可愛い甥っ子(四歳)VS ジゼルハイド炎帝陛下(二十五歳)
ジゼルハイド様の元へ行ってから、そんなに経っていないのだけれど。
すごく、久しぶりな気がする。
小さなエルジエル君が、転びそうになりながら私に駆け寄ってくる。
私もエルジエル君に駆け寄ると、私の足にしがみつくようにしてくるエルジエル君を、膝を曲げてしゃがむと、ぎゅっと抱きしめた。
「アンネリア、会いたかった!」
「エルジエル君、久しぶりね、元気だった?」
「元気じゃない。アンネリアがいなくて、すごく寂しかった」
拗ねたように言うエルジエル君が可愛すぎて目眩がする。
甥っ子でさえこんなに可愛いのだから、自分の子供はもっと可愛いのだろう。
その子供たちが生まれながらにして不治の病におかされているという絶望は、どれほどのものだろう。
王国に、治療の手がかりがあると良いのだけれど。
ともかく、可能性があるのなら探してみるべきよね。
エルジエル君をぎゅっと抱きしめながら決意を新たにしていると、私の横にジゼルハイド様がやってきた。
「アンネ、その子供は、お前がよく話していた……」
「エルジエル・ユーヴェルハイムだ! お前がアンネリアを拐った化け物だな!」
エルジエル君は私の腕の中から身をよじって抜け出すと、ジゼルハイド様を睨みつけた。
「エルジエル、やめなさい!」
お兄様の焦った静止の声も気にせずに、エルジエル君はジゼルハイド様に向かって小さな拳を振り上げて突撃していく。
「アンネリアをかえせ!」
「……悪いが、それはできない」
ジゼルハイド様は向かってくるエルジエル君を、ひょいっと片手で抱き上げた。
小鳥が腕にとまるぐらいに軽々とエルジエル君を片腕に乗せて、ジゼルハイド様は口元にどことなく勝ち誇った笑みを浮かべた。
「俺は確かに、アンネを奪った化け物だ。そしてアンネは、かえさない。俺のものだ」
「ふざけるな、化け物! アンネリアは僕と結婚するって約束したんだ!」
「……それは駄目だな。アンネは俺のものだ。それは、未来永劫変わることがない」
「アンネリアにひどいことをしたのか!?」
「ひどいことはしていないが……いや、ひどいことは、した、だろうか」
掴みかかろうとしてくるエルジエル君の手を、軽々ともう片方の大きな手で受け止めながら、ジゼルハイド様は軽く首を傾げる。
嫌な予感がした私は、ジゼルハイド様の服の袖を引っ張った。
「ジゼ様、小さな子相手にそれ以上言ったら怒るわよ」
「エルジエル、やめなさい……! 炎帝陛下、大変な御無礼を、申し訳ありません……!」
まるで時間が止まっていたかのように動かなかったアンジールお兄様が、ジゼルハイド様の元へと転びそうになりながら駆け寄ってくると、深々と頭を下げた。
いつも優雅で慌てることなんてほとんどないアンジールお兄様の狼狽している姿を見るのは、私がジゼルハイド様の元へ嫁ぐと決めた時と、これで二回目だ。
私は狼狽えているお兄様の両手を、ぎゅっと握った。
「アンジールお兄様、急に帰ってきてごめんなさい。びっくりしたでしょう?」
「アンネリア……一体どうしたんだ。まさか、何か炎帝陛下に脅されているとか」
密やかな声で、お兄様が言う。
その視線は、心配と、私への気遣いに満ちている。
「事情は後で聞こう、アンネリア。安心して良い、お兄様がアンネリアを必ず守ってあげるからね」
「違うわ、お兄様。ジゼ様は、王国の方々が思っているようなおそろしい方ではないのよ。すごく優しくて、寛大で、素敵な方なの。私はジゼ様を愛しているわ。だから、大丈夫よ」
ジゼルハイド様の目の前で、内緒話をするのはよくない。
だから私は使用人のみんなにも聴こえるように、大きな声で言った。
ジゼルハイド様は耳が良い。
だからお兄様の内緒話もきっと、ジゼルハイド様の耳に届いているわよね。
きっと幼い頃からこんなふうに陰口を言われて、それを聞き続けてきたのだわ。
辛かったでしょうね。
私には想像することしかできないけれど、でも、今は私がいる。
私はジゼルハイド様が、どんな方なのかを知っているから――しっかりしないといけない。
「エルジエル君も、初対面の方に化け物なんてひどい言葉を言ってはいけないわ。挨拶はきちんとするのよ」
「でも!」
「……あぁ、そうだな。すまなかった、アンネ」
ジゼルハイド様は不満そうなエルジエル君をアンジールお兄様の横へとそっとおろした。
それから、竜人の方々がよく行っている、両手を胸の前で合わせて頭を下げる礼をした。
「俺は、ジゼルハイド・オグニアス。はじめまして。此度は突然の来訪、そして、アンネリアを娶らせてもらったのに、今まで挨拶もせず、手紙ひとつ送らず、申し訳ないことをした。数々の非礼、許してくれるとありがたい」
「……い、いえ、そんな……頭を上げてください、陛下。……私はアンネリアの兄の、アンジール・ユーヴェルハイム。そしてこちらが息子の、エルジエルです。先ほどは息子が大変な無礼を働き、申し訳ありませんでした」
「自分が化け物である自覚があるので、あなたの息子は正しい。だが、けして暴虐な振る舞いはしないと約束する。愛するアンネリアに誓って」
ジゼルハイド様の落ち着いた振る舞いと、ゆったりした穏やかな声音に、お兄様も少し落ち着きを取り戻したらしい。
いつものように背筋を伸ばして真っ直ぐに立つと、口元に優雅な笑みを浮かべた。
数々の王国の女性たちを骨抜きにしてきた魔性の微笑みである。
私はお兄様から両手を離して、ジゼルハイド様の腕に手を添えた。
ちょっと心配だわ。
お兄様、女性みたいに綺麗だし、竜人の方々の恋愛には、男女の垣根があまりないようだし。
ジゼルハイド様がお兄様に一目惚れしたらどうしようと、一瞬嫌な予感が頭をよぎった。
「私の妹は、嘘をつけない子なんです、昔から。アンネリアがあなたを愛していると言うのなら、きっとあなたは噂とは違う、素晴らしい方なのでしょう。こちらこそ無礼な態度、お許しください。ようこそおいでくださいました、陛下。それからアンネリア、おかえり」
「僕は認めていないからな!」
にこやかに歓迎の言葉を言うお兄様の横で、エルジエル君が一生懸命ジゼルハイド様を睨みつけている。
その姿はまるで、警戒するコアリクイみたいで、大変可愛らしかった。
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