竜人の悩み
しばらくの沈黙のあと、ジゼルハイド様は深く息を吐いた。
「本当は、あまり、話したくない」
「話してください。きっととても大切なことでしょうから」
「……仕方ない」
ジゼルハイド様は、本当に仕方なさそうにそう言った。
「この国は、悩みを抱えている。印をつけあい婚姻関係になる者が減っていることは話しただろう」
「はい、聞きました」
「生まれる子供の数が減っている。だが、それに加えて、新たに生まれる子供たちは、多くの場合病気を抱えている」
「病気? でも、ジゼ様、竜人の方々や病気や怪我とは無縁だって言っていた気がしますけれど……」
「今までは、そうだった。少しずつ、以前からその病気はこの国を蝕んでいたのだろうが、捨て置けないほどに増えたのは、つい最近のことだ」
「……どんな病気なのですか?」
生死に関わる病気を、生まれながらにして子供たちが患っているとしたら、それは大問題だ。
でもーーだとしても、私にできることは何かあるのかしら。
「鱗病、という。子供たちは人間体になっても、体に竜の鱗が残ってしまう。そのうち、人間体になることができなくなり、竜となる。竜にしかなれない竜人は……ただの竜。言葉を話せず、ひどい時には人間体の竜人を襲うこともある」
「そんな……そんなことになったら、ご両親は、とても辛いでしょう……?」
「あぁ。その病気が流行りはじめてから、元々、子供を産む竜人は減っていたのだが、さらに減った。俺はそれでも良いと思っていた。永遠などはない。いつかは皆、滅びる。竜人には滅びの時が来たのだろうと」
「……それが病気なら、きっと治す手段があります、きっと。私の両親の命を奪った病気も、今は治療することができるのですから」
「……氷帝イルバトスは、そう考えていた。あれは人間体至上主義者で、竜にしかなれない竜人がいること自体が許せないようだった。だから伝承に基づいて、お前たちの王国から人間を攫ってこようと画策していた」
「どういうことなのです?」
病気と、私たちを攫うことに一体どんな繋がりがあるのかしら。
私が首を傾げると、ジゼルハイド様は困ったように眉根を寄せて、嘆息した。
「……古い、伝承だ。かつて、ある王国の娘が、王国の守り神であった竜と番ったと。そうして、俺たち竜人が生まれたのだという」
「はじめて聞きました。王国にはそんな伝承はありません。今はもう、忘れられているだけかもしれませんけれど……」
「俺たちにとっても、それは伝承にしかすぎない。多くの竜人たちは忘れているような、神話だ。……だが、イルバトスは古い文献を読み漁り、その伝承を見つけたようだな」
「イルバトス様もきっと、必死だったのでしょうね。だって多くの新しい命が、……病を患っているのですから」
人間体至上主義者なのかもしれないけれど、イルバトス様の行動が間違っているとは思えない。
国のためを思い、どうにかしようとして行動していたのよね、きっと。
「俺にはあれが、そんなに良いものだとは思えないが。それに、アンネ……」
「やきもちは後にしてくださいな、ジゼ様。後で、たくさん甘えて良いですから」
「そうか……」
一瞬不機嫌になったジゼルハイド様の機嫌が、すぐになおった。
大きな子供みたいで可愛らしいわね。
今は可愛らしいけれど、後が、ちょっと怖い気もするけれど。
「……俺たちは、竜と人のまじりもの。だが、長らく人族とは関わらず、竜人同士で番ってきた。そのせいで人の血が薄れ、鱗病の子供が生まれるのだとイルバトスは考えていた」
「そうなのでしょうか……」
「分からない。だが、イルバトスは王国から何人かの女性を浚い、子を産ませてみると。竜人が生まれるのなら、やはり自分が正しいと証明できると息巻いていた」
「攫わなくても良いのに……でも、そうですね。事情を話しても、竜人の元に行こうと思う王国の女性が、いるかどうか」
