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≪後編≫

 デイルとルナリアの再婚約の知らせは、ルナリアたっての願いにより国民には知らされないこととなった。デイルは不満そうにしていたが、国王に『お前の立場を守るための婚約だと理解した上で、彼女が婚約してくれたという温情、懐の大きさを知れ!』と恐ろしい剣幕で怒鳴られてしまったことで、嫌々ながらも納得していた。

 なお、ルナリア自身はカイルに『ゲート』を開くための魔法石を持たせ、直接己の執務室と公爵家の執務室を定期的に繋ぐことで、とんでもない量の仕事をこなしていた。

 二足のわらじ、とはよく言ったものだとカイルはただ感心した。王太子妃としての執務に公爵としての執務。両方を頭の切り替えを正確に行い、とてつもない量の案件を次々にこなしていっている。

 無論、残り三家の公爵家当主達の力添えあってのことではある。

 ファリトゥスもミトスも、アリシアもルナリアに対しては非常に協力的だからこそ、出来ていることなのだが。


 尚且つ、王太子と可能な限り接触を避けるためにルナリアはミトスへと依頼していたことが一つあった。

『王太子妃の執務室への扉前に、アストリア家騎士団の超精鋭を二人、立たせてほしい』というもの。会う約束をしていない不要な人物との接触を避けるため、と伝えるとミトスからは二つ返事で了承してくれ、精鋭部隊を派遣してくれた。これで、まずデイルはルナリアの執務室へと気軽に入れなくなった。

 デイルはデイルで必死に、これまでのルナリアへの態度を改めようとしているのだが、そもそもルナリアはそれを望んでいない。彼に虐げられ、雑に扱われていた期間があまりに長すぎたため、根本的に信頼の欠片も無い上に、今のルナリアは超仕事人間モードになっている。

 来る暇があれば、自分の仕事をこなしてもらわないと困る、ときっちり突っぱねた。言われていることは尤もなのだが、マナと出会い、息抜きをたっぷりしてしまっていた彼にとっては耳の痛い小言ばかりの喧しい女、というものでしかなくなっていった。


 とはいえ、王太子の相手をする時間は週に一度あれば良い方だが、しっかり執務の合間を縫って時間は取っているし、その間はきちんと彼の相手もしている。

 そこに王妃が交ざりもするし、本当に稀ではあるが国王も交ざったりする。それほど、ルナリアは国王夫妻に気に入られていたのだということを、デイルにも思う存分見せつけた。


 最初は悔しがっていたものの、きちんと仕事をして交流のための時間を持つ、更に公爵としての責務も果たす、公務としての社交までも完璧にこなされてしまっては、彼のプライドなど早々に役に立たないものとなっていた。



 だから、デイルはあまりにも早く油断してしまった。



 ルナリアが密やかに王太子妃となり、執務をこなすようになった三ヶ月後のこと。

 こそりと外出をしたデイルに対し、ルナリアは王家の影を付けた。『徹底的に彼の行動全てを把握し、まずは王太子妃である自分に報告しろ』と申し付けたのだ。


 予想通り、彼は会わないと宣言したはずのマナの元に通い、体を重ねていた。報告書に連なるデイルとマナの暴言の数々。

『ルナリアはやはり威張り散らかして気に食わない』、『国王夫妻に気に入られているからと、公爵の地位も手放さず厚かましいにも程がある』、『血も涙もない王太子妃』、『聖女であるマナを側妃として早いうちに召し上げる』、『ルナリアとの子など、出来てもいつか殺してやろう』…等など。

 報告書を見たルナリアの氷点下になった雰囲気に、王家の影も震え上がったが、報告書については時期を見て国王夫妻に申し上げるという言葉をもらいつつ、デイルが出かける度に細かく報告をしろと言われ、『否』などと言えるわけもなかった。


