婚姻の儀式
お兄様が私のために作ってくれた白いドレスを、ラヴィーヌに着せてもらい、私はお部屋の鏡の前に立っている。
胸の下で切替の入ったドレスは、足元まで隠して更に床に広がる長いスカートがとても可愛らしいもので、胸の部分は白い生地で作られたいくつもの薔薇で飾られている。
胸元にはジゼルハイド様の瞳と同じ色の、赤い宝石の首飾り。
首飾りにはジゼルハイド様がこぼした竜の涙があしらわれていて、小さなドロップキャンディに似たそれは光が反射するたびにキラキラと光った。
髪には赤い花飾り。
大きく開いた胸の上の方に、ジゼルハイド様につけていただいた印が浮かんでいる。
ジゼルハイド様と私はもう夫婦のようなものだけれど。
でも、改めて婚姻の儀式をすると言うのは、何かの節目のようで、身が引き締まる思いだ。
「アンネ、とても可愛い。すごく、綺麗だ」
ジゼルハイド様は私の姿を見て、息を呑んだ後に、とても嬉しそうに微笑んだ。
ジゼルハイド様も今日は儀式用の正装を着ている。
黒く艶のある長い髪はゆるく編まれていて、黒に赤いラインの入った着物には、艶やかな鳳凰と呼ばれている鳥の模様が、金糸で描かれている。
「それでは、行こうか」
「陛下、抱き上げてはいけませんよ。アンネリア様のご衣装は、とても繊細なのです。丁寧に扱わなければ、破れてしまうかもしれません」
「……そうか。せっかく美しい衣装が破れてはいけない。儀式が終わるまでは、我慢する」
ラヴィーヌに言われて、ジゼルハイド様は伸ばしていた手を引っ込めた。
「ジゼ様! ジゼ様もとっても格好良いですよ!」
「そうか。……堅苦しい服は苦手だ。だが、褒められるのなら、たまには着ても良いな」
いつものジゼルハイド様も格好良いけれど、今日もとても素敵。
褒め言葉に照れたように視線を逸らすジゼルハイド様が愛らしくて、にこにこしてしまうわね。
ジゼルハイド様にエスコートされ、ラヴィーヌとレイニスにスカートの長い裾を持ってもらって、私はお城の中にある礼拝堂へと向かった。
礼拝堂にはギルフォードさんを筆頭に、文官府の方々。
それと、アドレインさんを筆頭に、武官府の方々が集まっている。
祭壇には、イルバトス様と、グロスキエフ様が待っている。
イルバトス様は昨日とは違うお召し物を着ていて、今日も煌びやかな様子だ。
グロスキエフ様もちゃんとお洋服を着てくださっている。上半身は服を着せられた後に鬱陶しくなって脱いだようにだらしなく服がへばりついている印象だけれど、下半身が隠れているのでよしとしよう。
「これより、炎帝ジゼルハイド・オグニアス様と、王国より来られたアンネリア・ユーヴェルハイムの婚姻の儀式を行います」
祭壇の中央にいるのは祭祀長様だ。
私たちが祭壇まで辿り着くと、厳かな声が響いた。
天窓や、祭壇奥の明かりとりの大きな窓から、明るい日差しが礼拝堂に差し込んでいる。
ステンドグラスには黒い竜と小さな少女と色とりどりの花が描かれている。
神話を表現しているのだろう。
「オグニアス皇国二十七代目皇帝ジゼルハイド・オグニアスがアンネリア・ユーヴェルハイムを妃の座に据えること、雷帝、氷帝ともども、承認なさいますか?」
祭祀長に問われて、グロスキエフ様とイルバトス様が、静かに頷いた。
「氷帝イルバトスより、祝福を。アンネリアの末永い息災を祈らせてもらおう」
イルバトス様が両手を広げると、礼拝堂の中に氷の粒がきらきらと舞った。
冷たいけれど、情熱的な熱さのある魔力が、指先からじわりと染み込んでくるようだった。
「雷帝グロスキエフより、祝福を。我が国に安寧を齎した天使の永遠の幸福を祈らせてもらおう」
グロスキエフ様が片腕を天井に捧げるようにあげると、眩い閃光が走った。
力強さと慈愛に満ちた魔力が、つま先からじわりと体に染み込んでくる。
「それでは。血の盟約を」
祭祀長様が、ジゼルハイド様に小さな杯を差し出した。
そこには水が入っているように見えた。
ジゼルハイド様は頷くと、指先を口元に持っていく。
「この身全てをアンネリアに捧げよう。永遠に、俺はアンネリアのものだ」
指先を、噛み切ったように見えた。
杯の上に指を差し出すと、ポツリと、血の滴が落ちる。
透明だった杯の中の水が、赤く染まっていく。
祭祀長様が私に杯を手渡した。
飲むのかしら、これ。
多分、飲むのよね。
婚姻の儀式というから油断していたわね。もっと詳しく聞いておけば良かった。
王国での儀式と同じような感じかしらと思っていたのよ。
飲むのよね、飲んで良いのよね。もしかして、違ったらどうしよう。
例えば、頭からかぶるとか。ジゼルハイド様にかける、とか。それはないか。
みんなの視線が私に注がれている。
今更どうすれば良いのですか、なんて聞けないし。
私は意を決して、杯を口にした。
血で染まった液体が、喉から奥へと落ちていく。
「……アンネ。愛している。俺の元へきてくれてありがとう」
杯の中の水はほんの少しだった。
一息に飲み終えると、ジゼルハイド様は私の手を取った。
それから私の指先を唇にあてる。軽く噛まれたけれど、痛みはさほど感じなかった。
「これで、契りはなされた。皆、祝福を!」
祭祀長様のはりのある声と共に、拍手と歓声が礼拝堂に広がる。
私の指からは、わずかに血が滲んでいる。
ジゼルハイド様は指先にぷくりと膨れ上がる血の滴を見て、ものすごく心配そうな表情を浮かべた。
多分、私を傷つけたことをかなり気に病んでいるのだろう。
痛くないし、儀式のために必要なのなら、別に構わない。
大丈夫だという気持ちを込めて微笑むと、手を引かれて抱きしめられる。
スカートの裾の方からちょっとだけ嫌な音がした。
どうやら裾を踏んだか何かで、見事に破けたみたいだ。
でも別に、まあいいかと思って私はジゼルハイド様の背中に手を回した。
あと二話ぐらいで終わるかなと思います。長い話にお付き合いくださりありがとうございます!




