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澄斬姫 ―神殺しの男に背負わされた、復讐の妖刀―  作者: 白杜深月
第一部

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第三十七章 選択の代償(第五話)

暗闇から突如殴りかかってきた男は、言うに事欠いて、自分を「清守」だと名乗った。


「ふざけたことをっ……蒼耀様はずっと、俺に……『清守』と!」


「それは蒼耀様の願いだ。俺は――清守は、とうの昔に死んだからな。蒼耀様は、生まれ変わりである清志郎(おまえ)の中に、清守(おれ)を見出そうとしている」


「くっ……そこまで言うんならっ、証拠を……見せろよっ! 姿を……現せ!」


「……」


しばしの後、男から返事が返ってきた。


「……いいだろう。それで、お前が納得するのならば」


次の瞬間、神殺しの印の奥から、青白い光が緩やかに漏れ出した。



「ここのようね」


澄斬姫の一行は、千凪村の人々が祀っている天神の神社へと辿り着いた。

しかし、千凪村の氏神は昔から澄斬姫のみ。

澄斬神社を禁足地としてから、代わりに建てられたのがこの神社だ。

だが、そこに氏神の分霊はない。

形だけ整えられた社であり、その事実を知るのは寄合衆のみだった。

村人たちはそれを知らず、今も熱心に手を合わせている。


「結界が張られていますね。昨日、見回ったときには、ございませんでした」


巳山が告げると、澄斬姫は頷いた。


「蒼耀が張ったのでしょう。でも、私には効かないとわかっている筈。踏み込んで来るなという意思表示なのかしら……」


早く蒼耀を確保したい白羅が、澄斬姫の背を押すように問う。


「どうなさいます? 姫様」


燕羽も、ここまで来て引き返したくはないのか、先を促す。


「行こうよ、姫様。私たちが付いてるから大丈夫よ」


「簡単に言うわね。蒼耀様のご機嫌を損ねては……そんな単純なことではないのよ」


いつもの如く、二人を雪音が宥める。

その間も、澄斬姫は迷っているのか、深く考え込んでいた。


「……そうね、もう少し様子を見――!」


突然、澄斬姫は酷く驚いた様子で固まってしまった。

彼女の視線は、鳥居の柱に釘付けになっていた。


そこに、淡い人影が佇んでいた。


眷属たちには何も見えていないのだろう。

眷属たちは、ただ澄斬姫が見つめる先を訝しげに追うばかりだ。

けれど澄斬姫の目には、たしかに見えていた。


今にも掻き消えそうな、淡く儚い人影。

胸の奥を激しく揺さぶるその姿が、何も語らず、ただ静かに鳥居の内を指し示している。


「姫様?」


眷属たちが心配の声を上げる中、澄斬姫の瞳が驚きの色から強い決意の色へと変わる。


「行きましょう」


澄斬姫は鳥居のすぐ手前で手をかざし、蒼耀の結界を破る。


「鳥居の中は、蒼耀が作り出した異空間よ。私からあまり離れないで!」


「はい!」


(この中で、何をしているの? 蒼耀……)


澄斬姫に続き、眷属たちも鳥居をくぐった。



「清志郎、この光のもとでは、神の目がなくとも、はっきりと印が見える筈だ」


(……見える! ……神殺しの印が、俺のこの目で!)


「そのまま俺を見ろ、清志郎。これでも、誰だかわからないとは言わせねぇぞ」


光はさらに奥から溢れ、ついに闇に隠れていた男の姿を照らし出した。


「――!」


清志郎は息を呑んだ。

目の前に立っていたのは、自分によく似た男だった。

だが、清志郎が驚いたのは、そのせいばかりではない。


衣服はボロボロに裂け、露出した肌は、誰かに痛めつけられたかのようだった。

あちこちに傷があり、血が固まり、べったりと張りついている箇所もある。

顔色は真っ青だ。

まるで死んだまま立っているような、痛々しい姿――。


「お前……」


「見ろよ」


男が衣服を捲ると、彼の左胸には神殺しの印があった。

男は言う。


「お前のと、まったく同じものだろう?」


「……」


「これでわかったろう、清志郎。俺が清守だと。いや、本当は最初からわかっていた筈だ。記憶だって、物心つく頃から少しずつ蘇ってきていた。しかしそのたびに、お前は……さっきみたいに、無理やり蓋をした! 己の罪から逃げるように!」


(……物心つく頃から?)


