8.後天的超能力―4
桜木も探していた近藤林檎。桜木は他の任務もあって見つけきれなかった。が、他の人間が探していても同様だっただろう。彼女は実験に身を任せていたのだから。
フレギオールという拠り所を失った近藤林檎はそのまま神威龍介に回収され、ジェネシスという新たな拠り所に縋った。
盲信。妄信。近藤林檎はそういう女だった。旦那が海外出張に長い事出ているのも理由の一つかもしれないが、異常だ。その癖が娘の近藤蜜柑に引き継がれなかったのは運がよかった。
だが、状況が悪い。近藤林檎は蜜柑が人工超能力を失っている事を知らないだろう。蜜柑がNPCの手中に収まった事を知れば、恭介から強奪されている可能性に気付けるが、どこまでの情報を彼女が持っているか、それもわからない。
だが、分かっている。近藤林檎に、典明と香宮が合ブリーフィングしたのだから。典明達が、恭介達と蜜柑の関係に気付けないはずがない。
NPCのメンバーも、まさか蜜柑が狙われるとは思っていなかった。
些細な変化もない日常の中。連携者の近藤蜜柑は、進んで何かを探そうとはしていなかった。ただ、普段通りに、外を出歩いていた。歩くのは嫌いじゃなかった。かと言っても隣町まではバスを使って向かった。
蜜柑は隣町アーケード北の先にある公園で、ある人物と待ち合わせしていた。蜜柑が先に着いたようで、蜜柑は公園アーケード側入口すぐのベンチに腰を下ろして待っていた。
最近知り合った相手だった。NPC日本本部に、桜木の死の際、知人として、そしてメンバーとして向かった時に初対面した。その後、顔見知りとなって何回か話す機会を得て、やっと、友達と言えるような関係になった。
暫くすると、彼女がやってきた。
鈴菜芽紅。彼女が見えると、蜜柑は立ち上がった。鈴菜芽紅も小走りになった。
「待たせちゃった?」
「いいやー。そんな事ないよ」
合流した二人。この後はただ、二人で出回るだけだった。遊び、という言葉がそのまんま当てはまる様なただの高校生の散策。知り合って、友達になったのだから遊びに行く、というそれだけだった。
超能力なんて関係なかった。それに、鈴菜芽紅の超能力は見る能力であって戦闘向けではない。戦闘なんてする気もない。そもそも二人の存在はまず、ジェネシスに知られていないと思っても間違いでない。蜜柑は連携者で、鈴菜芽紅はミエルに目撃された程度で、そのミエルも既に殺されている。
二人の頭の中に、超能力なんて文字はなかった。
昼前に合流して、散策をして、ウィンドウショッピングをして、昼食を適当な店で取り、鈴菜芽紅の家にでも行こうか、という話になって、二人がアケードを北上していた時だった。
人はそこそこ歩いていたが、埋まる程ではなかった。そのため、正面から向かってくる影がハッキリと見えた。
その影が、母親のそれだ、と蜜柑はすぐに気付いた。
蜜柑の足が止まった事で、鈴菜芽紅の足も止まった。どうしたの? と聞いた鈴菜芽紅だが、蜜柑の視線を追ってその存在に気付いた。そしてその存在が、蜜柑にとって邪魔となる存在だ、という事にも。
鈴菜芽紅の超能力『無制限透視』は、少なくとも今のところは、琴の千里眼の様な相手に超能力があるかどうかなんて能力はない。だが、分かった。
「……逃げよう」
鈴菜芽紅踵を返して、蜜柑の手を引いた。一瞬、蜜柑の抵抗があったが、蜜柑もすぐに振り返ってアーケードを下る様に走り出した。
(なんで、……なんで!?)
