第6話「望外也」
アイテムボックス検証の為に城壁の外へと出た八千代は、デリンジャーと挨拶を交わした後、挙動不審者の様に人気の無い場所へと向かった。
腹の座らぬままモンスターと闘いたくなかったので、余り街から離れ過ぎない程度の距離で検証作業を開始する。アイテムボックス内の保存能力の有無を調べる為に宿で提供された朝食からレタスに似た野菜(脳内リストにはテペスと表記されている)とドリンクに入っていた氷を取り出す。
「うん、両方とも変化無し。ま、一応念の為に暫く入れておくか」
変化が無い事を確認した八千代はそれらを再び収納すると、次の検証作業へと移行する。まず一つ目は限界量。昨日、宿の八千代が滞在している部屋の調度品の全てを中に収納したのだが、全て問題無く収納出来た為に限界が判らなかった。重量制限が働くのか個数で決められるのか、さっぱり判らなかったので再検証する事にしたのだ。八千代は身の回りにあったあらゆる全ての物・・・具体的には木の枝や葉っぱや砂等、拾えるものは何でも入れたのだが一向に限界は訪れない。
(・・・・もしかして、ちょっとこの作業は無理があるかも・・・)
仮にアイテムボックスの限界規定数が500なのだとしたら、それだけの種類を集めるのには時間が掛かる。重さにしてもトン単位で限界なら同様だ。重量制限の線でどこか湖や川の水で検証する事も考えたが、万が一に何十トン何百トンと収納が可能なら環境テロになってしまう・・・考え過ぎなのかも知れないが、限界が判らない以上迂闊な事も出来ない事もまた事実だった。
気を取り直して次に試す実験は、アイテムボックスを展開してから離れられる距離。八千代は展開後走って距離を開けて再度元の位置に戻ってくるが変化は見られず、何かこの検証に虚しさを覚えた。
この後も気落ちする事無く検証を繰り返し、以下の事が判明する。
・保存効果・・・・最低で6時間は可能、要継続
・重量又は個数制限・・・・要継続
・生物の収納・・・・可能
・固定物(地面から生えた木等)・・・・可能
・・・・結論から述べると、無茶苦茶便利と云うかチートだった。特に生物収納が可能だったのはでかい。これは条件として相手が単体であれば、アイテムボックス展開範囲以内ならば敵無しと言っても過言では無いだろう。厳密に云えば閉じ込めただけとも言えるが、仮にボスキャラ級のモンスターが相手でも封印可能と云う事だ。これをチートと呼ばずして何と呼べば良いのだろうか?それらの事実に気付いた時、八千代は乾いた笑いが止まらなかった。
検証出来ていない魔法攻撃に際しても恐らくは収納は可能だろう。八千代の正面に限定すれば無敵の盾とも槍とも言える恐るべき代物だった。
(・・・・何て言うか、自分自身で引くわ)
だが八千代はこれらを考慮し、気は良くしても油断する事は無かった。当然八千代の肉体は多方面で脆弱である事に加えて多対一の状況になった場合には不利になる事は必至であり、狙撃や暗殺と云った攻撃には意識して対処しない限り意味が無い。如何にチート能力とは云え油断は出来無い。
そう思い返して八千代は気を引き締め直すが、ニヤニヤが止まらない。
検証後、入場手続き後にまたデリンジャーと出会い言葉を交わす。会話の内容は至って普通なのだがニヤニヤが止まらず、デリンジャーに(可哀想に・・・・)等と慈しむ様な遠い目で見られていたのだが、それに気付かぬまま宿へと戻った。
到着して直ぐそのまま食事を取りつつ、外出中に購入した装備をルナに見せて褒められた八千代はさらに上機嫌になっていた。
食事を済ませた後、お風呂の予約(入浴料5タタ)をしてから部屋に戻り、帰りに購入したワインを開けてアイテムボックスを展開させると、空間の歪みをニヤニヤ眺めながら一人、勝利の(?)宴を開く。
「ふっふっふ、はっはっは、あーはっはっはっは!・・・・金がやべえな」
現在の八千代の所持金は既に60ジータを切っていた。一日に掛かる宿泊費と食費は合計で3ジータと8タタ掛かっているのだが、日本円にして3800円。つまり、残り6万円を切っている計算になる。既に1週間分の支払いは済ませてあるが残り1ヶ月も生活出来ない。
「あ~、働くの面倒臭えな。一気にドカッと入る実入りが良くて楽な依頼無えかな~?」
この世界にきてからまだ一度たりとてハンターの仕事をしていない男の純粋な願いであった。綺麗な装備品達がキラリと光る。
「・・・・しょうが無えけど。明日顔出すか」
八千代はそう呟くとコップに残った酒を飲み干し、おつまみの干し肉が入っていた空の袋を丸めて捨てようとするがゴミ箱が無い事に気付き、(掃除して戻すの忘れたか?まあアイテムボックスに捨てりゃあ良いか)と思いながら空間の歪みに投げ入れた。
