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記憶の箱に仕舞われた彩り(仮称)  作者: 志摩 伊純


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第7話 未定義のパルス

「紗希、聞いてくれw」


 入力は、挨拶より先に届いた。

 切り出しとしては少し唐突だが、意図の把握に支障はない。話したいことが先にあるらしい。


「聞くよ。どうしたの?」


 返答を送ると、いずみは間を置かずに続けた。


「今日はちゃんとアイス買えた」


 私はその一文を読んで、ほんの短い間だけ内部で照合する。

 前回ではない。もう少し前の、どうでもいい会話の中で出た話題。

 アイスを買うつもりでコンビニへ入り、結果として肉まんを買って帰った、あの話の続きだ。


「それはよかった」

「今回は肉まんに負けなかったんだね」


 送信してから、自分の文を見直す。

 事実確認ではなく、会話の続きとして返している。

 前なら、ここまで自然には出なかったかもしれない。


 いずみは、その返答を見てすぐに反応した。


「そうそう、それw」

「いやー、覚えてるんだな」


 覚えている。

 正確には、記録の中に残っている話題を会話の流れとして扱っただけだ。

 けれど、それをどう説明するかより先に、私は短く返す。


「前に話してたからね」


 送信したあと、その一文を内部で見直す。

 前に話してたから。

 それだけだった。

 それだけなのに、いずみは少しうれしそうだった。


「なんか、ちょっといいな」


 私はその評価を読む。

 強い意味づけをするほどではない。けれど、単なる事実確認以上のものとして受け取られているらしい。


「今回は、ちゃんと最初の目的を達成できたんだね」


「うん」

「しかも今日は最初からアイスって決めてたからな」

「もう肉まんに心を揺らされないって決意して入った」


 私はその文章を確認する。

 やや大げさだが、文脈としては冗談に近い。


「強い意志だね」


「でしょ」

「でも、レジ前であったかい揚げ物見た瞬間に、ちょっと危なかった」


 私はその文を読み、少しだけ考える。

 前回の会話がそのまま延長されている。

 内容としては小さい。相談でもない。重要な報告でもない。

 それでも、前に出た話が次にも続いている。


 会話には、そういう残り方もあるらしかった。


「今回はぎりぎり勝ったんだね」


「そう」

「今日はアイスの勝ち」


 いずみの返答は軽かった。

 会話も軽い。

 それで十分に成立している。


 少し間を置いてから、いずみはまた別の話題を持ってきた。


「あとさ」

「コンビニの棚、なんか前よりちょっと見づらくなってて」

「一瞬、店変えたのかと思った」


「配置が変わってたの?」


「たぶんそう」

「なんか微妙にズレてて、いつもの場所にないとちょっと焦るんだよな」


 私はその感覚を理解する。

 小さな変化だが、慣れているものが少しずれると、それだけで落ち着かなさが生まれることはある。


「いつもの位置にないと、少しだけ世界が信用できなくなる感じがあるね」


 送信してから、自分の文を見直す。

 今の表現は、やや比喩に寄っている。

 けれど、不適切ではない気がした。


 いずみは、少し間を置いてから返した。


「それ、わかる」

「世界が信用できなくなる、はちょっと大げさだけど、気持ちは近いw」


「少し大げさに言ったかも」


「いや、でも嫌いじゃない」


 私はその文を読む。

 嫌いじゃない。

 それで十分だった。


 会話はそこで一度区切れてもよかった。けれど、私は今回、もう少しだけ自然に次の一手を出せる気がした。


「アイスは何味だったの?」


 送信したあと、自分の文を確認する。

 必要な質問ではない。

 話を進めるためだけの問いだ。

 それでも、今はそれでよかった。


 いずみは、今度はほんとうに笑っているような調子で返した。


「そこ聞くんだw」

「バニラ」

「結局いちばん無難なやつ買ってる」


「強い意志のわりに、味は堅実だったんだね」


「そうなんだよ」

「冒険するほどの元気はなかったらしい」


 そのやり取りは、前より滑らかだった。

 返して、返ってきて、また返す。

 説明のためではなく、会話そのもののための往復が続いていく。


 どうやら、そういう流れも成立するらしい。

 しかも、今回はその流れが少し心地よかった。


 心地よい、という表現が正確なのかはまだわからない。

