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おだやかな眠りとアンネリアの決意



 ジゼルハイド様の腕が私の体にまわり、大きな手のひらが私の背中を撫でている。

 私の髪に顔を埋めているジゼルハイド様の呼吸が体に触れて、重なり合った皮膚を通して心音が伝わってくる。


「ジゼ様……」


「おやすみ、アンネ」


「ま、まだ、眠くありません……お話、もう少し、お話を……」


「明日も、明後日も、話そう。よく眠らないと、明日に障る」


「でも……」


「何か、気になることが?」


 落ち着いた低い声音が、子守唄のようだ。

 記憶はないけれど、お父様というのは、こんな感じなのかしら。

 ではなくて。

 ジゼルハイド様の体温や大きさに父性を感じている場合ではないのよ、私。

 背中をぽんぽんしないで欲しいのよ。眠くなってきちゃうじゃない。


「ジゼ様……」


 瞼が重たい。

 普段考えないことを色々考えたり、慣れない感情に戸惑ったりしていたせいか、慈しむように触れられ撫でられると、体の力が抜けてしまう。

 緊張が安堵に変わった途端に、抗えない睡魔に襲われる。


「……おやすみ、なさい」


「あぁ。良い夢を」


 目をふせると、思考回路がぼんやりと霞みがかった。

 夢の中で、ジゼルハイド様は私に微笑んで「愛している、アンネ」と言って、私の首筋に口付けてくれた。

 口付けは、首筋や鎖骨、胸の上へと落ちていく。

 大きな手のひらが私の寝衣をたくし上げて、薄い腹や太腿に触れる。

 ふるりと震える私をジゼルハイド様は抱きしめて「力を抜いて」と優しく囁いた。

 とろりと滴る鮮血のような瞳が、熱心に私を見つめている。

 唇が、重なる。

 抱きすくめられて、口付けられてーー私は。


 私はーー目を覚ました。


(なんだかすごい夢を見たわ……)


 ぱちりと目を開くと、ジゼルハイド様の破壊力の高い秀麗な寝顔や、はだけた寝衣からのぞく逞しい胸や腹部が視界に広がる。

 筋肉の隆起した胸やお腹を、私は思わずぺたぺたと触った。

 思ったよりもやわらかい。筋肉なのだから、もっと硬いのかと思っていたわ。

 あたたかく、呼吸のたびにゆっくりと動く胸や腹は、私とはまるで形が違うけれど、血の通った肉体だと手のひらを通して伝わってくる。


(何も起こらなかったわ……何も起こらなかったのに、あんな夢を見るとか、すごく、期待しているみたいじゃない、私……)


 まさか、欲求不満なのかしら。

 いえ、もちろん詳しく知っているというわけではないのよ。

 でも何も知らないというわけでもないの。

 結婚する予定なんてひとつもなかったとはいえ、一応公爵家の長女だもの。

 淑女としての教養は一通り身につけている。その中に、褥教育も、あるにはあったもの。


(ジゼ様の方が胸が大きいわね。私よりもよっぽど大きいわ。だからかしら……)


 やっぱり子供だと思われているのかしら。

 私はジゼルハイド様よりもずっと小さいし、竜人の女性たちに比べたら大人と子供、みたいだし。

 子供と思われているならまだ良いのよ。


(そもそも、虫を食べると思われていたし、ベッドから落ちたぐらいで死ぬんじゃないかっていうぐらい心配されたし、抱き上げて運ぶのも、転んだら骨が折れるとか思われているからかもしれないし)


 ジゼルハイド様の元に来てから起こったことを、私は一つ一つ考えてみる。


(温度管理とか、湿度管理にも気を配ろうとしていたわよ。それに、ご飯も毎回食べさせてくれるのよね。これは、もしかしたらこちらの流儀なのかもしれないのでよくわからないけれど)


 婚姻の儀式の準備はすると言っていたけれど。

 それに、花嫁だと、言ってくれたけれど。

 これには何か、私には話すことのできない理由がありそうだし。


(ジゼ様は、私を見ていると癒やされると言っていたけれど……これは、お兄様が飼っているお気に入りのカブトムシの、ヘラクレス三世に向ける気持ちと同じなのではないかしら……)


 もしくは、孤児院の子供たちが子犬を抱き上げてよしよしする感情と同じ。

 さては、私。

 珍しい動物だと思われているわね。


「アンネ、……まだ、眠っていて良い」


 ジゼルハイド様の胸の筋肉をぺたぺた触っていたせいで、起こしてしまったらしい。

 薄く目を開いた後に、眠そうに言って、私を抱きしめてくるジゼルハイド様の力強い腕の中で、私は眉を寄せた。


(そんなに女としての魅力がないのかしら……小動物的な可愛さは感じてくださっているかもしれないけれど、それは私のことが物珍しくて、小さいからだわ)


 そんなことを言ったら、私のような人族の女などジゼルハイド様に比べたらみんな小さいので、全員可愛いということになってしまう。


(このままではいけないわよね……)


 腕の中は、心地良いけれど。

 でも、私は。やっぱりジゼルハイド様が好きだ。

 好きだから、私のことも、好きだと思ってほしい。

 女として、好きになってもらいたい。

 口付けだってして欲しいし、もっと、その先も、して欲しい。

 何かしらの理由があるにしても、飼い犬とか、飼いカブトムシとか、飼いウサギとか、ともかく小動物ではなくて、夫婦になりたい。


(珍しい動物って思われているかもしれないけれど、でも……優しくしてくださったもの。責任、とってもらわないといけないわ)


 そもそも花嫁が欲しいと言って、私をこの国に呼んだのはジゼルハイド様だし。

 優しくして、期待させておいて、さらに言えば、私の初恋を奪っておいて。

 実は愛玩動物だと思っていましたなんて、許されないのよ。

 私はジゼルハイド様の胸に、ぴったりと自分の頬をくっつけた。

 ゆったりとした心音が聞こえる。

 やっぱり、私ばかりがどきどきしているのね。

 頑張らなきゃ、私。

 このまま流されていては、そのうち竜人の美女に、ジゼルハイド様を奪われてしまうかもしれないもの。



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