冒険する灰色ハリネズミの話ファイナル
◆◆◆◆
嵐が来ました。
灰色ハリネズミの乗る船は、まるで流れの速い川に落ちた木の葉のように、高波に飲まれて何度もひっくりかえりそうになりました。
このままでは灰色ハリネズミは、広い海に投げ出されて、深い海の底へと沈んでしまいます。
灰色ハリネズミは水玉アライグマにもらった金色のリンゴを食べることにしました。
金色のリンゴは願いをかなえてくれると、水玉アライグマは言っていました。
「僕を安全な場所につれていって!」
灰色ハリネズミがお願いごとをするとほとんど同時に、灰色ハリネズミの体よりもずっとずっと大きな波が、船と灰色ハリネズミを飲み込んでしまいました。
「大丈夫? 灰色ハリネズミさん。生きているの?」
優しい声がして、灰色ハリネズミは目を覚ましました。
灰色ハリネズミをのぞきこんでいたのは、黒い、見たこともない大きな動物でした。
ヘラクレスオオカブト虫よりもずっと大きいのです。
ずっとずっと大きくて、トカゲに似ていますが、二枚の翼があります。
「こんにちは、オオトリオオトカゲさん」
灰色ハリネズミは挨拶をしました。
ここは、来たことのない新しい島です。
見たことも無いお花や果物がたくさんはえていて、大きな動物はその中に寝そべっています。
「そんな名前じゃないよ。わたしは竜というんだよ」
まっくろ竜は言いました。
「こんにちは、まっくろ竜さん。虹色の花をしらない?」
灰色ハリネズミは聞きました。
「知らないよ。君はどこからきたの? 海の波が、君をここまで連れてきたみたいだけれど」
「虹色の花を探して海に出たら、嵐がおこって、船がひっくり返っちゃったんだ」
灰色ハリネズミはしょんぼりしました。
金色のリンゴも、新しい船も、灰色ハリネズミにはなにもありません。
「船がなくなっちゃったから、しばらく一緒にいても良い?」
灰色ハリネズミは、まっくろ竜と一緒にいることにしました。
金色のリンゴにお願いして辿り着いた場所なのだから、きっとここは、安全な島なのでしょう。
「わたしはずっとひとりぼっちだったから、君が一緒にいてくれて嬉しい」
まっくろ竜は言いました。
灰色ハリネズミは、冒険の旅についてまっくろ竜に話をしました。
二人はすっかり仲良くなりました。
まっくろ竜とお話しするのは楽しかったのですが、ずっとここにいるわけにはいきません。
だって、灰色ハリネズミは冒険の途中だからです。
灰色ハリネズミは新しい船をつくりました。
「わたしも一緒にいきたいけれど、わたしはおおきいから、一緒に船には乗れない。それにわたしは大きくてとっても強いから、島から出るとみんなをこわがらせてしまう」
灰色ハリネズミがまっくろ竜にさようならを言うと、まっくろ竜はかなしそうな顔をしました。
「わたしは一緒に行けないけれど、そのかわりわたしの心を連れていってほしい」
まっくろ竜は、灰色ハリネズミにこころをプレゼントしました。
まっくろ竜のこころをプレゼントされた灰色ハリネズミは、まっくろ竜とお別れするのがとてもかなしくなってしまいました。
「まっくろ竜も、僕とおなじ姿だったら良いのに」
そうしたら、一緒にいることができるのに。
灰色ハリネズミは泣き出してしまいました。
灰色ハリネズミの涙を見て、まっくろ竜もぽろぽろ泣きました。
まっくろ竜の落とした涙は、甘いドロップになりました。
赤やピンクや水色や紫や緑色の、色々な色をしたドロップが、空からぽろぽろ落ちてきます。
灰色ハリネズミは、ドロップをひとつ食べました。
すると、灰色ハリネズミの胸から虹色の花が咲きました。
灰色ハリネズミから咲いた虹色の花は、島いっぱいにひろがって、虹色のお花畑になりました。
まっくろ竜は虹色の花を食べました。
すると、まっくろ竜は、まっくろハリネズミになったのです。
「これでずっと一緒にいることができるね!」
二人は大喜びしました。
灰色ハリネズミは、虹色の花を瓶につめて海に流しました。
世界のどこかで困っている、どこかの竜の元へと届くように。
◆◆◆◆
皇国のお城の帰り道。
私はジゼルハイド様に請われて、灰色ハリネズミのお話の続きを話した。