 着実に、少しずつ、ルナリアは証拠を集めていく。

 ここまでうまくいくものかと、一人眠る前に笑いが止まらなかった。


「ふふ、………っ、あはははははは!!!!!!」


 就寝前に報告書を読み、月明かりの下、心底楽しそうに嗤うルナリア。

 貯めに貯めた報告書はかれこれ一ヶ月分、しっかりとした証拠の文書となった。

 これを見せた時の国王夫妻の反応が見ものではあるが、それだけでは生温い。

 王太子として他で種をいくら撒こうがルナリア自身は気にしない、というか破棄する前提の再婚約。公爵家として王家を見限りはしないが、国王夫妻自らが王太子を見限るためには今回のやらかしは必要なものであったのだ。


「さぁ……もう少し念入りに仕上げをしましょうか……」


 ニィ、と笑ってルナリアはレターセットを取り出す。

 二通、同じ内容の手紙を書き記して女官を呼び、国王夫妻にそれぞれ渡すように伝えた。


『ほんの少しだけ、御二方と市街を見て回りたく思います。今後のために、若輩者にお教えいただきたいこともございますし、わたくしの息抜きに良ければお付き合い願います』


 と、記した。

 簡潔な内容ではあったものの国王夫妻はこれを快く受け入れてくれた。

 あまりに仕事詰めであるルナリアを労りたいという気持ちと、彼女が聞きたいことというものが何なのか直接本人に聞きたかったのもあったらしい。

 超極秘のお忍び外出を、ファリトゥスに日程と時間を念入りに調整してもらった。


 勿論、デイルが不貞を行う日に。


 彼らが利用する簡易宿も分かっている。ただ、そこを通りかかって悲壮な雰囲気を出してやれば、国王夫妻は何があったのかを瞬時に理解してくれるだろう。


 お忍び用の衣服を身にまとい、国王夫妻とルナリアは『貴族の親子』という出で立ちとなり、王家の紋章が付いていない馬車に乗り、街へと出かけて行った。


「……行ってらっしゃいませ」


 冷たく笑うファリトゥスは、ルナリアへと念話を送る。


『王太子殿下も出かけましたよ、ルナリア嬢』

『まぁ、ありがとうございます。…あの方、割と堂々と()()()()するようになりましたわね』

『えぇ。家臣達も不審に思う者が増えておりますので、…少しだけ種まきしておきましょう』

『お任せしますわ』

『分かりました。では、ご武運を』

『ありがとう、ファリトゥス様』


 念話をこうして終了させ、ルナリアは王妃に言われるがまま窓の外を見て笑みを浮かべる。


「今日は天気も良く、お出かけ日和ですわね」


「えぇ。…わたくし、こうして娘と出かけることが夢だったのよ!」


「嬉しく思います、王妃殿下。…いいえ、お義母様」


「まぁ…っ!」


 嬉しそうに微笑んでいる王妃と、それを温かな眼差しで見守る国王。

 けれど、この国王は側妃をあまりに軽く扱い、精神的に虐待ともいえる酷い対応を取っていることは知っている。それほどまでに正妃である彼女を愛していることは分かっているが、あまりに酷い。まぁ、そんな扱いや考えもこれから見せるもので改めてもらうので、今日までとなる。


 目的の場所に到着してゆるやかに停車した馬車から降りる。

 あくまで今日は軽い視察ということもあり、周囲を見て回るだけ、という予定なのだが、ルナリアはわざと立ち止まってみせた。


「どうしたというのだ、ルナリアよ」


「いえ…あちらに………いいえ、気のせいですわ」


「知り合いでもおるというのか?」


「い、いいえ!わたくしの見間違いです。わざわざ確認せずともよろしいですわ!」


「む…?」


 少し必死な様子を見せれば、本来のルナリアと違う様子なのはすぐに理解出来る。だからこそ、国王は気になって仕方ないらしい。王妃も同じだったようで、ルナリアの視線の方向に自分も視線を向けた。


