8.後天的超能力―3
海塚はそう言いながら、手元の書類を手の甲で何回か叩いていた。
眉をしかめていた。表情が曇っているようにも見えたが、琴達はそこまで気にはしていなかった。
道中何があるかわからない。その言葉が妙に気にはなったが、杞憂のような気がしていた。
「霧島深月って婦警さんは確か四課とか言ってたよね」
「そーだね。私の力もあるし探すのは簡単だろうね。顔は覚えてる」
二人が適当な会話を交わしながらふむふむと話を進めてゆく。そして、疑問が浮かぶ。
「でも、なんで、海塚さん。この二人をNPC日本本部に呼ぶんですか?」
琴が訊いた。
それに対して、海塚は複雑な表情で応えた。
「この二人……と、いうよりは、だが。霧島深月とやら婦警は、超能力について嗅ぎまわっている」
言われて、そりゃそうだ、と二人は思った。超能力者に襲われて、超能力者に救われて今の彼女がいるのだ。当然だろう。
そして、何より気になる事情。
「それに、霧島深月と霧島雅は実の姉妹だ。そこに何かがあると疑うのは当然だろう」
海塚は言い切った。その言葉で、二人はやっぱりか、と思った。やはり姉妹。どことなく雰囲気が似ていたのは良く覚えていた。そして、霧島雅が零落希美を仇としているのを覚えている。
「そうだ。桃ちゃんにも、そろそろ、『地下の存在』について話しておきませんか?」
突然の、琴の提案。この任務には、零落希美の存在が関わっている。話しておいても良いのでは、と琴は思ったのだろう。
それに、海塚はそうだな、と首肯した。
海塚は桃を幹部格候補とみている。話しても良いと判断したのだろう。
それからは、海塚の口から超能力の暴走について話された。その関係で、零落一族の事、そして、超能力の熟練についてまだ勉強していない場所まで、それから、秘密事項となっている事まで大まかに話した。
聞いた桃は、特に反応は見せなかった。そうだったんだ、といった具合に頷いているだけだった。桃自身も超能力者だ。経験で何かを察していたのかもしれない。
海塚が言う。
「ともかく、霧島の姉妹という関係が零落希美に繋がっている可能性が高い。そして、煤島礼二は彼女の上司で、彼女により近い人物だ。二人ともまとめて連れてきてくれ。真実を伝えても良いと思っている。そして、仲間に引き入れたいと思っている」
海塚は言って、頼んだ、とまとめた。
二人は頷き、そのまま空いていた会議室へと入って、二人でどうやって接触するか、警戒すべきは何か、状況はどうなのか、と話を進めた。
恭介がいない今、戦力は減った。だが、今、今回の任務は戦力が必要にならない場合がある。そうやって上手く事を運びたいと願った。
42
人口超能力。その商品化は目前に迫っていた。ついに、日本中にそれが発表された。発売は来年初頭だという。世間はそればかりの話題で賑わっていた。超能力なんてフィクションの存在が、現実に出てくるとは、皆が、ジェネシスがすごい、と騒いでいた。ジェネシスの存在が、一般人の中で大きく膨れ上がってしまっていた。裏でしている事など誰も知らずに、ただ、善意で世界に技術を提供していると思われていた。
だが実際は、今までの通り、それに、戦闘用超能力の問題。当然、こんな偉大で強大な技術には国が口を挟んだ。結果、簡単に言えば、一般人には戦闘用となる超能力を絶対に流さない。という事。だが、自衛隊には他国を威嚇するという真実の下、戦闘用となる超能力を与えるという。つまり、戦闘用の超能力の存在は認めているという事。
当然、表だけの動きで全てなわけがない。
裏の動きが存在する。表があれば裏がある。認めがたいが、当然の事で、自然の摂理とまで言えるだろう。
