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澄斬姫 ―神殺しの男に背負わされた、復讐の妖刀―  作者: 白杜深月
第一部

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第二十四章 虚ろな瞳(第一話)

十日ぶりの食卓に戻れたことを、清志郎は本心から喜んでいた。

紗世の笑顔を見た瞬間、その気持ちは一層確かなものになった――これだけは紛れもない本音だった。

だが、いざ何があったか説明するとなると、十日間の出来事と村の日常の間に横たわる「深い断絶」が、音もなく胸に突き刺さった。

帰り道で何度も整えたはずの言葉は、その違和感の前で形を失い、喉の奥で固まってしまった。

口にした酒は心の蓋を外し、抑えていた混乱と痛みを静かに溢れさせていくのだった。

「清志郎、さっそくじゃが聞いておかねばなぁ。なんせ十日もおらんかったのじゃ。帰り道での掻い摘んだ説明では、さっぱりわからんわ。紗世さんもおることだし、もう一度、ちゃんと始めから説明してくれんか」


和やかな雰囲気も悪くはないが、皆の関心は一つに集中していた。

清志郎の身に何が起きたのか――それを詳しく知りたいという気持ちが、何よりも勝っていた。

誰もが聞きたがっているのに切り出せずにいたところを、龍之介が口火を切ってくれたのだ。


「んー、だからぁ、剣嶺館からの帰りになんか知らんが、あー……何人だったかな?」


(清ちゃんたら……)


清志郎が相手の人数を忘れることなど、まず有り得ない。

紗世は嫌な予感がしてきた。

龍之介が、現場を誰よりも早く確認した時の記憶を呼び起こす。


「お前に斬られて転がっておったのは、三人だったぞ」


「ああ、そうだ。あいつらに取り囲まれてな。完全に俺を斬る気できてたから、やるしかなかったんだよ」


すかさず、宗真が問う。


「その者たちに見覚えはなかったのか?」


「いやぁ。まったく知らねぇ顔だったよ。物盗りじゃねぇの?」


「本当か?」


どう見ても金の匂いがしない清志郎が、物盗りに狙われるだろうか。

ましてや刀を持った相手をわざわざ選ぶだろうか。

宗真の胸には、どうしようもなく疑念が渦巻いていた。


「清志郎、失礼じゃが、少し遠出するときはどれくらい持っていくんだ?」


清志郎の懐具合を知っていた相手だったのかと、念のため龍之介は尋ねた。


「あん?そうだなぁ、二十文くらいってとこかな」


すまし汁を飲みながら、さも当然といった様子で、清志郎は答える。


「ほ、ほう……」


念のための質問など、全く不要だったようだ。

龍之介は、そのあまりの少なさに、聞かなければよかったと深く後悔した。

宗真もまた、額を押さえて溜息をついた。


(少なっ!……蕎麦でも食べたら終わりじゃないか)


物盗りなんて絶対に嘘だ!

男二人は、その線はないと確信した。


「ええっ!やだ、知らなかったわ。いざというときに、それだけしか持ち合わせがないんじゃ、困るでしょう!」


朝比奈家は、確かに裕福ではないが、生活していけない程ではない。

楽観的すぎる清志郎の財布の中身に、紗世は呆れ返った。


「いやいや、紗世ちゃん、いざというときが今回だったんだって。二十文でも二百文でも、なぁんにも変わんないんだってば。へへっ」


(紗世ち(・)ゃ(・)ん(・)???)


清志郎が自分をそう呼ぶことなど、普段は絶対にない。

紗世の顔が、一瞬にして青ざめる。

龍之介も宗真も、さすがに清志郎の異変を察知した。


(ま、まだ一口しか飲ませておらんぞ……)


「せ、清志郎……もう酔ったのか?」


苦笑いを浮かべながら、龍之介は聞かずにはいられなかった。


「酔ってねぇよ。俺の話、聞きたいんじゃなかったのかよ」


「そ、そうじゃが……」


「ん!ほらぁ〜注げよ、龍之介ぇ〜」


なんと清志郎は、あれだけ酒を拒んでいたにも関わらず、自ら盃を龍之介に差し出してきた。

どうしたものかと龍之介は、紗世の方をちらりと見る。

すると、紗世はぶんぶんと首を横に振っている。

明らかに、これ以上呑ませるなという意味だ。


「おーい!龍之介さん、聞こえてますぅ?酒がもうないんですけどぉー」


盃を目の前につきつけて、清志郎はなおも迫ってくる。

困り果てて固まってしまった龍之介に、すかさず、宗真が助け舟を出す。


「せ、清志郎、煮物も食べてくれよ。私が精魂込めて作ったんだ。上手いぞぉ〜。ほら、早く!暖かいうちに」


「んんっ?これを、お前がぁ?ほぉ〜、どれどれ」


清志郎は、宗真の誘いに乗り、盃を置いて煮物に手を出した。

里芋はねっとりと柔らかく、花形に切られた人参の朱が、ささやかな春を思わせる。


「あ、美味ぁ〜。本当にお前が作ったのか、宗真?」


「ああ、そうだぞ。美味いだろ」


「うん、お前、いい嫁さんになれるわ。なぁ、俺と一緒になる気はないか?」


「……い、いや、遠慮しておこう。そもそも、お前には、紗世ちゃんがいるじゃないか」


紗世の名前が出た途端、清志郎は箸を止め、紗世をじっと見つめた。

紗世はその視線に、何を言われるのかと固まる。

もしかしたら、普段は聞けない清志郎の本音が聞けるのだろうか。

紗世の頬は、ほんのりと朱に染まった。


「そう、俺はね、紗世ちゃんがいるから、あの地獄から帰ってきたんだよぉ。死ぬかと思ったんだから。というか、こりゃもう死んだと思ったね。へへへっ」


にんまりしながら、清志郎は答えた。


「清ちゃん、怪我、したんでしょ?熱で十日間も動けなかったなんて嘘……」


紗世は、絞り出すような声で核心に触れた。

それは、龍之介も宗真も、喉まで出かかっていた問いだった。

三人の視線が、突き刺さるように清志郎に注がれる。

部屋に、時が止まったかのような静寂が落ちた。


「……」


珍しく、あれだけ多弁だった清志郎が、いきなり下を向いて黙りこんだ。

そして何を思ったのか、紗世が置いてくれていた冷めた茶を、一気に飲み干した。


「……俺、ちょっと厠に行ってくるわ」


清志郎はむくりと立ち上がった。

その足取りは頼りなく、今にも倒れそうにふらついている。


「せ、清ちゃん……」


「おい、大丈夫か?ふらついとるぞ」


心配する二人を遮るように、清志郎は軽く手を振る。


「大丈夫、大丈夫。すぐ戻ってきますよぉ〜」


誰の顔も見ず、まるで何かから逃げるように、清志郎は部屋を後にした。

「すぐ戻ってくる」――そう言って出て行ったはずなのに、いつまで待っても、清志郎が戻ってくる気配はなかった。

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