第三十章 夜明けの門(第二話)
「父上、あとはよろしく頼みます。じゃあな、清志郎。私も、紗世ちゃんや道善先生に何もなければ、夕方くらいには戻るよ」
あの後、宗真は道安寺までついてきてくれた。
僧の住居である庫裏の表口では、住職の宗岳が出迎えてくれていた。
「ああ、すまない、宗真。何から何まで。恩に着るよ」
「今日は、ゆっくり休め」
そう言うと宗真は、朝比奈家へそそくさと戻っていった。
「ご住職、宗真の本来の仕事を奪うだけでなく、私までこちらに厄介になることになり、申し訳ない。ご迷惑をお掛けします」
深々と頭を下げる清志郎に、宗岳はいつも通りの柔和な笑顔で接してくれた。
「なに、構わんよ。そう畏まるでない。事情は聞いておる。なにも念仏を唱えるだけが僧侶の仕事ではない。お前のような者を受け入れるのも、仕事のうちじゃ」
「ご住職……」
「お前の部屋へ案内しよう。ついてきなさい」
「はい」
宗岳の後ろをついて歩くうちに、見覚えのある風景に昔の記憶が甦ってきた。
(そういえば俺、ここに泊まったことがある。そうだ……この村へ来たばかりの頃だ。確か、宗真が誘ってくれて、紗凪と一緒に泊まらせてもらったことが……)
ゆっくりと宗岳の足が止まった。
清志郎の方を振り返り、襖を開ける。
「この部屋を、自由に使ってくれて構わんよ」
その部屋は、まさしく三人で一緒に夜を過ごした部屋だった。
宗岳は覚えていたのだろうか、それとも、客間と決まっているだけなのだろうか。
「あ、ありがとうございます。……あの、何か私でお手伝いできることはございますか?」
「清志郎、昨晩はろくに寝ておらんじゃろ。それに、剣の稽古もしたいのではないか?」
「はぁ、で、でも……何もせずに置いていただく訳にはまいりません」
宗岳も宗真同様、清志郎の性格は長年の付き合いで熟知している。
言い出したら聞かぬだろう。
それに、何かさせねば居心地が悪くなるのだろう。
「それでは、明日から掃除や薪割りでも頼むかのう。とりあえず、今日はよく休みなさい」
宗岳が去り、部屋に入ると、何処からともなく、はしゃぐ子供の声が聞こえてきた。
宗岳が去り、静かになった部屋に足を踏み入れる。
荷物を下ろし、軽く溜息をつき、座り込む。
すると、どこからともなく声がした。
――――
「え? じゃ、僕と同い年ってこと?」
幼い宗真の声。
それに答えるのは、少女の鈴を転がすような声。
「そう、私より一つ年上なのよ。なのに敬語で話すの」
紗凪だ。
そして、あの頃の、戸惑ってばかりいた自分の声も。
「紗凪さんは、道善先生のお嬢様なのですから、当たり前です。それに、俺は朝比奈家の人間ではありませんから」
「ね、寂しいこというでしょう?」
「ぷぷっ、紗凪ちゃん、お嬢様だって! 悪い気はしないんじゃない?」
「そんなことないわよ」
不満げな紗凪の声が続く。
「明日は、三人で村を回ろう。清志郎、案内するよ」
「いいの?」
生きるためだけだった日々と違う、あまりに穏やかな環境の変化に、あの頃の自分は戸惑っていた。
「当たり前だろ」
遠慮など不要だと、宗真は快活に笑う。
「私、お茶屋さん行きたーい」
そういえば、紗凪は甘いものが大好きだった。
――――
懐かしい記憶だった。
まさかこんな形で、再びこの部屋に泊まることになるとは。
何もかも、あの頃のままだ。
一気に気が抜けて、布団を敷く気にもなれず、そのまま横になる。
障子から差し込む隙間風が心地よく、清志郎はそのまま寝入ってしまった。
◇
朝比奈家では、ちょうど紗世が目を覚ましたところだった。
紗世についているのは清志郎の役目のはずだったが、彼の姿は見当たらない。
代わりに、龍之介が声を掛けてきた。
「お、目が覚めたかの? 気分はどうじゃ、紗世さん」
「……悪くないです」
紗世の枕元に、龍之介が歩み寄る。
「どれどれ、失礼するぞ」
紗世の額に手を当てると、まだ少し熱いものの、だいぶ引いていた。
「喉が渇いたじゃろ? 茶でも飲むか?」
「はい……あ、あの、清ちゃんは? もしかして、怒ってますか?」
早くもその問いが来たか――。
龍之介は内心で焦る。
宗真とは、澄斬姫のことは抜きに、蒼耀のことは話すしかないだろうと打ち合わせている。
しかし、現実離れした話を、紗世は受け入れてくれるだろうか?
「お、怒ってなどおらぬよ。ちょっと訳あって、道安寺に行っておる」
「道安寺に? どうして?」
「そ、それはじゃな……」
龍之介がもごもごしていると、襖がスッと開いて、宗真が現れた。
救世主の登場に、龍之介はホッとした。
「おはよう、紗世ちゃん、よく眠れたかい?」
「宗真さん、おはようございます。あ、あの清ちゃんが道安寺に行ったって。わ、私が清ちゃんに酷いこと言ったからなんですか?」
紗世の顔が不安に染まる。
「ううん、違うよ。清志郎は今も紗世ちゃんのことが大好きだよ。紗世ちゃんを傷つけたくないから、道安寺に行ったんだ」
「え?」
紗世には、宗真の言ってるいことが理解できなかった。
「紗世ちゃん、信じられないかもしれないけど、これから話すことは本当なんだ。どうか、清志郎と私たちを信じて、聞いて欲しい」
「は、はい」
宗真の力強い言葉に、紗世は頷いた。
宗真は、清志郎の髪飾りと蒼耀のことについて、一語一語言い聞かせるように、ゆっくりと話し始めた。




