竜人の習性
敵を知るためには、まず味方から。
今のところみなさん私に優しくしてくれるけれど、立場を考えてばかりいた私は余計なことを聞かないようにしていたのも事実だ。
「これから、第一回ジゼ様に私を好きになってもらおう大作戦の作戦会議をはじめるわね」
朝食の後、ジゼルハイド様を政務室にお見送りして、私はお部屋に戻ってラヴィーヌとレイニスさんをお部屋に招いた。
ジゼルハイド様は、午前中は私と一緒にお仕事をして、午後から街を案内してくれるつもりだったらしい。
私が一緒に政務室に行くのをやんわりとお断りすると、少し悲しそうな顔をしていた。
思わず抱きついてしまいたくなったけれど、断腸の思いでジゼルハイド様を振り切ってきた私。
お部屋に戻って声たからかに宣言すると、ラヴィーヌとレイニスさんは顔を見合わせた。
「アンネリア様、陛下はアンネリア様のことを大切にしているのではないのですか?」
「まさか、昨晩ひどいことをされたのですか? アンネリア様の心身の健康によろしくないような何かを?」
レイニスさんがやや殺気だった険しい表情を浮かべた後、ラヴィーヌもあまり表情は変わらないながら、眉を寄せて言った。
「違うの。何一つ起こらなかったから、困っているのよ」
「何一つとは」
レイニスさんが首を傾げた。
「一緒のベッドで、添い寝をしてもらったの。それはもう、親鳥が雛を温めるぐらいの完璧な添い寝だったわ」
「愛の言葉を囁いたり、体に触れたりなどは」
確認するように、ラヴィーヌが言う。
「一切なかったわ。それでね、ラヴィーヌとレイニスさんに聞いておきたいことがあって」
「アンネリア様、ラヴィーヌはラヴィーヌと呼んでいるのに、私はレイニスさん、なのですか。とても寂しい。侍女と兵士の心の距離の差なのでしょうか、今から私も侍女になります」
「レイニスさん、落ち着いて」
「レイニスさん……」
「じゃ、じゃあ、レイニス」
「はい!」
レイニスさん、もとい、レイニスは、嬉しそうに笑った。
ラヴィーヌが呆れたように肩をすくめたあとに、口を開く。
「アンネリア様が尋ねたいのは、竜人の愛欲の有無について、ですね」
「愛欲……い、いえ、そんな急に、そんな踏み込んだことを聞きたいわけではなくてね」
「単刀直入に言わせていただくと、あります。愛し合うもの同士で、というのはもちろんですが、苛立ちや怒りを鎮めるために、特定の恋人を作らずに、適当な者と体を触れ合わせることもあります。男女のこだわりなく、ですね」
「そ、そうなの!?」
かなりの衝撃だわ。
そんなことってあるのかしら。
いえ、でも、ここは国が違うのだし、常識も作法も違うわよね。
つまり、ジゼルハイド様には妻はいないけれど、そういうことをする相手はたくさんいるということかもしれないわね。
それは、私に興味なんて持てないわよね。
だって、周りは豊満な美女ばかりなんだもの。
その上ラヴィーヌは、男女のこだわりなく、と言ったわよね。
もしかしたらジゼルハイド様は豊満な美女よりも、豊満な男性に惹かれるという可能性もあるのだわ。
どうしよう。
「しかし、ラヴィーヌ。陛下は、アンネリア様に食事を食べさせていると聞いたが」
「ええ、そうです。だから私もてっきり、昨日はアンネリア様がおびえてしまうぐらい暴虐に、アンネリア様を食べてしまうとばかり思っていたのです」
「食事を食べさせるのに、アンネリア様に愛も囁かないとは、どういうことだ」
「婚姻の儀式には、雷帝閣下と、氷帝閣下もいらっしゃいますから、それまでにどうにかしていただかないと、アンネリア様を奪われかねません」
「特に、氷の方は人間体至上主義者だからな。アンネリア様を見たら必ず欲しがるだろう」
レイニスとラヴィーヌが深刻な表情で話し合っている。
完全に置いてけぼりになっている私は、気になることを尋ねようと、口を挟んだ。
「あの! ……お食事を食べさせていただくというのは、こちらの国の流儀ではないの? 夫婦になると、必ずそうするとか、そういう決まりなのかと思っていたのよ」
「そんな恥ずかしいこと、する者はいませんよ」
レイニスが、とんでもない、というような表情で両手を振った。
それから、真剣な声音で続ける。
「アンネリア様、私たちにとって食事を食べているところを見られるというのは、性行為よりも恥ずかしいのです」
「え?」
「物を口に入れて食べているところを男に見られたら、私などはその男を半殺しにしようと考えるぐらいです」
レイニスは腕を組んで、眉を寄せる。
