第7話「俺は悪く無い也」
Let'sハンティングと意気揚々に門を潜ろうとしたところ、門番の責任者であるデリンジャーに会い、これから狩りに出かける事を伝えると、「ハントに行くなら反対側の西門だぞ?」と言われて再度引き返す羽目になってしまった八千代は、(それを早く言ってくれよ!)と自分の確認不足を棚に上げつつ、大急ぎで反対側に向かうのであった。お昼まで寝過ごしてしまっていた八千代に余り時間的余裕は無いのだ。
息を切らしながら西門へと辿り着いた八千代は、その場の責任者である衛兵に「これからハントしに行こうかと思って・・・・」と伝えたところ衛兵に「・・・今から?」と怪訝な表情を浮かべられながらも西門を後にする。
八千代はヴィエナの街の西側の外に出たのは初めてなのだが、西門の外は門を潜って目の前すぐに森が広がっており、道らしき道は見当たらず、まるでそこから先は人間世界とは切り離された異界の様にも感じられた。事実、高度な魔法文明社会を築いているTDOの世界の人間にとってその森から先は正しく異界でもあり、ダンジョンとも呼ばれ恐れられてはいるが、一攫千金の資源採掘場でもあった。
人間の欲望とは恐ろしいもので、魔物の体内から取れる魔石の有用性が認められるまで一部の力あるハンター以外の人々は、強力な魔物の影に怯えつつも最低限の狩猟だけで細々と生活を営んできた。だがしかし、魔石の有用性が認められると一気に魔石文化が花開き、最初の内は王族を始めとした貴族の間だけで広がっていた魔石を用いた道具(通称、魔道具)が一般社会にまでその恩恵が広がると、ハンターの数は爆発的に増え、その広がりは後に魔石革命と呼ばれる様になった。
その魔石革命から時が経った現在もハンターの数は減る事無く、一攫千金を狙う若者達は増え続けている。そんなハンター達の一員である八千代は、森の中を彷徨っていた。
「あんま奥まで来ると迷っちゃうな。ギリギリ見える範囲でやるしかないかこりゃ・・・・」
八千代はそう言いつつ彷徨いながら手頃なモンスターを捜そうと、西へ東へとウロチョロと動き回っていると、八千代から少し離れた場所から「パキッ!」と物音がしたので振り向く。そこには黒い毛皮で覆われた大型犬らしき生物がこちらを向いていた。炎の様に赤く揺らめく光が目と背を覆っており、思わず注視してしまう。
「・・・・もしかして、あれってヘルハウンドか?」
八千代は重度のゲーマーだ。長年培ったゲームの知識は豊富で大抵のモンスターは頭の中にインプットされており、正確に目の前の生物を言い当てた。
「グルルルルルッ」
「その気ですか・・・・まあ好都合っちゃあ好都合だけど、動きが早そうだな」
八千代はそう呟くと、ヘルハウンドが低く唸るとほぼ同時にゆっくりと槍を構えた。ヘルハウンドは魔物の中でも動きが俊敏で、森を住処にしているだけはあって周りの木々を上手く活かした戦法はベテランのハンターであっても単独では対処に苦労する。
初めての戦闘という事もあって、最初の内は比較的弱い魔物を望んでいた八千代ではあったが目の前の相手は好戦的であり、仮に逃げても容易に追いつかれるであろう事は素人の八千代でさえも容易に理解できる。
ゆっくりと視線をこちらへと向けたまま歩き出したヘルハウンドは、周りの木を使って視界を遮ると、ギアを急速に上げ猛然と襲い掛かる。八千代は構えた槍を強く握り直し、決して慌てずに槍が届く間合い迄、視線で動きを追う。
猛然と赤い閃光の尾を引きながらジグザグにこちらに向かって進んでくる。そしてヘルハウンドが間合いに入って飛び上がった瞬間、「アイテムボックスッ!」と叫び、見事ヘルハウンドを収納する事に成功する。収納する事に成功した八千代は額の汗を拭いニヤリと笑みを浮かべる。
「ふっ!マジ怖ええ」
・・・・八千代がそう言うのも無理なからぬ事だった。ゲームとは違い、平穏な日常生活に於いて本物の殺気を当てられる等と云った事はまず無い。アイテムボックスと云う切り札があって何とか気持ちを保てていただけなのだ。
八千代はゆっくりと時間を使って平静を取り戻し、アイテムボックスに閉じ込めたヘルハウンドの処理をどうしようかと思案し始めた。やがて目途が立ったのか八千代は徐に歩き出し、森を抜け出して門から少し離れた城壁の前に立つと、槍を地面に深く突き刺した。そして柄の部分を思い切り握って踏ん張り、アイテムボックスからヘルハウンドを排出する。その結果・・・・・
「メリメリ、クチャパキゴキ」
・・・・八千代はヘルハウンドをアイテムボックスから排出する際に働く斥力を利用し、城壁を使って圧殺したのだった。最初、八千代は予め槍を構え顔を突き刺そうとも考えたが、万が一に思いの外ヘルハウンドの生命力が強かった場合、最後の足掻きを喰らい怪我をする可能性があった。