裏については、既に準備を進めていた。その筆頭になっていたのが、増田典明と香宮霧絵だった。この二人は神威業火の命令で、幹部格の戦いに手を出したり、支部を巡回する事もなく、ただただ、裏表の権力者や、金のある人間に人工超能力の『営業』をしていたのだ。そのために、彼らは活動をしているNPCの前に姿を現さなかった。当然だ。彼らが営業を済ませた後に、NPCの人間が手を打ちにくるのだから。
彼らは営業をして、ジェネシスメンバー達とも、あまり関係を持たないようにしていた。当然つながりはあるが、戦闘に混じったり、手を貸したり借りたいなんていう行為は避けてきた。
ともかく下地を作っていた。神威業火の理想と、そして、香宮霧絵、増田典明の理想のために。
人工超能力の商品化、それが神威業火の理想だった。『ある約束』を果たすためのモノだった。そのために、今も含め、長い期間で下地を作ってきた。そのためには、使えるモノは使った。必要のないことでも、してきた。力を与えなくても良い連中にも力を与えた。
人工超能力の試作品をばらまいてきた。そこからサンプルデータを取り、問題を減らしてきた。商品化に漕ぎ着けた。今まで築いてきた下地を踏み台にし、そして、手をまわしてきたモノを全てつかって、神威業火の思い通りに事は運んでいた。それに気付けているのは、NPC連中ぐらいだった。
とにかく世間一般は、人工超能力という存在に浮かれていた。
そんな人工超能力の被験体第一号と言える存在、近藤林檎。彼女は今、増田典明や香宮霧絵の様に、他のモノとは別の事に殉じていた。
近藤林檎ともう一人、幹部格ベルトラと同じ超能力『超反応』を持っていた――フレギオールの件で、桃を見つけた――女、この二人が、殉じていた仕事は、人工超能力の許容の実験。
二人は、全く違う条件の下、どこまで人工超能力を許容できるか、試験していた。
超反応の女は、ただ単純に超能力を増やして行く実験に。そして結果、四つ目の人工超能力を投与した時、彼女は息絶えた。彼女の死を気にするモノはいなかった。それに、同じ条件で実験をした人間は他にもフレギオール信者をはじめ、まだまだいたからだ。そのほとんどが大凡三から四の人工超能力を投与した時点で、命を落としていた。これらは実験サンプルとしてデータに残されていた。それが役に立ったのかどうかは分からないが、人工超能力の商品化の際には、一人一つの超能力しか持てず、パッチで適合を確認したのみ、という条件がついた。
そして、近藤林檎は超能力に慣れた状態で、人工超能力を多く入れる事が出来るのか、という実験に参加。
これは、表向きな理由だ。だが、違う。これは、戦力を生み出すための実験であった。零落希紀と肩を並べる事が出来る人間を、神威業火は生み出そうとしていたのだ。
現在、近藤林檎は五つの超能力を、その全てが相当熟練された状態で、保持していた。
だが、他の参加者は皆すぐに死んだ。そもそも、一つの超能力を一定まで熟練させる事も難しかった。
その過程で超能力を熟練させる様々なデータも取れたが、個人差、能力差が激しいために使えるデータは一部と言える。
そんな実験の中で、神威業火は近藤林檎のその『秘められた』力に目を付けた。もしかすると、もしかしたら、近藤林檎、いや、近藤一族は、零落に勝るとはまだ言えないが、零落一族のようなそんな耐性があるのでは、と推測した。事実、実の娘である近藤蜜柑も人工超能力をすんなりと得る事が出来ていた。まだ試作品だったモノを、だ。
もしかすると、近藤は一族で、人工超能力に適合する力が高いのではないか、という話が上がり始めていた。
そのため、表向きにはNPCと何の関係ももたない、近藤蜜柑に、目がつけられた。
近藤蜜柑を連れてこい。その指示を神威業火から受けたのが、人工超能力の商品化が確定し、そして、準備期間にはいったために多少の暇が出来た増田典明と香宮霧絵、更に、実母である近藤林檎だった。