「あら…」


 夫妻は、ぎくりと硬直する。

 ちらりと見えた後ろ姿は、紛れもなくデイルであった。


「あの子…この時間は執務ではなかったかしら…」


 訝しげに王妃は呟き、魔法を発動させて手のひらに小さな文鳥の使い魔を発現させた。

 ものすごい速度で王宮へと飛ばし、返答を待つ。

 早々に返ってきた使い魔から出てきた伝文は『王太子殿下は執務をなさらず、王太子妃殿下の書類に自分の書類を紛れ込ませ、秘密裏に出かけるお時間の確保をなさっておいでです。本日はお出かけされております』という、何とも失望に値してしまうもの。


 王妃から、一切の表情が消え去った。

 王も報告内容を見て、失意の色を隠しきれていなかった。


 一度は自身の息子であるからと、見逃していたものの二度、同じことをしでかす輩を、許すはずもない。一度目は『父』として甘くしてしまったことを、きっと今激しく悔いているのであろう。

 だが、もう取り返しはつかない。二度目は彼らは単なる『親』としてではなく、貴族としての対応をしなければならない。


 婚約者をこれでもかと蔑ろにし続け、自分が宣言した内容すら守ることもできていない。更に執務も放り出し、挙句の果てに王太子妃であるルナリアの処理する書類に己の書類を紛れ込ませている始末。

 なお、ルナリアはきっちり気付いていたので、王太子付の側近に書類は差し戻していたが、デイルはそれにも気付かないというとてつもない失態を披露してしまっていたのだ。

 それも、王妃の放った使い魔への伝文に記されていた。


「…どこまでも…失望させることの上手な子だこと」


 冷えきった声音に、ルナリアは表情を引き締めた。


「…恐れながら、王妃殿下。王太子殿下が()()()()()()()()()、確認してからでも遅くはありませんわ」


「……………そうね」


 腹を括ってしまえば、女性は強い。母ならば尚のこと。

 王妃はデイルが向かったであろう方向へと歩みを進める。ルナリアと国王も並んでそちらに向かう。

 秘密裏に出かけるとはいえ、あちらこちらに護衛の騎士を潜ませていたのが不幸中の幸いとでも言えばいいのか、デイルの進んだ方向はしっかりと彼らが把握していた。


 そうして進んだ先にあったのは、男女が密会のために使う()()()宿()


 場所と目的、この場所に入って行った二人の特徴と時間、それらを総合するとデイルとマナであるのは、彼らをよく知る者からすれば納得のいくものだったのだが、ついに国王夫妻の最後の逆鱗へと触れてしまった。


「帰りましょう。ルナリア、息抜きはこれでお終い。………そして、貴女にはこの数ヶ月にわたっての償いをせねばなりません」


「此度ばかりはもう良い。アレには失望した」


 馬車を停めている場所まで三人は無言で歩く。

 乗り込んで、揺られながら国王が口を開いた。


「王妃よ、城に使い魔を再び飛ばせ。側妃とそれらの姫と王子、全てを集めよ、と記せ」


「かしこまりましたわ、あなた。ルナリア、あなたは三家の公爵達に使い魔を飛ばしてちょうだい」


「承知致しました、王妃殿下」


 一台の馬車から、使い魔がそれぞれの方向へととてつもない勢いで飛び立って行った。

 馬車の中で、ルナリアは夫妻にばれないように内心ほくそ笑む。まさか、こうもうまいこといくとは。


 デイルが思いとどまり、真面目に執務さえしていれば、こうはならなかったのに。

 笑いが堪えられそうにないが、今は必死に堪えた。


「(馬鹿な人達。…そして聖女マナ、主人公(ヒロイン)の貴女の頭の悪さにだけは、感謝しなければね)」






 王城に到着し、国王夫妻は足早に各自の自室に向かって着替えを済ませる。そして、王城の大会議室に集められた側妃や王子、姫達に真っ直ぐ向き合った。

 少し前に知らせを受け取っていたとはいえ、これまで自分達を冷遇してきた王と、その妃に対して、彼らが良い感情など抱いているはずもない。だが、国王夫妻はそんな彼らに対して深々と頭を下げたのだ。