そこまで思案した八千代は(だったら、一旦壁にぶつけてふらついているトコに後ろから槍を刺しまくれば良いんじゃね?・・・・イヤ、ゼロ距離で押し出して圧殺した方が楽じゃね?失敗してもアイテムボックスに引き戻されるだけかも・・・)と考え、念の為に押し出す力に反発して自分が動かない様、槍を突き刺して自らを固定した。結果、功を奏し見事目論見を成功させた八千代ではあったが・・・・
「グロっ!・・・・って言うかこっからどうやって採取すんの?」
・・・・完全に計算外だった。討伐ならコレでも何とかなったのかも知れないが、依頼では無い場合の報酬は主に素材の買い取りだけなのだ。魔石だけは心臓部分に位置する為、買い取ってはくれるだろうが、前身はほぼグチョグチョの血まみれになっていた。それを見た八千代は気持ち悪くなり、余り手に触れたく無くなった。そして八千代はこのヘルハウンドだった物体を一瞬このまま捨てておこうかとも考えたが、自分の懐事情に危機が迫っている事を思い出した。
(う~ん・・・・おっ!?そう云えば・・・・・)
ギルドに加入した際、ギルドのサービスの一環として素材を有料で剥ぎ取って解体してくれる事を思い出し、槍で引っ掛けながら採取袋に入れてそのままギルドへと持って行く事にした。既に周りはゆっくりと陽が沈み、薄暗くなってきたのでこれ以上は危険だと考えたのだ。
そうしてギルドへと戻ってみると昼間に来た時とは違い、大勢のハンターで賑わっていた。ある者はカウンターで報酬を貰い、またある者はソファーで談笑しており、またある者は次の依頼を受ける為に掲示板を眺めていた。何と無く場違い感を感じながらも、八千代は素材の剥ぎ取りを委託しようと受付のお姉さんに言って申し込みをする。
「剥ぎ取りの委託をされるのですね?了解しました。それで狩った獲物は何ですか?」
「えっと多分、ヘルハウンドです」
「・・・・お一人でですか?」
「はい、何か問題でも?」
「いえ、問題ありませんが八千代様は確か一つ星でしたよね?」
受付嬢が驚く事も無理は無かった。通常、ヘルハウンドは新人が一人で狩れる様な生易しい魔物では無い。一つ星のハンターなら最低は3人必要だった。ヘルハウンドは敏捷性が厄介で単発の魔法ならば容易く躱してしまう。ヒット&アウェイで徐々に体力を奪う戦い方をしてくるので攻撃を当てる事もそれなりの腕が必要だ。 それを示す様に八千代と受付嬢の遣り取りを聞いていたハンター達も声に出したりする事は無かったが、受付嬢同様に驚いていた。
もし、八千代が槍だけで戦っていたとすれば狩るどころか撃退も難しい。匂いも気配も無いアイテムボックスの出現は、犬同様の嗅覚とそれ以上の戦闘勘を持つヘルハウンドを以ってしても察知出来なかったのだ。アイテムボックス様々である。
受付嬢は内心驚き冷めやらぬ心境ではあったが、取り繕い直して冷静に対処する。
「ではこちらに狩った獲物の名前とサインを記入してハンター証と一緒に提出してください。別室で確認作業もいたしますのでこちらの台に狩った獲物も提出して頂けますか?」
得物が入った袋をカウンターの横に設置してある台の上に置き、ハンター証を渡してサインを書こうとした所・・・・。
「きゃああああ!!!」
室内に金切り声が響き渡り、その場に居た皆が声のする方へと一斉に顔を向ける・・・・そこには青ざめた女性が腰を抜かしてへたり込んでいた。新人である八千代の申告が間違いである可能性もあった為、八千代がサインを記入している間に中身を確認してしまったのだ。そしてその近くに居た一人のハンターが何事かと除いてみると、、、、。
「うっ!なんじゃこりゃあ!?何やったらこうなるんだよ?」
熟練のハンターであった男でさえも思わず後退るのだが、それも無理は無かった。ヘルハウンドの面影は一切無く、ボロボロのグチャクチャで中で血溜りになっているのを見れば当然の疑問だった。
まるで、上を見上げながら立っている所に巨大な岩でも落としたかの様な潰れ方をした死骸は、熟練の者でも気持ちの良い物では無い。それを見て思わず後ずさった男は袋を持った手を放して袋を倒してしまう。中身がぶち撒けられて溢れだし、場が騒然と化した。
「うわっ!なんだこれ!?」
「ひっ!顔に跳ねた!」
「おろろろろろっ!」
「うわ~~」
・・・その後、無事(?)素材報酬の20ジータを受け取り、受付嬢に涙目で睨まれながら見送られて宿へと帰った。そして落ち込みながら夕飯を食べ、風呂に入った後もゆっくりする事も無くベッドに入って寝た。
誰が言ったのか、その頬には一筋の涙が流れていたと云う。




