突撃となりの男子風呂
それとなく、ごく自然に、ジゼルハイド様とお近づきになるためにはどうしたら良いのかしら。
(距離は近いといえば近いのだけれど、そういうことではないのよね)
私のために入浴の支度をしてくれているラヴィーヌを椅子に座って眺めながら、私は考えている。
後宮の私の部屋には、お風呂もついている。
公爵家では入浴のためには使用人たちがお湯を沸かしてくれたり、溜めてくれたりと、準備までに時間がかかるものだった。
けれどこの国では動力源の竜の涙のおかげで、お湯は蛇口を捻ると出るものなので、湯沸かしというのはかなり簡単なのだとラヴィーヌが教えてくれた。
私は一人用の浴室を使用しているけれど、ラヴィーヌたち城で働く方々は、広い共同浴場を使用するらしい。
共同浴場は、常に新しいお湯が沸いている場所で、私が入るには大きすぎるのだと教えてくれた。
「ラヴィーヌ、ジゼ様はどちらで入浴を済ませているのかしら」
「陛下には、陛下用の浴場があるのですよ。陛下以外は誰も入ることができません」
「確かに、私のお部屋のお風呂は、ジゼ様には小さすぎるものね」
「こちらはアンネリア様を迎えるにあたって、全体的にお部屋のつくりを小さくしていますので」
「私のために?」
「ええ。家具や浴室などは、全体的に小さく、との指示で新しく作られた部屋なのです」
「なんだか申し訳ないわ」
「花嫁を迎え入れるのですから、当然です」
「今のところ、花嫁ではなくて、珍しい動物って感じだけれど……」
「陛下はアンネリア様を迎え入れるまで、浮いた話一つない方でしたから。愛を囁くのは不得手なのでは、とも考えられますが……とはいえ、陛下も二十五歳の成人男性。不得手なだけで、色恋に関心がないわけではないとは思いますけれどね」
「ジゼ様、お若いのね」
もっと年上のようにも見えるけれど、それは、佇まいが落ち着いているからかもしれない。
「ええ。即位なさったのは二十歳の時。先代の皇帝陛下が崩御されたのち、当時力を持っていた雷帝閣下と氷帝閣下を圧倒的な力でねじ伏せて、即位されました。ジゼルハイド様は先代皇帝陛下の息子ではありますが、竜人にとって大切なのは強さなので、雷帝閣下や氷帝閣下に負けていれば、即位することはなかったでしょうね」
「そうなのね……血筋が大切というわけではないのね」
「血筋というのは、あまり重要視されません。その時の戦いの様子を、この国の者たちは皆見ています。ジゼルハイド様が、炎帝と呼ばれるようになったのはそれからですね。炎を纏う竜の姿に、畏怖と同時に尊敬の念を、皆、抱いています」
「素敵だわ」
私は目を閉じてうっとりした。
竜となれば、きっともっと大きいわよね。
背中に乗せるなど、お願いしたらしてくれるかしら。
「…………それだわ!」
「どれでしょう」
私は椅子からいそいそと立ち上がった。
うっとりしている場合ではないわね。
不思議そうにラヴィーヌが尋ねるので、私はラヴィーヌにひそひそと思いついたことを提案した。
ラヴィーヌは、頷きながらそれを聞いて、「ではそうしましょう」とあっさり同意してくれた。
私はこそこそと、後宮の廊下を歩いている。
壁に体をくっつけて、抜き足差し足忍足で歩く私の背後を、ラヴィーヌとレイニスも私と同じように、足音を立てないようについてきてくれる。
「アンネリア様、そこを右。そして、次の曲がり角を左。陛下の浴場は、そちらに」
ラヴィーヌが道案内してくれるので、私は力強く頷いた。
「ありがとう、二人とも。健闘を祈っていて」
「あの、アンネリア様、なぜ、一緒に入浴をする必要が……?」
「ジゼ様と親しくなるためよ。お背中をお流ししますね、旦那様と言いながら、さりげなく中に入って、私が女だってことに気づいてもらうの。もちろん、すごく、すごく恥ずかしいけれど、良い考えだと思っているわ」
「良い考えです、アンネリア様」
「……私は心配です、アンネリア様」
全面的に私を支持してくれるラヴィーヌとは対称的に、レイニスは不安そうだ。
私も不安ではあるけれど、他に良い考えも思い浮かばないし。
まずは行動あるのみよね。
ジゼルハイド様は会議が終わって、私の元に来る前に湯浴みに向かわれたとラヴィーヌが確認してくれている。
だから今、浴場に行けば会うことができる。
ラヴィーヌとレイニスに見送られて、私は扉をくぐって浴室へと入った。
いつもはラヴィーヌが入浴を手伝ってくれるけれど、脱いだり着替えたりは一人でもできる。
広い脱衣所の床には、ジゼルハイド様のお洋服が雑然と散らばっていた。
結構、雑な脱ぎ方だった。新しいお洋服やタオルなどは、長椅子の上にきちんと畳まれて並べてあるので、これは侍女の方々が準備してくれたものだろう。
私は長椅子の端にラヴィーヌから渡された着替えを置くと、いそいそと自分の服を脱いで、畳んで、脱衣所の端っこに置いた。
それからタオルを体に巻いた。さすがに堂々と全裸でお風呂に突撃するのは憚られた。
「さりげなく、自然に……それとも、たまたま間違えて入ってきちゃった、みたいな方が良いのかしら……」
脱衣所から続く扉の前で、私は立ち止まる。
深呼吸を一つすると、扉を開いた。
扉の先は、湯気が立ち上っていて、白く濁っている。
視界があまり良くないけれど、とりあえず行くしかない。ここまで来たのだ。ここで引いては、女が廃るというもの。
廃るのかしら、よくわからないけれど、ともかく私は頑張ると決めたのだから。
意を決して一歩踏み出したところで、足元に地面がないことに気づいた。
温かいお湯に、足先がふれたと思ったら、踏み出した先に底がない。
「ひぇ……っ」
情けない悲鳴とともに、私はお湯の中に落ちた。
そう、文字通り落ちた。
どぼんと音を立てて落ちた私を、お湯が包み込んでいる。
すごく深い。底がないぐらいに深い。
いえ、底はある。
私の足が届かないだけで。
心の準備ができていなかった私は、お湯の中で慌てた。
足はつかないし、掴むところもないし、目も開けられないし、息苦しい。
「アンネ!」
溺れるーーと、思った。
けれど、私の体はすぐに力強い腕によって抱き上げられる。
お湯の中からぷは、と顔を出すと、表情こそあまり変わらないけれど、物凄く狼狽したように揺らめいているジゼルハイド様の瞳と目があった。
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