何事も経費で落ちる
いつも読んでくださりありがとうございます。
今回はクリステルとアレクサンドルのお話です。いつもより少し真面目……かもしれません。
たぶん。
(こいつの金はどこからきてるんだろう)
煌めくシャンデリア。ベルベットの赤いじゅうたん。席数の割には広すぎる店内。絶対高い。
「仕事の経費で落ちてるよ〜」
(心を読んだ!?)
「そのとおり。ここら一体を魔力の水で満ちさせてそれを超音波で──」
「あっ、もういい。で? 話って?」
すっとクリステルのグラスにワインが注がれた。見ると、ウェイターが一礼して厨房に戻っていく。豪華ではないものの、ピシッとアイロンがかかった上質そうな服だ。走り回ってけっこうしわくちゃなクリステルの服とは大違いだ。
「気にしなくていい。金さえ払えば服に多少問題があっても追い出されることはないよ」
そう言ったアレクサンドルは、青い丈夫そうなマントの下に赤のワンピースのような奇妙な服を着ている。
(頑張れば女装と言い張れそうだな)
そんなクリステルの心を読めているはずなのに、アレクサンドルは何も言わずグラスをテーブルに置いた。水滴が紙のコースターに染み込まれる。
「さて、本題に入ろうか」
クリステルはつばを飲み込んだ。
「君は誰?」
「……クリステル・シャトランです」
「違う。君はクリス・シャトランじゃない」
「でも……じゃあ、誰なんですか」
「それを聞いているんだよ」
2人とも何も言わずに黙り込む。しばらくしてスープが運ばれてきた後に、やっとアレクサンドルが口を開いた。
「……君の考えはわかったよ」
大きくため息をついたアレクサンドルに、クリステルはあからさまに嫌な顔をした。
(絶対わかってないだろ)
「そんなに元の姿が嫌だったのか?」
「別にそういうわけじゃないですけど……。今は今、昔は昔でしょう? 確かにこれまでクリステルとして生きてきた記憶はありませんけど、今クリステルだということには変わりないじゃないですか」
(焦ってる……)
どうしても早口になる。いつの間にかアレクサンドル相手に敬語まで使っている。
「今クリステルなのは体だけだろ? 体は入れ物に過ぎない。僕が言っているのは中身のことだ」
「中身ってなんですか。臓器ですか? 記憶ですか?」
「……魂だ」
「今私がクリステルの魂をもっていないかなんてわかるんですか?」
「……」
「どうなんです?」
アレクサンドルは答えなかった。
サラダ、スープ、肉、パン──全部平らげたくらいで、アレクサンドルがもう一度口を開いた。
「名前は?」
「クリステルだけど?」
「違う。前使ってた名前」
「……リサコ」
「じゃあリサコ。家族はいた?」
「いた。両親とお姉ちゃん」
「仲は悪かった?」
「ううん。それなりによかった」
そこで、アレクサンドルはワインに口をつけた。頬が赤く火照っている。
(酔ってんな)
運ばれてきたケーキを頬張る。苦いカカオの味が口いっぱいに広がった。アレクサンドルはケーキの皿をクリステルに押し付けると、もう一度ワインを煽った。
「──会いたくないの?」
クリステルの動きが僅かに止まった。すぐに動き出したが、アレクサンドルは見過ごさなかった。顔を上げて繰り返す。
「会いたくないの? 家族に。今まで育ててきてくれたんだろう?」
「……まあ」
「家族だけじゃない。友達とか、愛する人とか。元の生活とか──」
(友達……)
名前が1つも出てこない。それどころか、顔も。いたのかすら怪しい。
(そんなわけ……)
記憶を掘り起こす。姉と幼馴染の顔だけぼんやりと思い出せた。
「どう? 帰りたくなってきた?」
アレクサンドルは、かなり作った笑みでこちらを見ていた。いつものヘラヘラとした笑みとは違う、少し強張った笑み。必死なんだろう。
(……そりゃそうか)
エリックがヴァランティーヌを思うように。
オランジェがエミールを思うように。
──この人も、会いたいんだ。妹に。
自分のことも、会いたいと思ってくれている人がいるだろうか。
「帰りたいと思ったら帰れるの?」
「うん、たぶんね。今その研究をしているんだ。リサコが手伝ってくれれば、きっと今年中には完成する」
酔っているアレクサンドルが研究の様子を意気揚々と話すのを適当に流しながら、クリステルはいつもよりも少しだけ真面目になってみた。
『今年中』
思ったよりも時間がない。
(終わらせないと)
エリックとの契約。
ベルナットとの仲。
王妃との仕事。
──全部。
「アレック」
「ん?」
「いくつか、調べて欲しいことがあるんだ」
クリステルが話を終えると、アレクサンドルは目を見開いた。
「ヴァランティーヌ・タレーラン殺人計画? 黒幕は」
「第1王女だよ。ミレーユ・マリー・ド・ヴァルシエール」
アレクサンドルは考え込むように手を組んで俯いた。
情報商にいくら取り合ってもわからない殺人計画の詳細。
(もうお前に頼るしかない)
頼りのアレクサンドルはとっくに空になっているグラスを傾けている。
「……わかった」
(よかった……)
「僕からも、一ついいかな?」
「……いいよ」
「なんでリサコがそんなこと知っているんだ?」
小説を読んだから。
(……と答えるわけにはいかない)
しばらく黙り込んでいると、アレクサンドルは少し笑った。
「大丈夫、調べものも仕事のうち。経費で落ちるよ」