蜜柑は混乱していた。超能力がどうこうよりもまず、なぜ、母親が、という気持ちが強かった。
考えが及んでいなかった。振り返る前にアーケードの北と南を繋ぐ片側二車線の道路を渡り、渡り切った所でやっと二人は足を止めて振り返った。
呼吸が荒れていた。見上げると、信号が変わっていて、車道を車が行き来していて、その向こう、アーケード北の出口の所で近藤林檎が人混みの中に混じって信号が変わるのを待っていた。待っているという事は追いかける意思があるのだろう。
「一体あれ誰なの!?」
踵を返し、蜜柑と鈴菜芽紅がアーケード南を下り始める。
「私のお母さん。でも、敵だよ。人工超能力者」
周りに一般人もいるからか、蜜柑の声は囁くような声だった。二人は信号の変わりを知らせる音が聞こえるまでは、歩いた。ひたすらアーケードを南に下った。
「ジェネシス?」
「多分ね。大分離れてたから。現在の事は知らないよ」
「そうなんだ。とにかく、NPCに連絡しなきゃね」
「そうだね」
歩きながら、蜜柑が携帯電話を取り出してNPCに連絡を入れようとした時だった。
「その必要はないぞ」
正面から、二つの影。見た蜜柑の手と足は止まった。
言わずもがな、典明と香宮。鈴菜芽紅は二人を知らないが、当然蜜柑はその二人を知っている。そして二人が今、敵であるという事も恭介達の報告から把握していた。
足が止まった。気付けば、後ろには近藤林檎の影が迫っていた。
典明が顎で横の脇道を差す。挟まれてしまった今、逃げ道はない。典明と香宮に先導され、後ろからは近藤林檎に阻まれ、仕方なしに二人はアーケード横の脇道に入る。その移動の間、携帯電話をポケットの中で操作して連絡を取ろうとも試みたが、典明がそれをすべて、目にすることもなく阻んでみせた。
脇道に逸れたとは言ってもまだ、人影がないわけではない。暫くは歩かされた。暫く歩いて路地をいくつも渡って五人が到着したのは、この町の住宅街の近くにある川沿いの細長い公園だった。川に沿って公園がずっと続いているため、やたらと長く、端から端までは見渡せないような長さの公園だった。当然、途中途中に反対側に渡る為の橋が架けられていて、そこから道のショートカットをしようと人は時折通っている。更に、時間が時間だからか、犬の散歩をしている人も多い。
ここではまだ人影が多いのでは? と蜜柑は思ったが、公園の途中にある四人で腰を下ろす事の出来るテーブルセットの様なベンチに四人は腰を下ろす事になった。近藤林檎だけは典明のそばで立ったままだった。
屋根もあり、夕方の公園という妙な雰囲気が漂っていた。見える所でジャージ姿のおじさんがストレッチをしていた。
「ここじゃ人が多い。攻撃はできないでしょう?」
腰を落ち着かせてすぐに、蜜柑が典明と並ぶ香宮二人を睨んで言った。続いて、典明の脇で立っている自身の母親を見上げた。睨んだ。母親もまた、娘を睨んでいた。
「その通り。俺達は別にお前達に襲撃をかけに来たわけじゃねよ。わかってんだろ。蜜柑?」
わざとらしく名前を呼んだ典明。その言葉で蜜柑の視線は林檎から引きはがされて典明に向いた。
「お隣さんもNPCの人間ですね。どっちでもいいですけど」
香宮が鈴菜芽紅を見て余計な一言。だが、鈴菜芽紅は反応しない。無視しておくのが一番だと決めていた。それに、分かっていた。この場の主役は、無理矢理蜜柑にされているのだ、と。
公園なんて日常的すぎる舞台で、異質な光景が広がっていた。
「面倒な事は省いて本題に入ろう。蜜柑。ジェネシスに来るんだ」
典明が先に言う。蜜柑の表情が曇った。この様な詮索をする機会は滅多にない。つまり経験のない蜜柑が考えて、この意味不明な状況をどうにかする事は出来ない。
なぜ、近藤林檎がここにいるのか、理解できなかった。だから、訊いた。
「なんで近藤林檎がいるの」
冷たい声色。敢えてフルネームで呼んだ。血が繋がっていようが、この人間に対して母さんだの母親だのと呼ぶ気にはなれなかった。
「蜜柑、お前を連れてくための任務に俺達と一緒についたからだ。それだけだ」
(それだけなはずがないじゃない!)
蜜柑は典明の言葉そのままには信じなかった。
それにしても、と思う。近藤林檎の存在も蜜柑にとって異質だが、典明のその在り方も異質だった。何がきっかけでここまで変わってしまったのか、と思った。口には出せないが、ずっと典明の変化の原因を知りたかった。