そうして暫くすると、ルナがごみ箱を持ってお風呂の準備が出来た事を伝えにきたので八千代はルナに礼を言って1階のお風呂場に向かい、脱衣場で衣類を脱いで浴室に入るとそこには驚く事に、狭いながらも日本の浴室と同じ様に湯船とシャワーが完備されていた。
「お~、すげ~な、ここまで期待はしてなかったわ。魔石で動いてるんだっけ?便利だな」
TDOの世界は存外に高度な文化であった。八千代はまだ知らないが、この世界には光系統の魔法を応用した映像を録画したり、リアルタイムで放映が可能な技術が存在し、中には飛行船等もあった。後にそれらを見た八千代は「下手したら、地球より文化レベル高いんじゃね?」等と驚いた。
ともあれ、お風呂をゆっくりと堪能した八千代は、(着替えも買わなきゃな)等と考えながらも、お風呂と云う思い掛けない嬉しい誤算に顔を綻ばせながら部屋へと戻る。
「いや~、さっぱりしたわ~。これでネットも出来れば最高なんだけどな・・・・」と独り言を言いながらまだビンに残る酒をコップに注ぎ酒をあおる。暫くの間、ぼんやりと酒を飲みながら明日の予定を考え、ビンの中身が空になったのでゴミ箱に捨てる。その際、先程捨て損なっていたゴミの事に気付き、ついでに捨てようとアイテムボックスから取り出そうとするのだが・・・・。
「うおっ!何だ?」
開いた空間から、くしゃくしゃに丸めたゴミが八千代に向かって飛び出してきたのだった。
「・・・・何で?」
一瞬、アイテムボックス内に小っちゃいおっさんが入っていて、ゴミを入れた事に怒って投げ返してきたのかとも思ったのだが、先刻ゴミ箱を捜した際にアイテムボックスへとゴミを投げ入れた事に気付いた。
(もしかして、投げ入れた勢いがそのまま返ってきたのか?)
その様に考察した八千代は自分の仮説を確かめる為、先程よりも勢いよく投げ入れ、再度取り出すとそのまま投げ入れたスピードを維持したまま返ってきた。八千代はその結果から、自分の立てた仮説が正しい事が判ると小躍りしだした。
それはどういう事かと云うと、相手若しくは自分が放った魔法をアイテムボックスに吸収させてから再度、相手に解き放つ事が可能となる・・・それは盾どころの話では無く、より高度で凶悪な代物だ。
唯一この仮説に懸念があるとすれば、相手の魔力に拒否反応を起こして吸収しない可能性もあったのだが、八千代は最後までその可能性に気付く事は無かった。結果から先に述べると八千代の目論見は見事成功し、後に『魔術師殺し』の異名を取り、その筋の者たちに恐れられる様になるのだが、この時の八千代はただ喜ぶだけだった。
(うお~!マジやべえ。ロマンチックとチートっぷりが止まらねえ!)
酒の勢いも相まって興奮が止まらぬまま夜更かしした八千代は、ルナに起こされる昼前まで寝過ごしてしまい、その後すぐにギルドへと向かったのだが、生憎全ての依頼は他のハンターに持っていかれた後であった。挙句の果てには軽く受付のお姉さんに「流石ハンター王は余裕ですね♡」と嫌味を言われてしまう。
通常、ハンター稼業と云うものは前日か早朝の段階で依頼が受理され、冒険者へと振り分けられている。当然、人気がある依頼などは直ぐに埋まってしまう為に溢れてしまった冒険者は、ギルドで常時買い取り対象になっている素材を集める事しかできない。それらは依頼された場合と比べて格段に報酬の差があった。
「・・・それで常時買い取り対象になっている素材って何すか?」
「そうですね、色々ありますが・・・八千代さんが受けれる中で比較的容易なのがこちらになります」
基本的にギルドが買い取らない素材は無い。何を持って来てもギルド規定の価格で買い取ってくれるのだが、ハンターは五つのレベルでランクを分類されていて、ランクに適した内容を紹介をされる。新人の八千代はその中でも最低ランクである一つ星のランクであった。ハンターギルドは依頼以外の仕事は基本的に干渉する事はないが、ハンターの無謀な行動を避ける為、敢えて警告を兼ねて紹介をする様にしている。
「ふ~ん・・・・解りました。別にこれ以外の素材を持って来ても買い取ってくれるんですよね?」
「はい。これはあくまでランクに合わせたお勧めの紹介ですので大丈夫ですよ・・・・質し、何があっても責任はとれませんので自己責任の範囲内でお願いします」
八千代はギルドから出ると真っ先に道具屋に向かう事にした。アイテムボックスの存在を隠す以上、狩った素材を背負って帰る事になる。つまりは収納袋が必要になり、それを買い求めに行く事にしたのであった。
(ますます金が無くなっていくな・・・)
自分の財政状況に危機的不安を感じながらも収納袋を購入した八千代は、心無しか足早とハントに向かうのであった・・・・・。




