エルジェリア王国へ
私とジゼルハイド様は、皆に見送られてエルジェリア王国へと向かった。
本当は、先触れの手紙を出して、お返事をもらってーーなど、した方が良いのだけれど、雷帝閣下や氷帝閣下をお呼びして婚姻の儀式を行うことになっているため、あまり時間がない。
特にイルバトス様を待たせすぎると、「どうせ駄目だと思っていた」と、凶行に走りかねないという。
イルバトス様を支持している竜人の方々も多いため、なかなか難しいのだと、アドレイン様が溜息混じりに言っていた。
私としても、悠長に手紙のやり取りをするよりは、エルジェリア王国に行ってしまった方が早いと思う。
いきなりお城に向かうわけにはいかないけれど、 ユーヴェルハイム公爵家は私の実家である。
実家に帰るのに先触れなんて必要ないもの。
お兄様やお姉様、エルジエル君はきっと笑顔で私を受け入れてくれるはず。
ジゼルハイド様が一緒だから、ちょっとびっくりするかもしれないけれど。
でも、きっと大丈夫。
ジゼルハイド様は私の好きな人なのだから、きっと、私の家族だって好きになってくれると思うの。
ジゼルハイド様の背中の上で、私は出立前のレイニスとの会話を思い出していた。
「アンネリア様、失礼を承知で一つお願いがあるのですが……」
準備をしている私の元に、ラヴィーヌがレイニスを連れてやってきた。
レイニスはとても、もうしわけなさそうに言った。
「国にとって重要なことを調べるために王国に戻るアンネリア様に、こんなことを頼むのは申し訳ないのですが」
「なんでも言って? 王国のお土産が欲しいとかかしら」
「ある意味でそうなんですけれど……実は、カブトムシの世話の仕方が知りたくて」
「カブトムシの?」
「はい。アンネリア様の願い通りに、カブ次郎とカブ太郎は森に逃しました。けれど、私たちの間でカブトムシ相撲……? でしたか。あれが、少し、流行りつつありまして」
「竜人の方々は、小さい生き物を可愛がることはしないって聞いたのだけれど……」
「そうなのです。けれど、あの健気な姿を見てしまうと……是非、自分の育てたカブトムシを戦わせたいと欲が出てしまい、けれど、そもそも飼育方法を私たちは知らないのです」
「分かったわ、レイニス。王国に飼育方法をまとめた本があると思うから、持ち帰ってくるわね」
「ありがとうございます!」
レイニスとラヴィーヌは、口々にお礼を言ってくれた。
王国の民が皇国の森でカブトムシを密猟している問題も、どうにかしなければいけないわね。
ジゼルハイド様はカブトムシぐらい別に良いと言っているけれど。
やっぱり、そういうわけにはいかないもの。
私を背中に乗せたジゼルハイド様は、国境の森を抜けて、王都の城がある方角へと向かった。
森を抜けてまっすぐ南下すると、王都がある。
ユーヴェルハイム公爵家があるのは、王都のすぐ近くのユーヴェルハイム公爵領だ。
街を空から見下ろした経験なんてもちろんないのだけれど、それでもなんとなく見知った景色が目に入ってくると、私はジゼルハイド様にお願いして、公爵家の敷地内の森へと降りてもらった。
いきなり屋敷の前にいくわけにはいかないのよね。
だって、ジゼルハイド様は竜から人の姿になると、全裸になってしまうのだから。
初対面で全裸というのは、ジゼルハイド様は別になんとも思っていないかもしれないけれど、王国の方々にとってはよくない。
侍女やお姉様といった女性も多いのだし。
「ジゼ様、人に見つかる前にお洋服を着ましょう……!」
森の中で竜体から人間体の姿に戻ったジゼルハイド様が、のんびり景色を眺めている。
私はラヴィーヌの準備してくれた手荷物の中からジゼルハイド様のお召し物を取り出すと、いそいそとジゼルハイド様に着せた。
「まるで、逃亡者になったようだ。お前と二人で、国から抜け出して、逃避行をしているようで楽しいな、アンネ」
「楽しがっている場合じゃないですよ、ジゼ様。よし、なんとか誰かに見られる前に、お洋服を着ることができました!」
大きな体に背伸びをしながら服を着せて、帯を結ぶ。
ジゼルハイド様はその間ずっと、にこにこしながら私を見ていた。
巨大な竜が敷地内の森に降り立ったのだから、今頃屋敷は大騒ぎになっているでしょうね。
それに、森の動物たちも大騒ぎしているし。
鳥たちは慌てて飛び立って、野うさぎや穴熊や狸や狐たちなんかも、草むらの中を駆け回って逃げているのか、森自体がざわざわと騒めいている。
「さ、いきましょうかジゼ様。アンジールお兄様たちに会いにいきましょう。今日中にお城にお伺いをたてれば、明日にはきっとお城の図書室に行けるはずです。ジゼ様が一緒に来てくださったので、ジュード様は私たちを待たせる、なんてことはしないでしょうから」
「あぁ。……アンネ、俺に何か、気をつけることはあるか?」
「できれば、素肌を晒さないでください」
「素肌を晒すことは、恥ずかしいのだったな」
「そうですよ。それに、ジゼ様の体を……他の女性に見られるのは嫌です。だって、とっても素敵ですから、きっとみんな見惚れてしまうもの」
「……約束しよう、アンネ。服は脱がない。風呂の時はアンネと一緒に入るようにする」
「え?」
「それはそうだろう。こちらでの過ごし方を俺はよく知らないからな。粗相があっては困る。入浴の流儀も違うかもしれないが、人前では服は脱げない。アンネが一緒に入るしかないだろう」
「それは、そうかも……」
さも当たり前のようにジゼルハイド様が言うので、納得しそうになってしまう。
確かにそうかもしれないけれど、どうなのかしら。
実家に帰ってきて、ジゼ様と一緒にお風呂に入るというのは、良いのかしら。
でも、ジゼルハイド様は王国に来るのが初めてだもの。
不安にならないように、不自由な思いをしないように、私がそばにいてあげなければいけないわね。
なんだかちょっと、張り切ってしまう。
小さなエルジエル君のお世話をしていた頃を思い出す。
私、もしかしたら、誰かのお世話が好きなのかもしれない。
だって、大きな体のジゼルハイド様に甘えられると、なんだか嬉しくなってしまうもの。
私はジゼルハイド様の手を引きながら、勝手知ったる森の中を抜けた。
森を抜けると、青ざめているお兄様と、使用人の方々がずらりと並んでいた。
お兄様の足にくっつようにして身を隠していたエルジエル君が、私の顔を見るとすぐに「アンネリア!」と言って、顔中に笑顔を浮かべた。
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