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炎帝ジゼルハイドとの邂逅



 赤い竜人の女性たちは私を皇都カタストロニアへと連れていった。

 国境のどこまでも続くような深い森を越えると、眼下には街道と街道をつなぐ街が点在していて、広大な国土の中心に天まで貫くような切り立った岩山がある。

 岩山の上はまるでお皿のように平たい土地になっていて、王都が丸ごとすっぽり入ってしまうぐらいに広い。

 山の上に広がる大地に、街があり、城がある。

 お城というよりは、神殿に近い形をしているだろうか。

 黒を基調にした落ち着いた色合いのお城の中庭へと、赤い竜は降り立った。

 そして私はジゼルハイド様の待つ謁見の間へと案内されてーーカブトムシを食べるのかと聞かれたわけである。


(カブトムシ……カブトムシってあれよね、あの、ツノがある虫の……エルジエル君が好きなやつよね)


 思わず大声で否定してしまった私は、自分の口を両手で押さえながら、カブトムシについて真剣に考えた。

 カブトムシってなんだったかしら、新手の食べ物だったかしらというところまで考えて、そんなことはないと即座に否定する。

 エルジエル君がテーブルに乗せて、カブトムシ同士を戦わせて遊んでいる姿を思い出した私。

 あれよね。カブトムシ。

 それにしても、初対面なのにジゼルハイド様に対して礼儀のない口のききかたをしてしまったわよ。

 即行で捨てられるとか、首を落とされるとか、したらどうしよう。

 最悪、怒ったジゼルハイド様が王国に戦争を仕掛けるとかーーカブトムシが原因で。

 あってはならないことよ、私。気をつけなければ。

 まさかそんなことを聞かれると思わなかったから、気が抜けてしまったみたいだ。


「そうか、食わないのか。俺は王国の民について詳しくない。知ることができて良かった」


 ジゼルハイド様は特に怒った様子もなく、口元に手を当てると、ふむ、みたいな感じで頷いた。

 敵意も威圧感もないし、質問も、純粋な質問だったみたいだ。馬鹿にされているわけでもなさそう。

 私はジゼルハイド様の姿を顔を上げて真っ直ぐ見つめた。

 座っているのに、視線が私と同じぐらいのような気がする。

 王国で暮らしているときは自分が小柄だと思ったことはなかったけれど、竜人の方々の体格がとても良いものだから、まるで私が子供みたいに小さく感じられる。


(確かに、私を肩に乗せて歩けそうだわ……それぐらい大きいわね)


 私が口にした男性の理想そのままの姿ではあるけれど、相手は竜人。

 炎を吐く竜である、おそろしい炎帝陛下。

 気を引き締めないといけないわ。王国に残してきたお兄様たち家族を守るためにも。


「それなら、砂糖水は飲むのか?」


「私はカブトムシは食べないし、カブトムシでもないわよ!」


 どうしてそうカブトムシにこだわるのかしら……!

