第一二話 「山田先輩と山田先生」
今日は入学式だったので、当然ながら来月まではまだまだある。
具体的に言うと22日ほど。
これについては本日を入れるかどうかで若干の誤差が生まれるが、この際気にしないことにする。
ともかく今月はまだまだ長く、しかしながら、この財布の中はさみしい限りだ。
その状況において、実際に動いた損益はともかくとして、実質的に150円のマイナスを出したのはショックだ。
男所帯で食費を預かってる身としては正直、こんなことでこれからやっていけるのかと恐ろしく感じる。蟻の一穴天下の破れと言う奴だ。
「ちわっーす」
唐突に物理室のドアが開く。
「あっ、ドガベー君。こんにちわ」
「ドガベー先輩。ちーっす」
「鈴木さん、ヤンキーじゃないんだから」
ドガベー先輩と呼ばれた生徒を一瞥する。少し長めの坊主刈りの男子。
「おっ、田中さん。もう新入部員ゲットしたの?」
「新人は男子なんで、ハーレム状態が終わっちゃいましたね。ドガベー先輩」
それに、鈴木先輩が先輩と言うからにはこの人は3年生なのだろう。別段推理するまでもなく、制服のネクタイのラインの色が3年生用の緑だ。一瞬、目が合う。
「……」
「……」
「……。なんか、大変だった……。みたいだね?」
「新人は男子なんで、ハーレム状態が終わっちゃいましたね」
大事なことでもないのに二回も同じ事を言った鈴木先輩がどや顔しているが、取りあえず無視する。
「……。何か……、大変だったみたいですね。先輩」
「無視された!」
「田中先輩はともかく、女子っぽいのがもう一人いるからっハーレムって!」
少しの間しかこの部活にいなかったが、それでもドガベー先輩の苦労がおもんばかれた。
「私全否定!?」
「全部は否定してませんよ!っぽいって言ったでしょう。女子の制服着てるから!」
「制服!女子であるアイデンティティが制服!!」
「他に何があるんですか?」
「ほら、あるじゃない、女子っぽい優しさとか。思慮深いところとか!私、女子力高いし!」
「思慮深いって言うより揚げ足取りが上手いって言うだけじゃないですか。大体、女子力ってガサツって意味でしたっけ?」
「女子力……。『じょしりょく』っていうと可愛い感じだけど、『おなごりょく』って読むと幼子しか許してもらえない感じになりますねぇ」
山田先生が照れ臭そうに言う。これは普段、自分のこと女子力高めと思っているアラサーの反応だ。
「アラサーは黙ってて下さい。千代ちゃん先生」
「ははは、私は結婚している大人の女性だから、ガキの戯言に狼狽えたりしないのですよ?」
「すげぇ。山田先生、頼もしい」
思わず感嘆する。若干切れぎみなのは気づかなかったことにする。
「ははは、惚れても私には旦那がいますからね!」
「ははは、山田先生。僕らにも選ぶ権利があるって知ってますか?」
「うっわぁ。なぐりてぇ。それはともかく、鈴木のおなごりょくはなかなかのもんだからな。それなりに、料理も出来るし……」
「ほっら、千代ちゃん先生が良い事言った!言葉遣いに地が出てるけど!!」
「ははは、鈴木先輩。だからと言って、僕らにも選ぶ権利があるって知ってますか?」
「ひどいっ!すみっち、ドガベー先輩がいじめる!」
「えぇっ!僕は何も言ってないよ!」
適当にあしらえばいいのにドガベー先輩が慌てる。思うに、この人はいい人だ。
「だって、馬鹿が僕らもって行ったし!」
「誰が馬鹿ですか。あっ、すいません。挨拶が遅れました。ドガベー先輩。鈴木っていいます。鈴木高志です」
「あぁ、鈴木君ね……。高志って漢字が分からないから……」
「すいません、拒否します」
「ドガベー君。ちゃんと入部届は書いて貰いましたよ」
「さすが、田中さん。仕事が速い」
「悪徳勧誘ですか、あんたらは!?」
「まぁまぁ。僕は山田太郎」
「山田……」
「いや、先生とは親戚でも何でもない赤の他人だよ。たまたま、名字が一緒だっただけ」
「ただ、同じ部活に山田が二人もいると齟齬が生まれるんですよ。ドガベー君が一年の時、当時の彼の先輩が『おい、山田』っていうでしょ?」
「そしたら、ぶち切れた山田先生が、『誰に物言ってんじゃこらぁ!』ってマジギレして準備室のドア蹴り飛ばして出てくるんだ」
「いや、先生。当時は若かったんですねぇ」
「ここ一応、進学校ですよね?」
「ははは、先生。近畿圏出身だから」
「勝手に近畿全域を犯罪都市みたいに言わないで下さい。僕の父さんだって近畿圏出身ですよ!」
「まぁ、近畿圏は日本のブロンクスみたいなところありますからね」
「ありませんよ」
「ともかく。山田が二人いると不便だってんで、山田太郎だから、山田君の事をドカベーとしたんですよ」
「本人の了承なく、勝手にね」
「あだ名というのはそう言うもんです。いいじゃないですか、野球とか上手そうなあだ名だし」
「部活にやって来た瞬間、意味不明なあだ名で呼ばれる衝撃たるや……」
「苦労してるんですねぇ」
「そんな訳で、少なくとも引退するまでの半年はやめないで欲しい」
「本音全開っすね」
「でも、気持ちは分かるだろ?」
「ぐうの音も出ない」
「ぐぅ」
女性陣が全員同時にハモった。
「あんたら仲いいな!」
さすがにチームワークがいい。山田先輩の分が悪いにも程がある。
「ともかく、今日はもう帰ります」
「なんでよ?これから部活よ」
「誰かのせいで腹が減ったんですよ!」
「何かを人の所為にするのは男らしくないわよ?かっこわるいわね」
「……鈴木先輩、女性らしくとか言ったら切れるタイプでしょ?」
「まさか。そう言って指摘してもらえる内が女の花よ?」
「あれ?意外ですね」
これは本当に意外だった。
「昔、私の母さんは言ったわ。女の武器は使う物だと」
どや顔で言った!超どや顔で言い切りやがった!