冒険する灰色ハリネズミのお話は、これでおわり。
お話を書き留めたノートはもってこなかったので、細部は違うかもしれないけれど、おおよそは覚えている。
「アンネ。その話は、竜人の誕生下巻を読んだあとに作ったのか?」
「エルジエル君がうまれてから、エルジエル君の寝かしつけのためにつくった話なので、つい最近ですね。私が書庫で竜人の誕生下巻を読んだのはずっと昔のことですから、正直良くは覚えていないのです」
「アンネがまだ幼かったころ、竜人の誕生下巻には、虫食いがなかったのではないだろうか」
「どうでしょうか……十年以上前のことなので、ぼんやりとしか記憶になくて。……役に立たなくてごめんなさい」
私は灰色ハリネズミみたいにしょんぼりしながら、ジゼルハイド様の黒い竜の背中にぴったりとくっついた。
私の記憶力がもっと良かったら、役に立てたのかもしれないのに。
最近のことはちゃんと覚えているのだけれど、幼い頃の記憶はどうにもふわふわとしていて形を為さないものばかりだ。
亡くなった両親の顔も声も、良く思い出せない。
「……忘れてしまうのです、私。大切なことも。大切だと思っていた記憶が、頭の中からこぼれおちていってしまうみたいに。自分で作ったお話や歌は覚えているのに。すごく、情けないです」
「忘却は悪いことではない。忘却が許されなければ、気が触れてしまうだろう。良いことや楽しいこと、嬉しいことよりも、この世界には退屈や、苦しみや悲しみの方がずっと多いのだから」
「ジゼ様……」
私はジゼルハイド様の背中を撫でる。
物語の中に出てきたまっくろ竜みたいに、ジゼルハイド様も苦しかったのかしら。
それは、そうよね。
お母様を亡くして。
そして、ジゼルハイド様の力が強すぎるからと、お父様から疎まれていたのだもの。
さいごには、死ぬようにと――毒を渡されたのだわ。
そんなに苦しくて辛いことはないわよね。
けれどジゼルハイド様は、そんな辛い過去があったなんて、感じさせないような方だ。
どんなに苦しかったかと思う。
今よりもっと幼かったジゼルハイド様のことを思うと、目尻に涙がにじんだ。
――もっと、役に立ちたいのに。
竜人の方々のために。
それから、ジゼルハイド様のために。
私が、覚えてさえいたら。あの日、幼い時、竜人の誕生下巻をこっそり書庫から持ち出して、私が保管していたら。
大切な頁が、虫に食べられることもなかったかもしれないのに。
「――アンネ。泣かないでくれ。今の俺は竜の姿だから、お前を抱きしめることができない」
「ジゼ様。でも私、知っていたのに」
「あぁ。お前が知っていてくれて、良かった。……お前の作った灰色ハリネズミの話は、竜人の誕生下巻を参考に、考えられているのだろう。記憶になくとも、魂は覚えている、といったところか。無意識に、本の内容を辿っているのではないだろうか」
「どういうことですか?」
予想外のことを言われて、涙が思わずひっこんだ。
そう――なのかしら。
そんなつもりはなかったのだけれど。
でも、灰色ハリネズミの話には、まっくろ竜が出てくる。
まっくろ竜というのは、竜人の方々をイメージしたのではなくて、もしかして、いにしえの神竜のことなのかしら。
自分でも、よくわからないのだけれど。もしかしたらそうなのかもしれない。
「お前の話をそのまま読み解くと、竜は少女に印を与えた。そして、竜の涙を食べて、虹色の花を産んだ。虹色の花を食べた竜は、人間の姿になった――ということになる」
「竜の涙というのは、食べられるのですか?」
「食べない。魔力の塊ではあるが、そんなものを食べると魔力の侵襲が激しく、拒絶反応が起る。だが――」
「私がジゼ様の竜の涙を食べれば良いのですね! そうしたら、虹色の花がうまれます。虹色の花はきっと、鱗病をなおすお薬になりますよね!」
本当にそうなのかはわからないけれど、やってみる価値はありそうよね。
私が弾んだ声で言うと、ジゼルハイド様は「……あまり、よくはない」と小さな声で言って、それから何かを考えるようにして、黙り込んでしまった。
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