 側妃達がざわつくのも無理は無い。

 一度、あるいは子ができるまでしか自分達を気にかけなかった王が、そんな彼にただひたすら愛されていた王妃が、自分達に頭を下げたのだ。


「あの…これは、一体…」


 おずおずと第一側妃が問う。


「デイルを、廃嫡とすることを決めた」


 頭を下げたまま国王が、馬車の中で決めたことを告げた。

 その言葉に更にざわつく側妃達。


「どうして…」


「正妃様の子だから、王太子にすると我らにハッキリ仰ったではありませんか!」


「何故!今なのです!」


 姫も王子も、愕然とした。

 これまで自分達を冷遇し続けてきた国王は神妙な顔で頭を下げ続けている。だが、こうして頭を下げられたといっても簡単に許すなどとはできないし、したくない。

 戸惑いだらけの中、国王夫妻の隣に立ち、平然とした表情をして立っているルナリアへと、姫や王子を含めた数人が視線をやる。


「ソルフェージュ女公爵……貴女、どうしてこうなっているのか、知っていらして?」


「はい」


 迷うことなく頷いた彼女に、まず反応したのは第一側妃であった。


「貴女、国王陛下の命だからと再婚約をしたそうではないの。何のために」


「………」


「筆頭公爵家当主の地位を手にしているにも関わらず、まだそうしてまでも権力を欲したのかしら」


 馬鹿にしたような物言いだったが、ルナリアは全く動じない。それどころか、表情を一切崩すことなくことばをつづけた。


「わたくし、デイル殿下を許してなんかおりませんの」


「………え?」


「国王陛下、ならびに王妃殿下は、わたくしとデイル殿下の婚約を二度目の王命をもって、彼を王太子であり続けさせようとされました」


「…あ…」


「一度は婚約を無しとされた、醜聞があるわたくしに対して。しかも不貞の相手とは未だに関係が続いたまま」


 後宮にまでも聞こえてきたデイルの、聞くに堪えないほどの醜聞。

 その当事者であるルナリアが、あまりにあっさり告げた内容に、側妃達は呆気に取られていた。


「そのような方との婚約、わたくしが喜ぶと思いまして?」


「思わないわ。…では何故、そうまでして…!この数ヶ月、貴女は休む暇もなく働いて、ただひたすらにがむしゃらに突き進んでいらっしゃったではありませんか!」


「このわたくしを馬鹿にして…ただで済むと思っていただきたくなかったんです」


 ニィ、と笑うルナリアの意図が、少しずつ、理解出来てきてしまった。国王も、王妃も。そして、側妃達も。


「あの方が醜聞をこれ以上晒して、どうして王太子であり続けられましょう」


 静かに、ただ、穏やかにルナリアは語る。


「別れを告げたはずの聖女サマとの婚前交渉並びに、逢瀬の数々。本日も聖女サマとお出かけになっていらっしゃいますの」


『聖女サマの元へ』。

 そう続けて、ルナリアは般若を通り越して怒りのあまり無になった王妃をちらりと横目で見て、口を開いた。


「自らに課せられた仕事を押し付け、婚約者としての義務は…まぁ、週に一度の茶会で果たしていた、と言えなくもないでしょうか。けれど、まともな思考回路は放棄し、享楽にふける……そのような方、必要でして?」


 続けて、ルナリアは全員に問う。


「そして、己の役目を一つたりとも果たそうと努力することを知らない聖女マナ様、…こちらも…必要でしょうか?」


 要るか、要らないか。

 役割を果たさぬものを、どうして権力者にできようか。


「わたくし、常々思っておりました。国王陛下がどうやったら現実を見てくださるのかと」


 年若い、娘にも等しい歳の女公爵は、愉しげに続ける。


「ようやく、現実に向き合ってくださいましたの。その結果が、廃嫡の決定です」


 すい、とルナリアは第二王子へと手を伸ばした。


「第二王子殿下。我ら四大公爵家、これより先、貴方様が道を失わぬ限り、我らは貴方様の剣となり盾となり、茨蔓延る道を切り開きましょう」


 バチ、と大会議室入口付近に火花が散ると同時、『ゲート』が三ヶ所同時に開かれた。

 ミッツェガルド女公爵、アストリア公爵、そしてクルトス公爵の三名が、その場にやって来る。

 恭しく第二王子に対して膝をつき、そしてルナリアもドレスのまま膝をついた。


「どうか、我らの、この国の民の主とお成りくださいませ」


「え、えぇと…」


 慣れていないことと、いきなりの王太子任命に対してオロオロとする第二王子だったが、国王は『父』としての顔は既に捨て去り、一国の『王』としての答えを、出したのだ。それに対して応えないといけないと、第二王子は深呼吸をする。


