口にする事が出来る。

 すする事により、少量の汁が空気に触れて温度が下がる事により問題なく口の中に入れる事が出来るのだ。

 素うどんだってそうだ。音を立ててすする事により、うどんの麺の表面温度が下がる。

 もちろん、うどんだけじゃ無い。一緒に口の中に入る汁の同時に温度が下がる。その相乗効果によって食べやすくなる。

 しかし、うどんの温度低下には限界があるから、その最適解を導き出すには経験と、さらに経験に基づく緻密な計算が必要になるのだ。その困難さについて理屈で認識していなくても、うどんを食べた事があるならば誰でも身体が知っている。

 だからこそ、父さんの食べっぷりに観光客の初老の男性も見とれていたんだ。それはそうと、初老の男性を崩した表現で言う場合、オっちゃんがいいのか、ジイさんが良いのか迷うところだと思う。

 今思うと、惣菜パンにはがっついたくせに、素うどんについてはカレーうどんが来るまで待っていたのも、何だか怪しい。

 もしかして、僕を待っていたんじゃ無くて、素うどん全体の温度が下がるまで待っていたのでは無いだろうか。

 それはそうと、惣菜パンの中身は結局カレーうどんで火傷したせいで分からずじまいだった。

 悔しい。


     ■


「おい、戦車のおまけが付いている食玩があるぞ。買おうぜ。」

 そんな息子の葛藤なんぞ何処吹く風。父さんは迷う事なく、食玩を買い物カゴにいれる。

 参った。

 今までの父親像が、音を立てて崩れていく。

 今の父を見ていると、今まで僕が良い風に考えすぎていたようだ。厳粛な父親像って感じで。

「これから、節約していかなくちゃいけないんだから無駄遣いは止めよう。」

「戦車。嫌いか?」

「見た事無いから、好きでも嫌いでも無いよ。」

 買い物カゴから食玩を取り出して、棚に戻す。

「そうか、じゃぁ新しい扉を開く良い機会だ。」 

 父さんはそれをまた、買い物カゴに入れ直す。

「新しい扉には興味があるな。興味があるよ。うん。すごくある。」

 ため息をついて、僕は再度食玩を棚に戻す。

「言動と行動が一致してないぞ。お前。」

「食玩を買う事を許容した訳じゃ無いからね。」

「分かった。今日の夕飯時には、俺の熱い戦車トークが炸裂するぜ。」

「前言撤回。これ以上、僕の父親像を崩すのは止めよう。自分の選択に自信がなくなってくる。」

「人生とは選択の積み重ね。常々、後悔せんように心がけなくてわな。つまり、これは買っておくべきだという事だ。」

 そう言って父さんは軽快に笑いながら、食玩を買い物カゴに入れる。

「よし。食材の買い出しでスーパーなんて久しぶりだから、ちょっと見て回るよ。お前も、適当に見て回りながら夕飯何食うか考えとけよ」

 父さんはそう言って迷う事無く、酒類コーナーに向かう。わかりやすい。

 僕はスーパーと言えば、総菜コーナーが好きだ。

 子供の頃、母さんに連れられてスーパーに行った時、美味しそうに並べられている揚げ物は僕のあこがれだった。でも、母さんは油物は身体に良くないと言って滅多に食べさせてくれなかった。

 子供の頃は身体のため、今はお金のため。惣菜コーナーの揚げ物は僕にとってはユニコーンなのだ。

 求めても今の僕では手の届かない、幻の馬……。と言ったら言い過ぎかな。


                  ■


 現在時刻は午後三時。まだ割引シールが貼られる時間帯ではないようだ。

 ざっと一周回って観察した結果、こういう時間帯で目指すのは野菜の見切り品コーナーが正解のようだ。

 ここならは、おそらく機能の売れ残りであろう割引き対象商品が陳列されている。

 野菜売り場のエンドコーナー。キャスター付きの棚が置いてあって、その棚が見切り品コーナーになっていた。

 店としてはとっとと捌きたい物だろう。

 目立つところにある。


 本日の見切り品はキャベツとにんじん。大根とシメジ…、あとは青梗菜。

 キャベツとにんじんは何にでも使えるから助かるな。シメジも熱を通せば、オールラウンダーになる。当然、ゲットだ。

 しかし…、青梗菜って何に使うんだ?

