酩酊と解毒
ジゼルハイド様は急いで東屋に戻ると、私を大きな長椅子の上に寝かせてくださった。
私、元気なのに。
体がぽかぽかして楽しい気分というだけで元気だから、横にならなくても良いのだけれど。
寝かされた私の横に座って、ジゼルハイド様は私の額に手を当てた。
私の顔がすっかり隠れてしまうぐらいに大きな手に額を包まれるようにされると、ひんやりして気持ちが良い。
「ん……ジゼ、さま、気持ち良い、です」
私は手のひらに自分の手を重ねて、手のひらに頬を擦り付ける。
大きいって良いわね。手を触れ合わせるだけで、なんだか安心できるもの。
「アンネ。……すまない、お前たちは魔力を持たないのだな。紅仙桃果は、果実に魔力が含まれている。微量だが、お前の体も魔力の影響を受けているようだ。苦しくはないか」
「大丈夫です、ちょっと体があつい、くらいで」
「食べるものには気をつけなければと考えていたのだが、俺の失態だ」
「ジゼ様、美味しかったし、私は平気で……」
「お前の体から、魔力を抜く。少し辛いかもしれないが、我慢できるか?」
なんだかよくわからなかったので、私はこくんと頷いた。
私は大丈夫な気がするのだけれど、魔力というのは私にとっては毒のようなものなのかしら。
だとしたら、あの果物は美味しいけれど、食べてはいけないのね。
たくさん食べたら私も不思議な力が使えるようになるのかと思ったけれど、そんなことはないのかしらね。
「苦しかったら、俺に捕まっていて良い」
長椅子に寝転ぶと、東家の広い天井が見える。
テーブルの上には林檎や葡萄といった見慣れた果物が並んでいる。
私を見下ろすジゼルハイド様の長い黒髪が私の顔に触れるのがくすぐったい。
宝石のような赤い瞳が、心配そうにゆらめいている。
ジゼルハイド様は私の胸の上に、そっと手を置いた。
「アンネ、すぐに終わる」
言葉と共に、体の中に何か私ではないものが入り込んでくるのがわかる。
それは私の皮膚の裏側を這い回り、体の奥まで圧倒的な力で蹂躙するように弄られているようで。
はじめての感覚に、私は混乱しながらジゼルハイド様の手首をぎゅっと握った。
「ジゼ、さま、これ、なに……っ」
「悪い。耐えろ」
「ん……っ」
苦しげな声音に、ジゼルハイド様の気づかいを感じる。
本当は、こんなことしたくないのよね、きっと。
だって、私のことをずっと心配してくれていたのに、自ら苦しめるとか、嫌、よね。
私は奥歯を噛み締めて、余計な声をあげないように耐えた。
暴虐に体の奥のやわらかい何かを奪われていくような感覚はどこか切なく苦しいけれど、私は大丈夫だって、笑ってさしあげたい。
どうしてそう思うのか自分でもよくわからないけれど、でも。
「っ、………く、ぅ」
泣きたいわけじゃないのに、目尻に涙がにじむ。
体の中にあった何かがするすると抜けていく感覚と共に、指先から力が抜けるような脱力感に襲われる。
「……アンネ、終わった」
「……うん」
「大丈夫か? 俺のせいで、すまなかった。今度からもっと、気をつけなければ……」
「ジゼ様、私、……痛く、なくて。大丈夫です」
なんとなく、だけれど。
すごく恥ずかしいことをされたような気がする。
そんなことはないのだろうけれど。
魔力を抜く、といっていたし。
体の熱さや、どことなく浮き足だったような楽しい気持ちはなくなって、脱力感と共に安心感のようなものが、今は体を支配している。
「起きられるか? 何か、飲むか?」
「はい……」
ジゼルハイド様が、私を起こして膝の上に抱き上げてくださる。
私は力の抜けた体を、ジゼルハイド様に預けた。
くたりと体を預けると、浮き出た鎖骨や、喉仏のあるしっかりした首が目に入る。
皮膚を通して伝わってくる心音は、私のそれよりも幾分かゆったりとしている。
ジゼルハイド様が口にカップを当ててくれる。
すっきりとした味わいが口の中に広がって、私はほっと息をついた。
「すまなかった、アンネ。お前が喜ぶかと。……やはり見慣れない食べ物は口にしない方が良い。温度などは、どうだろうか。寒かったり、暑かったりしないか?」
「ジゼ様、私は嬉しかったです。一緒にお散歩できて、はじめて見る食べ物を食べて、楽しかったです。私は元気ですし、大丈夫なので、そんなに心配しないでください」
「だが」
「私、ジゼ様のこと、竜人の方々のこと、知らないことばかりです。ジゼ様も、ですよね? だから、……これからたくさん、一緒にいて、たくさんお話ししたいです。いろんなことを、一緒にしたい。私たちは、夫婦なのですよね……?」
「…………アンネ」
ジゼルハイド様は深いため息とともに、私の名前を呼んだ。
私は胸の中に、今まで感じたことのない奇妙な感覚が芽生えていることに気づいた。
この方のことを、もっと知りたいと思う。
どうして、こんなに心配して、気づかってくださるのに、脆い生き物だと思われているのに、花嫁にしたいと思ってくださったのかしら。
竜人の方々同士であれば、困ることもなかったのでしょうに。
どうして王国に、花嫁が欲しいという手紙を出したのかしら。
それがなければ私はここにくることなんてなくて、ジゼルハイド様に出会うことなんてなかった。
「ジゼ様、魔力が何かを、聞いても良いですか?」
「あぁ。魔力とは、俺たちを形作るものだ。俺たち竜人は、人間体になると、竜体の時に満ちている魔力を、この小さな体に押し込めることになる。魔力とは、……そうだな。炎のようなもの。燃える炎や、流れる水や、土砂降りの雨や、草花の芽吹きのような、そこにある、力のこと」
「難しいですけれど……不思議な力のことですよね?」
「不思議な力……まぁ、そうなのだろうな。その力の源が、体を巡っている。血のように。凝る魔力を、例えば、生活に役立てるために、竜の涙というものがある」
「ジゼ様は、涙が結晶にならないのかと、言っていましたね」
「俺たち竜人は、涙を結晶として落とす。これは魔力の塊であり、たとえば灯をともしたり、炎をおこす、燃料となる。魔力は使用すれば損なわれて、時が経てば補充されるが、それを待てない者たちは、先ほどの果実をよく食べる」
「なんとなくは、わかりました。私も果物をたくさん食べたら、不思議な力が使えるかなって思ったのですけれど」
「駄目だ、アンネ。魔力を持たないのだろう、お前たちは。おそらくは、体が異物としてそれを認識したようだ。強い酒を飲んだ時のように、体が魔力に酔う。少量でよかった。ひどければ、眩暈や吐き気が起こっていたはずだ」
「……気をつけます」
すごく残念だわ。
あの果物、とても美味しかったのに。
美味しいものはたくさん食べると毒になるって、エリカテーナお姉様もよく教えてくれたわよね。
気をつけましょう。
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