「彼奴等の手を取れ。そなたは、これより王太子教育を始める。……側妃の子とて、素質は十二分にあるのだからな。我が目に曇りのあったせいだ。…誠に、すまなかった。そして、この時をもって第二王子を王太子とする!」


 ファリトゥスの目から見て、恐らく王太子、後の国王としての素質は第二王子が飛び抜けて高かった。第三王子も勿論素質は充分あるのだが、何せ彼はアリシアの婚約者という立ち位置だ。後ろ盾となるならば、迷うことなく第二王子だった。

 姫らも素質はあったのだが、第二王子の年齢と経験が立ちはだかる高い壁だった。


「第二王子殿下、…ご心配なさらずとも我らがおります」


 だからどうか、とルナリアは微笑んでみせた。

『大丈夫』、『負けはしない』と、視線で語る。


「かしこまりました…王太子の任、お受け致します」


 わぁっ、と拍手が起こる。

 廃嫡の決まった本人は未だ幸せな夢の中、マナのしなやかな肢体を楽しみ続けていた。冷たいが仕事はできる王太子妃がいて、愛嬌があり肉体的にも精神的にも満足させてくれる聖女がいて。ようやく、思い描いた未来がやってきたのだと愚かにも微笑むデイルを王宮で待ち構えていたのは、冷たく見下ろす衛兵、騎士、そして王宮で働く全ての者だったのだ。





 引きずられるように、という比喩ではなく、本当に引きずられながら謁見の間へと連れてこられたデイル。

 思いきり引き倒され、拘束されたまま顔を無理に上げさせられた先に座っていたのは、国王夫妻とルナリア。


 そして、普段ならばそこに居るはずのない側妃三人と彼女らの娘に息子。


 ルナリアの傍には公爵三人が並び、立っていた。


「え…?」


「もう貴様は好きに生きろ」


 どこまでも冷たい父の声に、ようやく只事ではないとデイルは何かを察したのだが、もう遅かった。


「本日、この瞬間をもって、お前を廃嫡とする。王命を二度も使い、ソルフェージュ女公爵とそなたを縁続きにし、王太子としてやっていたが、それがいかに無駄なことか気付かされただけであった。ソルフェージュ女公爵には正式に王家より謝罪、並びに賠償金を支払い、王太子妃教育で得た知識を漏らすことのないよう…教育期間の記憶抹消の魔法を、この後に施すものとする。なお、ソルフェージュ女公爵の魔力の高さ故、念の為に記憶抹消の毒も併用するものとする。耐えよ、ルナリア」


「かしこまりました」


「お、お待ちください!それはあまりに一方的ではありませんか!」


「…………一方的?」


 冷えきった王妃の声が、響いた。


「聖女マナと密会をし、そこで囁かれていた内容を聞いてもなお、そなたを王太子にしておく必要がどこにありますか」


「な、なん、…なん、で?まって、なんで、なに、を」


「今までルナリアを粗末に扱い、ルナリアが信を置く公爵らに対しての態度の違いを厚かましくも糾弾したくせに…。自分のことは棚に上げて、何ともまぁ…ご立派ですこと」


 扇を広げ、王妃は蔑みデイルを見下ろしていた。


「どこで間違えてしまったのかしら。昔はこうではなかったのに…聖女とやらにおかしな術でもかけられているのかしらね?例えば…禁呪である魅了、とか?」


「マナは……っ、マナはそんな女ではありません! そもそもルナリアが悪いのではありませんか! わたしは婚約者ですよ?! それなのに笑いかけもしない! 贈り物すらしない! 外に安らぎを求めて何が悪いのですか!」