 6個入りの袋詰め。4袋ある。手にとって見てみると、漫画とか携帯ゲームで出てくる様な…、如何にも葉野菜という感じの外見をしている。パッケージには栄養素は書いていても、調理方法は書いてない。


 今までなら。両親が離婚しなければ、こういう物は手にも取らず無視していた。問題はその値段だ。


 見切り品、特価1袋30円。


 特価も特価。大特価だ。

 もちろん普段の価格は知らない。でも、一袋の中にけっこうな量がある。

 おそらくこれ以上値は下がらないだろう。

 全部買い占めても120円。

 しかし、何に使うか分からない食材を買い占めて良いものだろうか。値段につられて喜び勇んで買って、その上で結局使わなかった何てことになるのは不本意だ。

 しかし、単純に量からみて、この値段は魅力的だ…。


「すいません。ちょっとどいて貰って良いですか?」


 考え込んでいた所に不意に話しかけられてビクッとする。

「あぁ、すいません。考え込んじゃって…。」

「いえ、こちらこそ。別に邪魔だなってなんか思ってないんで…。」

「すんませんでした。」

 思いかけず辛辣な言葉が返ってきたので、慌てて横に逃げる。

「あっ、どうも…。」

 そういって譲った見切り品コーナーの前に立ったのは、スカートの下にジャージ着用の女子だった。

 羽織っているウインドブレーカーは学校指定の物だと思うが、今日引っ越してきたばかりの僕には何処の学校の生徒か全く分からない。

 でもまぁ、年上って感じはしない。

 しかし、いくら田舎だからってスカートの中にジャージはないな。カッペ臭い。

 などと思っていると彼女は素早い動作で全ての青梗菜をかっさらっていった。

「あぁ、それ。迷ってたのに。」

「それは残念。」

 にやっと彼女は笑って手を振って去って行った。

 イラッとくるタイプの女だ。率直に言って嫌いなタイプ。

「くそっ!」

 一瞬、感情的になる。

 が、しかし、よくよく考えると青梗菜で何かを作ろうと思っていたわけではないので、どうでも良くなってきた。

 そんな事よりも、主菜の事を考えよう。

 精肉コーナーに移動する。


 牛肉って、思いの外、高いんだな。

 精肉コーナーで一番最初に思った事がこれ。

 これからは健康の事を考えて、豚肉をメインにしよう。贅沢は敵だ。

 ははは。豚肉って意外と高いんだなぁ。

 鶏肉って、脂質が少なめで、タンパク質が多いってのは素敵だ。成長期の僕にぴったりだと思うんだ。

 鶏肉って下手すりゃ、重量比価格は豚肉より高いんだな!

 取りあえず、もも肉と胸肉の価格差が大きい事は理解した。

 したけどさ!

 たけぇよ!

 でもまぁ、鶏の皮が安いということも理解した。でも、これはこれでどうやって使えば良いのか分からないけどね。


 とにかく、大体の値段は把握した。次は魚にいこう魚!


                  ■


 何だかんだ言って、何を買うか1時間以上迷っていた。父さんは何しているんだろうか?酒を選んでいるだけなら1時間は要らないだろう。

 そう思っていたけど、酒類コーナーに行くと、父さんはまだ迷っていた。


「ちょっと父さん。」

「おっ。もう、夕飯のメニューは決まったのか?」

「いや、ようやく食材の、概ねの値段を把握したところ。」

「おまえ、世間を知らねぇな。政治家だって昔はカップラーメンの値段を知らないって、意味不明な非難を受けてるんだぞ。」

「カップラーメンは大体150円くらいを標準と思っとけば良いと今し方了解したところだよ。で、そっちは何してんのさ?」

「酒とつまみの組み合わせで迷っているんだ。」

「なんでさ?」

「予算は限られている。しかし、若干なりとも時間はある。だったら、どの酒でどのつまみをチョイスすれば最高の結果が選べるか…。そう考えるのは当然だろ?」

「そんなもんかね?」

 僕がそう言って肩をすくめると、父さんはおもむろに手元にあったスルメのパックを手にとって僕に見せた。

「たとえば、この乾物のスルメのだ。お前だってスルメくらい食った事あるだろう。これは、ビールにも日本酒にも合う万能選手と思われがちだが、ワインには合わない。白だろうが赤だろうが、ロゼだろうが特殊な場合を除き、大体ワインには合わない。

「特殊な場合?」

「何にだって例外はあるって事だ。今まで何回か試してみたが、今のところワインにスルメがあった事はない。特に赤ワインはヒドい。乾燥させた事によって、消えたはずのイカの粘膜の生臭さが復活する。だが、世界中探せばスルメに合うワインがあるかもしれない。」

「僕ならば、そんなめんどくさい事せずに、素直に日本酒かビールを選択するな。何にでも遭うって言ってたじゃないか。」

「このスルメに日本酒はとても良い選択だが、俺は今、スルメを食べたい気分じゃないんだ。」

「めんどくさい事言い出したな。」

「うるせぇ。それにビールは良い値段がするんだ。その割にはアルコール度数が低い。大体4から5%位だ。ビールで酔おうと思うと、沢山飲まなければならない。つまり、予算的に厳しくなる。」