 どうしよう、再び大声で否定してしまったわよ。

 だってエルジエル君が、カブトムシに砂糖水をあげているのを隣で見ていたから。

 あまりにもカブトムシから離れてくれないから、つい。


「違うのか……砂糖の類は、その小柄な体には毒になるのかもしれないな。気をつけるように、料理人に言おう」


 ふむふむと、私の生態について調べてくるジゼルハイド様に、私は内心(犬とか猫でもないんだけど……)と思いながら、先に謝ることにした。


「申し訳ありません、陛下……失礼な態度をとってしまって」


「どのあたりが失礼だったのだろうか。アンネリア、そう畏まらなくても構わない」


 名前を呼ばれて、どきりとした。

 どうして私の名前を知っているのかしらと一瞬思ったのだけれど、先ほど挨拶をしたことを思い出す。

 ちゃんと覚えてくれていたのね。

 興味本位で王国から女を一人呼び寄せて、何十番目かの側妃にするか、妾にするのかしらとも思っていたのだけれど。

 自分の名前さえ誰も呼んでくれない環境が待っていることを、少しだけ考えていた。

 だから、名前を呼ばれたことが、少し嬉しい。


「ところでアンネリア、それならお前は何を食べるんだ? ひまわりの種などだろうか」


「……あの、ご飯を食べます。普通の……普通のといっても、よくわかりませんよね。パンとか、お米とか、パスタとか、それから、野菜とか、お肉やお魚を食べます」


 あらためて説明するのはとても難しいわね。

 私は野鼠とかでもないわよ、と言いたいところだけれど、確かに私も竜人の方々が何を主食にしているかなんて知らない。

 竜になったらあの大きさだ。お肉とか食べるのかしらね。牛を一頭丸呑みにしそうなぐらいには大きいのだけれど、それを尋ねるのは失礼にあたるのだろう。


「そうか。量は? これぐらいか」


 ジゼルハイド様は指先で何かをつまむような仕草をした。

 豆一個分ぐらいである。

 いえ、ジゼルハイド様の手は私よりもずっと大きいので、豆一個分というよりは、パン一枚分という感じだ。


「あ、あの、ジゼルハイド様、お食事について気にしてくださるのはとても嬉しいのですけれど、……その、出されたものはできるだけいただきたいと思っています」


 エリカテーナお姉様の教えが、私の体には染み込んでいる。

 生き物をいただくのだから、残してはいけないのよ。

 私は基本的には好き嫌いはないし、こちらのお食事にもすぐ慣れるはずだ。


「アンネリア、それはいけない。お前たち人間は、あまりにも小さい。妙なものを口にしたら、すぐ死ぬかもしれんしな」


「だから虫じゃないって言ってるでしょ! お塩もお砂糖も大丈夫よ、そう簡単には死なないわよ!」


 私は再びハッとして口をつぐんだ。


「……そ、そう簡単には、死んだりしませんのよ……?」


 あわてて取り繕うと、ジゼルハイド様は何かを考えるようにして目を伏せて、それから穴が開くぐらいにじっと私の姿を見据える。

 私は落ち着かない気持ちになって、視線を彷徨わせた。

 おかしいところ、ないわよね。

 長旅だったけれど、謁見の間に入る前に、髪は整えてきたし。

 服も、お姉様が準備してくれた淡い水色の大人っぽいワンピースだし。

 もしかして、ドレスの方が良かったかしら。でも、移動が長いからとドレスはやめたのよね。途中でどこかに引っ掛けたりして破けたら、迷惑をかけてしまうと思って。


「そのように、言葉を口にしてくれるのだな、アンネリア。怯えて一言も発してくれないものと考えていた。……その、近くに行っても良いだろうか」


 思いがけない言葉をかけられて、ぐるぐる色々と思考を巡らせていた私は、驚いて目を見開いた。


「は、はい……!」


 拒否権は、私にはないわよね。

 何かされるのかしら。

 何か、されるかもしれないわ。

 私ももう十八歳。経験はまるでないけれど、ある程度のことなら知っている。お姉様から色々と教えてもらっている。

 ジゼルハイド様には私を自由にして良い権利があって、私はそれに従うしかない。

 想像していたよりも穏やかで、気安く話をしてくれる方という印象があるけれど、もしかしたら私の体を今ここで検分するとか、そういうことがはじまるのかもしれない。


「アンネリア。先ほどからずっとお前を小さいと思っていたが、本当に小さいな」


 ジゼルハイド様は私の正面に立った。

 それから自分と私の身長差を確かめるようにして、私の頭の上に手を置いた後、その手を移動させて自分の胸へと持っていく。

 私も小さいかもしれないけれど、ジゼルハイド様が大きいんだと思うのよ。

 私の背丈は確かに、ジゼルハイド様の胸の下ぐらいまでしかなかった。

 ジゼルハイド様は何度かその仕草を繰り返して、それから、まじまじとご自分の手を見つめる。


「……アンネリア、今、俺はお前の頭に触った」


「え、ええ……」


「痛くはなかっただろうか。まさか、首の骨が折れたりは……」


「頭を触られたぐらいで首の骨が折れたりはしないわよ!」


 本日何度目か、強めの口調で言い返してしまった私。

 やってしまったと、両手に顔を伏せる。


「ぁあ……」


「どうしたんだ、どこか痛むのか、やはり首の骨が……すぐに横になろう、アンネリア。医者に見せなければ」


「元気ですから、大丈夫です」


 ごめんなさい、お兄様、そしてお姉様。

 せっかく大切に育てていただいたのに、淑女としての教育をまるっとどこかに置いてきてしまったみたいだ。

 ジゼルハイド様は表情こそさほど変わらないけれど、なんだか狼狽しているように見えた。

 私に伸ばそうとした手を、引っ込めることを繰り返している。

 もしや触ったら骨が折れると思っているわね。

 一体何のために私をここに呼び寄せたのかしら。触ると骨が折れるぐらい脆いと思っている私を妾にするつもりだとか、どうかしていると思う。



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