間違えられた女
「きゃあっ! 何よそれ? 本物っ?」
いきなり食いつく夏希に、思わずたじろぐ忍。 夏希の目は、キラキラと輝き、さっきまで怒り狂っていた顔がすっかり好奇の塊と化している。 忍の銃から目を離さない夏希に
「興味あるのか?」
と誠が尋ねた。 すると夏希は変わらず瞳を輝かせながら
「何言ってんのよ? 本物の銃を観られる機会なんて滅多にないのよ? 興味が沸かないわけがないでしょ!」
と明るく笑顔をみせた。 さっきまで怖い目にあい、自分を犯人と間違われ、怒っていたのが嘘のように、夏希は嬉しそうに忍の銃を見つめている。 なにより、今現在、命を狙われている身だというのに、だ。
「なんだ、こいつ?」
呆れたように呟く誠に、再び冷静に戻った忍が静かに言った。
「少し動くぞ」
「あぁ」
誠は忍に頷いて、夏希の腰に手を回した。
「ちょ、ちょっと何するのよ!」
暴れる夏希の腕をつかんで、誠は途端に真面目な顔をした。
「俺たちから離れるな。 必ず守るから」
それを聞いて、夏希は息を飲み、空気の緊迫感に口をつぐんだ。 壁際を這うように走り始めると、破裂音が連発し、三人の足元に小さな土煙が幾つも上がった。
「きゃあぁっ!」
思わず耳を塞ぐ夏希の肩を抱き、なかば引きずるように物影に隠れ直した三人は、ひとまず息を整えることに専念した。
「やっぱり、まだこの人が対象だと勘違いしているようだな」
誠が辺りを見回しながら呟いた。
「なんであたしなのよぉぉ?」
さすがに気弱な口調で言う夏希に、忍が視線を周囲に向けたまま言った。
「白黒のタータンチェック柄ジャケットワンピースを着た、茶色の髪の毛をした小柄な女」
「はあっ?」
「俺たちに依頼された、監視捜査対象の特徴だ」
「ざっくりすぎない?」
夏希は疑い深い目で二人を見た。
「仕方ないだろ! 情報がそれだけしかなかったんだから!」
逆ギレしそうになる誠とは反対に、忍がひとつ付け足した。
「対象は、プロレスが好き」
「あっそっかぁーー! それでこのイベントに来るってツバを付けたんだぁっ! ……って、ええーーっ?」
夏希は思い切り嫌悪の様子で、顔をゆがませた。
「でもあたしは何も知らないわ! 信じてよ!」
必死な顔で言う夏希に、誠はニコリと笑いかけた。
「あぁ、キミは対象じゃない」
「じゃあ、帰っても良いわよね?」
「そう言う訳にはいかない」
忍は、立ち上がろうとする夏希の腕をつかんで引き戻した。 か細い印象の忍は、意外なほど握力がある。 再び簡単に尻もちをつかされた夏希は、弾けるように忍に食らいついた。
「あたしは関係ないじゃない! あんたたちはこのまま仕事を続ければいいわ! あたしは帰らせてもらうからね!」
「ちょっと待てって!」
誠もまた空いている夏希の腕を取ったので、彼女は身動きが出来なくなった。 そこへ忍が言った。
「このままノコノコと出て行ったら、確実に殺されるぞ。 命を狙われているんだからな」
「え……っ?」
固まる夏希に、忍はまっすぐに見つめた。
「さっき言ったはずだ。もう少し付き合ってもらうと」
忍の目力に打ちのめされて、夏希は首をすくめた。 もう逃げられないと、やっと確信したのだ。
「大丈夫。 必ず守るから!」
誠がもう一度そう言って、ニコリと笑った。 夏希はゆっくりと辺りを見回した。
十数人の警官たちが、物影に潜んでいるのが見えた。 夏希には、相手がどこから狙っているのかは分からなかったが、自分が狙われていることは理解できた。 夏希はふうっと息をついて、誠を見た。
「どうしてあたしが狙われることになったのか、理由は知ってるんでしょ? こうなった以上、あたしにも聞く権利はあると思うけど?」
誠は答えを仰ぐように忍に視線をやると、彼は黙って頷いた。 誠は小さく息を吐いて、話し始めた。