「あそこに発泡酒という安いビールがあるぞ。」

「発泡酒を否定するつもりはないが、どうせ飲むならビールが良い。」

「コカコーラとペプシの違いみたいな物だろ?こっちとしてはどっちでもいい。」

「そう言う訳にはいかん。俺は違いの分かる男でいたいんだ。」

「その試みは成功しているんですかねぇ?」

「当たり前だ。」

「じゃぁ、日本酒で良いじゃないか。アルコール度数は確か高いはずだ。」

「日本酒の場合、濁り酒、清酒、どぶろく。と、選択肢が増える。清酒だって辛口、甘口、端麗等々、おのおの味に違いがある。」

「悩ましいな。」

「そのとおり。」

「あぁ、子供の頃、父さんがよく言っていた言葉を思い出したよ。えーっと、皮肉が通じない奴ほど…。」

「怖い奴はいない。父の格言を体験する事が出来て、貴重な一日になったな。」

「ちっ。そうやって、長々と迷ってるがいいさ。」

「ありがたい。そうさせてもらうよ。」

「まったく、めげないね。」

「ありがとう。それはそうと、現実に舌打ちして、ちって言う奴初めて見たよ。貴重な経験をありがとう。」

 そう言うと父さんは僕の頭をガシャガシャと撫でてから、つまみ物コーナーに移動していった。

 どうやら、さっきから酒類コーナーとつまみ物コーナーを往復し続けている様だ。

 ちっ。アル中め。


                  ■


 鮮魚コーナーに移動しながら、僕は思う。

 何というか、自分が父さんくらいの年齢になったら絶対、苦虫を噛み潰したようなタイプになろう。

 チャールズブロンソンみたいな感じになってやる。

 若しくはチャックノリス。

 ハードボイルドな感じのナイスミドルに、俺はなる!

 これが少年漫画だと、後ろに「ドンッ!」って感じの効果音を背負う事になるだろうなぁと思い、我ながら抜け落ちない子供っぽさに自己嫌悪した。

 良いじゃないか、まだ15歳なんだ。

 まだまだ、子供だ。多分。

 今年から高校生1年生になったばかりなのに、自分の人生の選択が大きく間違っていたんじゃないだろうかとか不安に思っている事を思い出して、無理矢理馬鹿でポジティブな事を考えて不安を解消しているだけのただの高校1年生…、まだ入学式終わってないので、現在は中卒無職(高校進学予定)なんだ。このくらい許してもらえるだろう…。


 そんな馬鹿な事考えながら、鮮魚コーナーに到着する。

 さっと見てみると、意外とマグロの赤身が安い。加熱用だったけど。あと、鯵が安いな…。安いと思ったら、隣に半額シール付いてるパックが三つもある。

 これは安い。

 これだけあったら、しばらくメインのおかずに困らなさそう。いや、しかし考えてみたら、こんなにあっても持て余すなぁ。どの位で鯵自体がダメになるのかもよく分からないし…。

 半額セールの鯵の前で考えあぐねていると、小脇からゆっくりと手が伸びてきた。

 ぎょっとして思わず、半額鯵のパックを全部買い物カゴに入れてしまった。

「ちっ。」

 恨めしそうな舌打ち。手の持ち主を確認するとさっきのジャージinスカート女だった。

今回は勝った。ナイス、俺。

「あぁ、さっきはどうも。しかし、声に出して「ちっ」て舌打ちする人初めて見ましたよ。」

 勝者の余裕。

「…っ、ははは。そんな人いるんですねぇ。」 

 この女。一瞬、はっとした顔をした後、何事もなかった様な顔になってしらばっくれた。

「…。あぁ、すいません。人違いだったみたいです。その人は、それはもう。なんて言うか、田舎くさいって感じだったたので…。」

「へぇ?そんな人に私が似ていたんですか?でも、あなたも都民とかじゃなくて、県民ですよね?」

「ははは。」

「ははは。」

 一瞬殴り合いのケンカでも始まりそうなイヤな空気が流れたが、そこは予定とは言え、高校生。おそらく、この女も高校生。下手な事はしない。

 まるで剣豪が刀をしまう様な緊張感を発っしながらも、無言で別れた。

 あの女の片手には、しっかり加熱用マグロの赤身が握られていた。

 やられた。

 とは言え、結構な量の小アジを手に入れたので、今日からしばらくはこれでやりくりしよう。


                  ■


 おつまみコーナーに行くと、案の定父さんが真剣な目でスルメと茎わかめの酢漬けを見比べて悩んでいた。

「こっちは終わったよ。レジに行くからそろそろ何買うか決めて。できる限り、値段を抑えて。あと、可及的速やかに。今すぐ。」

「せかすなよ。夕飯は何にするんだよ?」

「小アジが安かった。」

「小アジか…。南蛮漬けだな。ビールだ。つまみはそれにする。」

 今までの思案が何だったんだろうと思うくらい、父の酒選びはあっさり決まった。


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