幼い頃の私と我慢強いエルジエル君
夕食の準備が整ったとお兄様が呼びに来てくれた時、私とエルジエル君とジゼルハイド様は、仲良くソファで微睡んでいた。
私とジゼルハイド様はすぐに目覚めたけれど、エルジエル君には起きる気配がない。
すやすや眠っているエルジエル君の姿を見て、お兄様は申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「陛下の元へ行ってはいけないと言いつけていたのに。エルジエルが何か失礼なことを言わなかったでしょうか」
「そう気を使う必要はない。アンネを想うが故に、俺にも臆せず立ち向かおうとしてくる、強い子だ」
ジゼルハイド様は慎重に優しくエルジエル君を抱き上げた。
「寝室に運ぼう」
「そ、それは、私が……! い、いえ。申し訳ありません、陛下。ありがとうございます、よろしくお願いします」
お兄様に案内されて、ジゼルハイド様はエルジエル君をお部屋へと運んだ。
私はジゼルハイド様の後ろを、お兄様とジゼルハイド様がお話ししているのを聞きながら、静かについていった。
「エルジエルは、生まれたときからずっとアンネリアが傍に居てくれて、それこそ、実の姉のように慕っていたものですから。アンネリアが陛下の元へ行ったあと、寂しかったのでしょう、眠れないこともあったようです」
――そんなに、寂しい思いをさせてしまったのね。
一生懸命ジゼルハイド様を睨んでいたエルジエル君の姿を思い出して、胸が痛んだ。
でも、だからといってこの家に戻ってくることはできないのだけれど。
滞在している間は、できるだけエルジエル君と一緒に遊びましょう。
それぐらいしか、私にできることはない。
「それで、よく眠っているのだな」
「夜になると、アンネリアのベッドにもぐりこんで一緒に寝ていたようですから。アンネリアが傍にいると安心するのでしょうね」
「今は、どうしている?」
「あまり寂しいのなら、私と共に眠ろうかと提案はしているのですけれどね。なんせ、男の子ですから。プライドもあるのでしょう。一人で大丈夫だと言い張っています」
「まだ小さいのに、やはり、強い子だな」
「寂しいのなら泣いても良いのですけれどね。泣きもしません。……私や妻より、エルジエルはむしろアンネリアに似ているのかもしれませんね。アンネリアも、滅多なことでは泣かない子でしたから」
「お兄様、恥ずかしいから、ジゼ様に私の話をしないで」
お兄様が幼い頃の私を懐かしむようなことを言うので、私はあわてて口を挟んだ。
「いいじゃないか、アンネリア」
「駄目よ。子供のころのことは、恥ずかしいの」
「俺は聞きたいが、駄目か、アンネ」
「できれば、私がいないところで話してくださいな……」
ジゼルハイド様の望みはできるだけかなえてさしあげたいけれど、私は小さな声で抗議した。
お兄様は笑いながら「それでは、夕食の後で。酒でも飲みながら、ゆっくり話しましょうか、陛下」と言った。
「アンネリアのことなら、一晩かけても話したりないぐらい話があるのですよ。なにせ、自慢の妹ですから」
「それは……楽しみだな。是非、聞きたい」
「……うう」
なんだか、墓穴を掘った気がするわね。
それに、夜は一緒にいたかったのに。ジゼルハイド様をお兄様にとられたみたいで、少しだけ寂しい。
そんなことを口にしたりはしないのだけれど。
「……だが、すまない。せっかくの心遣い、ありがたいが、慣れない場所で俺が何か無礼なことをしてしまうとも限らない。ここは、俺の国とは作法が違うだろうから。できるだけ、アンネと共にいたいと思っている」
「わかりました。……陛下は、本当にアンネリアを大切にしてくれているのですね。安心しました」
私の気持ちを察してくれたのか、ジゼルハイド様はすぐにお兄様のお誘いを断った。
お兄様の優しい声に、私はどことなく誇らしいような、それでいて気恥ずかしいような、妙なくすぐったさを感じた。
エルジエル君のお部屋に入り、ジゼルハイド様はエルジエル君をベッドへと降ろした。
大きなベッドで眠るエルジエル君は、余計に小さく見える。
お部屋の壁には、エルジエル君が描いたのだろう、カブトムシの絵やセミやザリガニの絵に交じり、たぶん、私の絵やお兄様やエリカテーナお姉様の絵が貼ってあった。
「アンネリアがいない寂しさは、アンネリアが陛下の元へ行った以上、乗り越えなくてはいけないことです」
エルジエル君に掛物を掛けてあげながら、お兄様が言う。
「お前たちには、悪いことをしてしまったな」
「そんなことはありません。……両親を早くに失って、私はアンネリアの兄ではなく、親になると決めました。そのように振舞っているうちに、アンネリアを本当に娘のように感じてしまい……少々、過保護にし過ぎていたようです。アンネリアが望むまでは嫁には出さないとまで思っていました」
「それを、俺が」
「もちろん、不安はありましたが、アンネリアにとってはむしろ僥倖だったのではないでしょうか。この子は昔から……陛下のような、体の大きな男性に憧れていたようですから。王国の男性は、あまり好みではないようでしたので、年頃の貴族の息子たちからどれほど言い寄られても、まるで興味を示さなかったのですよ」
「言い寄られてなんていないわ、お兄様。舞踏会でも、パーティーでも、お兄様やジュード様がずっと傍にいたから、誰も寄ってこなかったじゃない。ジゼ様、今のは嘘ですからね」
「嘘などつかないよ、私は。アンネリアが気づいていなかっただけだ」
そんなことはないと思うの。
もちろん私が王国の女性みたいに美しい男性たちに、あまり興味がなかったのは本当なのだけれど。
ユーヴェルハイム公爵であるお兄様や、元王太子殿下で現国王陛下のジュード様がいつも私の傍にいたものだから、皆怖がって、私に話しかけてくる男性の方なんてほとんどいなかったのよ。
女性たちからはよく話しかけられたけれど。
これは、お兄様やジュード様に憧れている女性が多かったからなのよね。
「……アンネは愛らしいからな。アンジール殿の言っていることは正しいのだろう」
「ジゼ様まで。……過去のことは良いのですよ。私の初恋はジゼ様ですし、ジゼ様だけが好きなのですから」
「……正直なのはアンネリアの良いところだけれど、できれば私のいないところでそういう話はしてくれないかな。なんだか少々、照れてしまうね」
お兄様が苦笑交じりに言う。
声がうるさかったのか、エルジエル君が軽く身じろいだ。
せっかくよく眠っているのに起こしたら可哀想だから、私たちはエルジエル君のお部屋から、急いで静かに退出した。
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