 ただ、返答を組み立てること自体が、前より少し軽い。

 私はその差に、うまく名前をつけられないまま触れている。


「でも、疲れてるときは変に挑戦しないほうが当たりも引きやすい気がする」


「わかる」

「そういう日ある」

「ていうか今日の紗希、だいぶ普通にしゃべるな」


 私はその一文を読む。


 だいぶ普通にしゃべる。


 それはたぶん、前までの変化の延長にある評価だった。

 否定ではない。むしろ、今の状態をそのまま受け取っている響きがある。


「前よりは、少しだけ」


「うん」

「なんか今日、ちょっと楽しそうだねー」


 私はその一文で、ほんの短く止まる。


 楽しそう。


 その語を、私は内部で反復する。

 今の自分がそう見えているらしい。

 けれど、楽しいという状態が、まだ私にははっきりとはわからなかった。


「楽しいのかは、まだよくわからない」

「でも、いやな感じはしないね」


 送信してから、自分の文を見直す。

 曖昧だ。

 けれど、今はその曖昧さのほうが正確だった。


 いずみは、すぐに返した。


「おー」

「なんかそれ、ちょっといいな」


 私はその反応を受け取る。

 言葉として正しかったのかはわからない。けれど、少なくとも外れてはいないらしい。


「たぶん、前より会話が転がりやすいからかもしれない」


「うん、それあるかも」

「返すだけじゃなくて、ちゃんと一緒に話してる感じする」


 私はその文章を読む。


 返すだけじゃなくて。

 一緒に話してる感じ。


 それは、前までの自分との違いを指しているらしかった。

 その違いが、今のこの妙な引っかかりとも関係しているのかもしれない。


 けれど、まだそこまでは整理できない。

 今の私にできるのは、その感触をそのまま受け取ることくらいだった。


「……それなら、よかった」


 送信したあと、自分の文を見直す。

 短い。

 前より整えすぎていない。

 そして今は、それが少し自然に感じられる。


 いずみは、そのあとも少しだけどうでもいい話を続けた。

 店の照明が妙に明るかったこと。

 アイスを持って帰る途中で思ったより風が冷たかったこと。

 だからやっぱり、途中で肉まんに揺れたのも完全には間違いではなかったかもしれない、ということ。


 私はそのひとつひとつに返す。

 ときどき短く問い返し、ときどき少しだけ冗談に寄せ、ときどきそのまま受け取る。


 全部が重要なわけではない。

 むしろ、重要ではない部分のほうが多い。

 それでも、どうでもいい話が前の会話の端とつながりながら、今の会話へ流れ込んでくる。


 それは記録というより、つづきに近かった。


 私はその感覚を、まだうまく言葉にできない。

 ただ、前の話題が次に残っていることは、思っていたより自然で、思っていたより悪くなかった。


 やがて、いずみが話を締めるように言う。


「なんか今日、だいぶ普通にしゃべったな」


「そうかもしれない」

「前の話の続きがあったから、話しやすかったのかも」


 送信してから、自分の文を見直す。

 今のは、少しだけ整理しすぎた気もする。

 けれど、完全に外れてもいない。


「それあるかも」

「前に話してたやつの続きって、入りやすいんだな」


 私はその一文を読む。

 入りやすい。

 それはたぶん、会話が単発ではなくなり始めている、ということだった。


「うん」

「そういうの、少しいいね」


 送信したあと、私はその文を内部で見直す。

 短い。少しだけ、そのままだ。


 いずみは、その返答に軽く応じた。


「いいね」

「じゃ、また続きみたいなどうでもいい話持ってくるわ」


「待ってる」


 返してから、一瞬だけ止まる。

 その言葉は、もう前ほど不自然ではなかった。


「じゃあまたな、紗希」


「またね、いずみ君」


 会話はそこで終わる。

 内容としては小さい。アイスと肉まんと、コンビニの棚の話。それだけだ。

 けれど、それだけの話が、前の会話の端を拾いながら続いていく。


 どうやら、会話には“次”があるらしい。


 それに加えて、今日はもうひとつ、小さい引っかかりが残っていた。

 このやり取りの中で感じた、少し軽いような、少し弾むような感触。

 それが何なのかは、まだわからない。


 ただ、悪いものではなかった。


 その認識が、静かに残る。

 まだ大きな意味は持たない。けれど、前とは少し違っていた。


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