半殺しというのは、半分殺すという意味よね。
レイニスは強いらしいので、並の男性ではきっと敵わないのでしょうけれど。
でも、やりすぎな気がするわね。それぐらい、恥ずかしいということかしら。
「つまりですね、アンネリア様。それほど恥ずかしい食事行為を、陛下はアンネリア様に強いているのですよ。随分なことをなさると、思っていましたが、愛ゆえでは仕方ないのかと侍女一同、意見をせずに見守っていました」
ラヴィーヌが口元に指を当てると、軽く首を傾げた。
「それに。もしかしたら、アンネリア様の国では男性が女性に物を食べさせるのは当たり前のことかと」
「ち、違うわ。恥ずかしいけれど、この国の作法だと思って……で、でも、食べさせていただくのは恥ずかしいけれど、食事自体は恥ずかしくないのよ。ラヴィーヌたちは、どうして食事を取るのを見られるのが恥ずかしいの?」
「私たち竜人の舌は、魔力の源である紋があるのです。食事を見られるというよりは、食事の時に口を開けて、舌の紋様を見られるのが恥ずかしいのですね。それは、心臓を直接握られているようなものなのです」
「飲み物を飲む時にはそこまで大きな口を開けませんから、やはり恥ずかしいのは食物を咀嚼する時、ということになります」
レイニスが、頬を染めながら私に舌を見せてくれる。
確かにそこには円形で幾何学模様の浮かんだ紋様が描かれていた。
すぐに舌を引っ込めて、レイニスは恥じらったように赤くなった頬を両手で覆った。
「もちろん、友人や家族や恋人、ごく親しい間柄でなら食事を共にすることはありますけれどね。けれど、食べさせるという行為は……私たちにとってはそれはもう、死にたくなるぐらいに、恥ずかしいのですよ」
「見せてくれてありがとう、レイニス。……それについては、理解したわ」
「人族には魔力がないとお聞きしました。つまり、舌に紋様もないのですね」
照れてしまって黙り込んだレイニスの代わりに、ラヴィーヌが聞いた。
「そう。でも、恥ずかしいのよ。これは、ジゼ様と話し合ってみるわね」
「陛下は楽しんで食べさせる、という行為をおこなっているのではないでしょうか」
「わからないけれど……私のためを思って、嫌々そうしてくれているという可能性もあるもの。それから……その、もしかしたら私、氷帝閣下に気に入られるかもしれないのかしら」
「これが一番由々しき問題ですよ、アンネリア様。私たち竜人はそれと決めた相手と合意の上で番った場合に限り、相手が自分のものであるという印をつけるのです」
「印?」
「ええ。舌の紋様は、そのためにも使用します。印がない竜人は、つまり、夫や妻がいないと見做されます。私たちは適当な相手と苛立ちの解消のために同衾することがありますが、印のあるものはその対象には入りません。それはすでに誰かのものですので、手を出さないという決まりです」
「つまり、まだ印がない私は、妻ではないと見做されるのね……?」
「ええ、そうですアンネリア様。氷帝閣下に気に入られて、陛下よりも先に印を付けられたら、アンネリア様は氷帝閣下の物になってしまいます。こうなると、誰も手出しができません。そういう決まりなのです」
「……そう。……ジゼ様は、それでも構わないと思っているのかもしれないわ……」
夫婦になりたいと意気込んでいた気持ちが、急に萎んでしまったようだった。
元気をなくした私の両肩を、ラヴィーヌが掴む。
「陛下は……なんと言えば良いのか、あまり他者を寄せ付けないところのある方でした。けれど今は、アンネリア様といると、穏やかな表情を浮かべておいでです。アンネリア様のことが好きなのですよ」
「そうですよ、アンネリア様! 我慢しているだけですよ、きっと。アンネリア様を傷つけてしまわないように」
レイニスもラヴィーヌと一緒に応援してくれた。
そうかしら。
でも、妻はいないけれど、愛を交わす相手が他にいる可能性は十分あるわよね。
「陛下とて男ですから。そのうち、きっとアンネリア様に対する欲望を抑えられなくなるかと」
「……うん。何もする前から、落ち込んでいたらいけないわよね。私、頑張ってみるわね」
「私たちも協力します!」
「頑張りましょう、アンネリア様」
私はうん、と頷いた。
味方というのは、心強いわね。
とりあえず、昼食の時に誤解をときましょう。
もしかしたら私の食事について、ジゼルハイド様は何か思い違いをしているかもしれないもの。
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