「迷いないっすね。」
「当たり前よ。つまらない見栄とか意地で、それを手放すなんて非合理的な事出来ないわよ」
「うっわ。殴りてぇ」
「じゃぁ、殴ってみなさいな」
「えぇっ?」
そう言って、鈴木先輩がズイッと右ほほを近づけてくる。
何言ってんだこの人?
「さぁ、殴りなさい。その、男子として成長期にあって、すでに女子とは筋力差は比べるもなく力強くなったその腕と!その拳で!」
演技がかった口調で右ほほを出して近寄ってくる先輩の迫力に思わず離れる。
「近い近い!」
思わずのけぞって逃げる。
「ねっ、殴れないでしょ?これが女の武器よ」
「何だか間違っているような気がする……」
口調とは裏腹にニコニコしながら田中先輩が異を唱えた。
「僕も、田中さんに同意。その状況なら、男でも女でも普通手は出さない。」
「まぁ、そうですね。その状況で殴れる人は、男だろうが女だろうが殴る」
「山田先生が言うと、何と言うか説得力がありますね……。はっ、まさかっ!」
「違うよ!違うからね!うちの旦那は優しいよっ!」
なるほど、山田先生の弱点がなんとなく分かった気がする。他の三人がにやにやした顔をしているから、間違いないだろう。
「なるほど、逸材ね。よっちゃん」
「瞬発力はある方よね」
「一体何の話ですか?ともかく、僕は帰らせて貰います。」
「ちゃんと明日も来なさいよ」
「いやですよ!」
「絶対来なさいよ!」
「いやだっ!」
「顔は覚えたからなっ!」
「そりゃ、そうでしょうね!」
「まぁまぁ、よっちゃん。そんな強引に誘ったら可哀想よ」
田中先輩が僕と鈴木先輩の言い争いに割って入る。
「ねぇ、本当にダメかな?」
すごく申し訳なさそうに、田中先輩が言った。
「あんな風にだまし討ちをしておいて……」
ふと、田中先輩を見ると本当に申し訳なさそうな感じだった。何というか、背が低くて身体が細いから、小動物みたい。
「ごめんね。でも、こんな少人数だと一人でも新入部員がいて欲しいのよ?」
「えっと……」
やばい。何だか申し訳ないような気がしてきた。
「あっ、何か他に入ろうと思ってる部活でもあるの?」
「いや、そういうのは……、ありませんけど」
「じゃぁ、体験入部だと思ってまた来てよ?」
いきなり、田中先輩の口調がぱっと明るくなった。
「あぁ、でも……」
「じゃぁ、約束ね」
「くっそ。分かりましたよ!来たらいいんでしょ!」
田中先輩、小さくガッツポーズ。ドガベー先輩は必死に笑いをこらえてる。くそ。何か負けた気分だ。いや、負けたんだ。
「いいかですか、鈴木さん。ああいうのが女の武器の正しい使用法ですよ。参考にしなさい」
「らじゃー!了解!」
「ともかく!今日は帰らせて貰います!腹が減ってるんで!」
「あぁ、そうだ。この前のアジ。まだ残ってるって言ってたわね。帰ったらすぐに、塩を振っておきなさいな」
「……何でです?」
「やったら分かるわよ。夕ご飯は焼きアジで決まりね」
そういって鈴木先輩が笑った。その表情には意外なことに裏表は感じられなかった。




