第十七章 闇の共鳴(第一話)
「知らねばならぬ」という使命感が、宗真を父との対決へと向かわせた。
禁足地で目にした光景は、寺を継ぐ者として背負うべき業の始まりを告げていた。
そんな彼の耳に、死んだはずの幼馴染の声が届く――。
一昨日、龍之介と共に禁足地に足を踏み入れた宗真は、本堂の釈迦如来像と長く一人で対峙していた。
やがて決意を固め、父であり住職でもある宗岳の元へ向かうべく立ち上がった。
(無知でいる方が楽なのかもしれない。しかし、私はもう大人だ。この寺をいずれ継ぐ立場にある以上、父上が行っていることは、いずれ私が果たさなければならない責務となる。逃れることなどできないのだ)
宗真が本堂を出ようとしたときだった。
背後に誰かの気配を感じた。
なぜか、とても懐かしい空気に包まれる。
(清志郎?)
宗真が振り返ると、そこに彼はいなかった。
誰の姿も見えない――だが、確かに感じる。
「宗真……」
女の声が、微かに聞こえたような気がした。
この声は――この懐かしい声は!
「さ、紗凪ちゃん?」
「宗真……千凪村を……清志郎を……助けて……」
「紗凪ちゃん!紗凪ちゃんなのか?答えてくれ、それはどういう意味だ!」
宗真は紗凪と思われる声に問い返したが、それ以上、声は聞こえなかった。
(幻聴だったのか?清志郎や禁足地のことを思うあまり、声が聞こえた気がしただけなのか?)
宗真は釈迦如来像を仰ぎ見る。
紗凪は誰にでも優しく、信心深い女だった。
寺での清志郎の不遜な態度を、よくたしなめていた姿を思い出す。
(お釈迦様が、彼女の声を届けて下さったのか。それとも、彼女の声で語りかけて下さったのか……)
どちらにせよ、千凪村は何か重要な分岐点に差し掛かっているのではないか――。
そんな考えが、宗真の頭をよぎった。
宗岳は居間にいた。
外から戻り、茶を飲んでいるところだった。
「父上、お話したいことがあります」
「また清志郎のことか?お前の気持ちはわかるが、もう清志郎は……」
「いえ、村の禁足地について、お伺いしとうございます」
「な、なんじゃと!宗真、お前まさかあそこに入ったのではあるまいな!」
宗岳の静かな表情が突如として険しくなり、宗真に詰め寄る。
しかし、宗真は怯むことなくその視線を受け止める。
「その、まさかでございます、父上。なぜ、今まで秘密にしてこられたのです?あの神社は一体?」
「見たのか!」
宗岳は一気に青ざめる。
「あの禁足地に足を踏み入れたら、一体どうなるというのですか?最近、人が立ち入った痕跡が見受けられましたが」
「むっ……」
宗真の的を得た問いに、宗岳は言葉が詰まる。
「大人になれば教えて下さると……子供の頃、父上は仰いました。私はもう大人です。どうか、本当のことをお教えください!あそこに祀られている神は、どういった神なのですか?」
「確かに、大人になれば教えると言うた。そのつもりじゃった。しかし、状況が変わったのじゃ。まだ、お前に話すべきではないと、儂は思っておる」
「状況が変わった?ここ数年、千凪村には大きな災害や奇怪な事件も、特にあったようには思えませんが」
「それは、あの神社に儂らが!……とにかく、理由が言えぬのは、そういうことではないのだ」
宗岳は苦しげに顔を顰める。
言いたくても言えない――そんな葛藤が痛いほど伝わってきた。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
それでは、今までと何も変わらない。
「では、どういうことなのです!」
「……本当のことを言えば、お前は儂を許せぬじゃろう。それが怖くて言えんのじゃよ……わかってくれぬか、宗真」
宗岳の声には住職の貫禄は微塵も感じられず、ただ寂しさを恐れる年老いた父親の響きがあった。
「父上……それほどまでに言えないことなのですか?言えぬほど罪深いことなのですか?」
「……そうじゃ、恐ろしく罪深きことじゃ。仏に仕える身として決して許されぬことじゃ。しかし、すべては千凪村のため。他に方法がないのじゃ。地獄に行く覚悟は、できておる」
「村のためにしていることが、なぜ、罪深きことなのです?父上が苦悩なさっているのは、よくわかりました。どうか、私に真実をお教えください!」
宗岳がここまで思い詰めていることを、宗真はこれまで全く気付かなかった。
そんな自分を恥じると同時に、父をこれほどまでに苦しめている原因を突き止めなければならないという強い責任感が胸を満たした。
「……」
宗岳は茶碗に視線を落としたまま、何も答えない。
そんな宗岳に、宗真はそっと語りかける。
「先ほど、本堂で紗凪の声を聞きました」
「紗凪の?」
宗岳の肩がびくりと跳ね、その目が驚きに見開かれる。
「千凪村と清志郎を助けてくれと。気のせいかとも思いましたが、私にはそうは思えないのです」
「ま、誠か?」
宗岳の表情が、驚きからみるみる恐怖へと染まっていく。
その尋常ならざる様子を目の当たりにし、宗真の脳裏で、これまで点と点だった疑念が一つの線として繋がった。
紗凪の声、禁足地の秘密、そして父の罪。
最悪の仮説が、心臓を鷲掴みにする。
「父上、一つお聞きします。紗凪は……本当に火事で亡くなったのですか?」
その問いを聞いた瞬間、宗岳の顔から血の気が引いた。
彼はついに観念したように、深く長い溜息をつき、ゆっくりと顔を上げた。
「宗真、お前と言う奴は……。母親に似て聡明じゃのう」
「いえ、私は大馬鹿者でした。龍之介に気付かされただけです」
「龍之介……ああ、あの朝比奈家に居候している侍か。二人で入ったのか、禁足地に」
「はい」
「宗真よ、儂がこれから話すことを怒りに飲まれず、最後まで冷静に聞くことができるか?」
宗真の脳裏に紗凪の言葉が蘇る。
「宗真……千凪村を……清志郎を……助けて……」――これは、恐らく非業の死を遂げたであろう彼女からの願いなのだ。
「はい、誓います。どうか、お教えください」
宗岳は、宗真の揺るぎない瞳に、何度か頷いてから、重々しく口を開いた。