王国の人々は、竜人の方々を恐れている。
それに、炎帝ジゼルハイドとは、化け物だと噂していた。
今の私は、それは間違いだって分かるけれど、この国に来るまでは私だって竜人の方々についてよく知らなかったもの。
「俺たちは人族についてよく知らず、人族もきっと俺たちを恐れているだろうと考えていた。何せ、森で出会ってもすぐに逃げてしまうぐらいだしな。……良好とは言えない状態で、人族の女性を拐いなどしたら、それこそ、戦争になりかねない。……過去の過ちを、もう一度繰り返す羽目になる」
「……過去の過ち、ですか?」
「あぁ。……それについては、今はいい。ともかく、俺はギルフォードたちと相談をして、イルバトスに待つように命じた。俺が王国に打診して、人族の女性を娶る。正式に妻になってもらい、子を成そうと。……病の子供が生まれないのだとしたら、イルバトスが正しい」
「それで、私はこの国に来たのですね」
「あぁ。だが、残酷なことをするつもりはなかった。……アンネが泣いて逃げたいと言うのなら、国に帰そうと思っていたのは本当だ。極力お前が安らかに過ごせるようにとは、気をつけていたが」
「確かにとっても優しくして頂きました」
「これを話すと、打算に聞こえてしまうから、嫌だったんだ。俺がしくじれば、イルバトスが業を煮やして人族を拐いかねない。それは理解していた。だが、俺はお前が欲しかった。それと同じぐらいに、お前を傷つけたくなかった」
どことなく、苦しげにジゼルハイド様はそういった。
私はジゼルハイド様の大腿の上で移動して、馬乗りになるようにしてジゼルハイド様に真正面から向き合って、跨った。
それから、じっと、ジゼルハイド様を見つめる。
見つめるというか、睨みつけた。
「ジゼ様!」
「それは、威嚇だな、アンネ」
「ええ、威嚇です。怒っているアンネリアのポーズです、ジゼ様!」
「やはり、怒らせてしまったか……」
「それは怒るわよ! どうしてそんなに大切なことを、一番最初に話さないの!」
私は、ジゼルハイド様の両頬を指で摘んで、ぐいっと引っ張った。
多分そんなに痛くないと思うけれど、頬がちょっと伸びた。
「私を大切にすることよりも、愛し合うことよりも、一番大切なのは病気を治すことでしょう? ジゼ様のことが好きでも嫌いでも、私はジゼ様に協力したわよ。だってそれは竜人の方々にとって、一大事じゃない! 放っておいたら、悲しむ竜人の方々が、それから、病を患う子供たちが、どんどん増えていってしまうもの……!」
「急いだとして、どうにかできる問題ではない。……俺にとっては、アンネからの信頼を勝ち取ることの方が重要で、もっと重要なのは……お前を傷つけないことだった」
「それは、嬉しいですけれど……でも、ジゼ様。すぐにお城に帰りましょう。まずは、一緒に文献を読みましょう? 何か、良い考えが浮かぶかもしれないもの。もちろんジゼ様との子供は欲しいですけれど、子供が生まれるまで待つことなんてできません」
「……帰るのか?」
「帰ります。ジゼ様と私には、やることがあるのですよ」
「子作りではなく」
「それも大切ですけれど……!」
「……あぁ、分かっている、アンネ。……俺の元に来てくれたのが、アンネで良かった。……今まではあまり興味がなかったが、……お前と生きるこの国が、平穏であれば良いと、今は俺も思っている」
私はジゼルハイド様の肩に手をかけて背伸びをすると、その額に、打ち明けてくれた感謝と愛情を全部込めて口付けた。
ジゼルハイド様は私の胸に顔を埋めて、「しかし、お前に会ってからずっと考えていたが、巨大な竜と小さな人がどのように交わったのだろうな」と不思議そうに言った。
私は頬を染めながら「知りませんよ……」と小さな声で答えた。
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