――


ある朝、誰かに揺すられて起こされた。


「……大丈夫? 魘されていたわよ」


女の声だ。

自分のことを心配してくれている。


「……ははうえっ」


その女に支えられ、ゆっくりと起き上がる。

温もりが欲しくてその女に抱きつくと、優しく頭を撫でてくれた。


「あらあら。怖い夢でも見たの?」


女は心配そうな声で聞いてきた。


「……うん。よくわからないけど、おまえがわるいって、みんなに、いわれるんだ。おまえさえ、いなければ……って」


「まぁ、誰かしら? そんな酷いことを言うのは。鬼さんかしら?」


「ううん。おにさんじゃないみたいだった。しらないひとたち。……とってもおこってて、こわかった」


そう、怖かった。

前にも、同じような怖い夢を見たことが何度かあった。


「そう。ただの夢だから。忘れなさい」


「……わすれて……いいの?」


「いいのよ。清志郎は良い子よ。母はちゃんとわかってるわ。だからそんな夢、忘れちゃいなさい」


女が言うのだから、間違いない。

そう信じて疑わなかった。


「はい! ははうえ」


それから、悪夢を見ても、すぐに忘れてしまうようになった。

それで問題ないと思っていた。

女も、忘れたと言って元気に振る舞っていた方が喜んでくれた。

女の笑顔を見るのが好きだった。


――


「……郎! 清志郎! 起きて!」


若い女の声に起こされた。


「っ! 紗凪……あ、あれ? 俺、寝てた?」


「そうよ。寝かしつけ頼んだら、戻ってこないから見に来たのよ。そしたら、紗世と一緒に寝ちゃってるんだもん」


隣を見たら、小さな女の子がすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。

寝顔がとても可愛らしい。


「ねぇ、清志郎……」


「ん?」


「また、嫌な夢でも見たの?」


彼女には何度か、以前にも起こされたことがある。

魘されていたからと。


「あ、またか……いいんだ。すぐ忘れちまうからさ」


そう言うと、女は微笑んだが、どこか困ったような顔をした。


「ねぇ、お呪いしてあげる!」


「お呪い? 悪夢を見ないためのか? そんなのあるのか?」


「いいから、私の言う通りにするのよ。まず、目を閉じて」


「目を? 閉じたぞ」


「そのままよ。じゃ、次いくわよ」


「次って、何するんだ?」


「いいから、ちょっと黙っててよ」


「……はぁい」


突然、唇に自分ではないものの熱を感じて、思わず女から距離を取る。


「……な、な、なに……してっ……」


驚きの声を上げると、女はあからさまに不満げだ。


「ああっ! 何よぅ、嫌なの?」


「い、嫌じゃ……ない……けどっ、こ、こ、こういうものは……こ、心の準備ってものが、あるだろっ!」


「乙女みたいなこと言うのねぇ。本当に嫌じゃないなら……今度は、清志郎からしてよ。まだ一度しかしてくれたことないじゃない」


普段はお淑やかな女なのに、何故か主導権はいつも彼女に奪われる。


「っ……//// わ、わかったよ」


そっと女と、お呪いの口付けを交わした日から、確かに悪夢を見る頻度が極端に減った。


――


(まさか……そんな……ああやって、ただの悪い夢だと片付け、前世で犯した業から逃げていたのか、俺は……)


「清志郎。俺はこの上なく、屈辱だったぞ。蒼耀様の前で、知らぬ存ぜぬを決め込むお前が! こんな奴が、こんな男が……俺、だなんて……」


清守は怒りながら涙を流し、清志郎を睨みつける。


「清守……」


「蒼耀様は、清守の記憶を取り戻したお前をご所望だ。道は二つしかない。まず一つ目は、俺の――清守の記憶をすべてお前に呼び起こす。清志郎の名を捨て、清守として残りの人生を蒼耀様に捧げろ」


「二つあると言ったな。もう一つは?」


「二つ目は、一つ目をお前が拒否した場合だ。その場合は……仕方がない。お前は清志郎の身体のみ残して消滅しろ」


「な、なにっ!」


「お前の身体を俺のものにし、俺が蒼耀様にお仕えする」


突拍子もない清守の一方的な言い分に、清志郎は怒りがふつふつと込み上げるのを感じた。


「んな無茶苦茶な! 俺にだって、やらなきゃいけないことがあるんだ!」


「澄斬姫の件は、道善の首をさっさと持って行って終わらせろ。紗世も手の傷が癒えた。もう一人で暮らしていける。いいか、蒼耀様は、もう限界だとまで仰ったんだぞ。蒼耀様は清守とすぐにでも行動を共にしたいと思っていらっしゃるんだ」


「……清守……俺とお前は、同じなんだよな」


「まぁ、そうなるな」


「お前の次が、こんなどうしようもねぇ奴で、情けねぇとか言って、さっき泣いてたよな?」


「何が言いたい」


「俺もお前のことが、すこぶる気に入らねぇってことだよ!」

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