「貴方の態度をわたくしも真似ただけですわ。それなのにこうしてお怒りになられても…ねぇ?」


 笑いながら言われてしまうと、ぐうの音も出なかった。

 ルナリアに対して笑いかけも、贈り物もしない、それはデイルが今までずっとしてきていたことなのだから。

 それなのにルナリアに対しては『きちんとしろ』というのは、厚かましいというより『何様』と切り捨てられても仕方のないことだと思われる。


「そなたなぞ、もう不要である。どこへなりと消えよ。あぁ、忘れるところだった。…もう一人、不要なものがおるのう…」


 ニタリ、と笑う父王が、今この瞬間恐ろしくなった。

 もう己を息子だと思っていない王と王妃が、権力者としての彼らの威圧がこれほどまでとは思っていなかった。


 ガタガタと震える足に力を込めていたが、何やら謁見の間の外から悲鳴や甲高い声が色々と聞こえてくる。

 何だろうとそちらに視線をやれば、謁見の間に引きずられてきたのはマナと、その両親であった。


「何よ!いきなり連れて……あ…っ、デイル!!ねぇ助けて!お父様とお母様まで無理矢理ここまで引き立てられたの!あたし、何も悪いことしてないわ!」


「ば、ばかもの!場を弁えろ!」


 デイルを見るなり顔を輝かせるマナだったが、その場にいる全員を見て、さっと顔を強ばらせた。


「え…?」


 どうして連れてこられたのか。

 自分がヒロインなのに、どうしてこんな目にあっているのか。


 頭の中をぐるぐると色々なことが巡るが、彼女がただ一つ理解したもの。


「アンタのせいねルナリア!!!このクソ女!!!どこまでもあたしとデイルと、他の攻略対象の邪魔してんじゃないわよ!!!」


「ま、マナ…?」


 金切り声で叫ばれた内容に、デイルも、国王夫妻も、側妃達も、その場にいた公爵達以外全員が表情を引き攣らせた。


「何を言っているの…?」

「…気持ち悪い…」

「そんなことより、子爵家令嬢が公爵家当主に対してあんな暴言を…」


()()()()と第一王子殿下は…」

「おいやめろ、視線を合わせたら俺達まであの聖女もどきに何の術をかけられるかわかったものではないぞ…!」


 王子達もヒソヒソと話す。

 ただ一人、マナだけが鬼のような形相でルナリアを睨み付けていた。


 立ち上がり、一歩ずつ自分との距離を詰めてくるルナリアを見ていたマナは、目を見開いた。


 今までどこか呆れたような目しか向けなかったルナリアが、まさに『悪役令嬢』の眼差しをマナに向けていたのだ。

 ただ睨んでいるのではない。


 侮蔑、呆れ、嘲笑。


 どうとでも取れる、心の底から敵と見なした、眼。


「っ、あ、」


「子爵家令嬢如きが、筆頭公爵家当主のわたくしに…」


「ひ」


()()()()()()()()()()()()()、聖女であるはずもない!聖女を騙る悪魔に違いないわ!!」


「ちが、やめ、」


 ルナリアの周囲に魔力が立ち篭める。

 ぶわりと膨れ上がる強烈な圧迫感と息苦しさ。そして、襲い来る体の震え。


「や、やめ、て」


「…………………………………ねぇ」


 こつん、とヒールの音がひとつ。

 そして、ルナリアはマナの耳元に口を近づけるために腰をおり、囁いた。


「誰が、誰にとっての、悪女だったのかしらね?」


「…………………え?」


 目玉が飛び出そうな程に目を見開いたマナを見下ろし、手を翳してマナへと一気に魔力波を放つ。

 それは鎖の形を成して、ぐるぐると体全体を締め上げ、皮膚へと染み込んでいった。


「嫌ァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!! いたい、痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!! 体が痛い!!!!!!! どうして!!! なによ!!!!!! なんで、何であんたが!!!!!! 何で魔封じなんか使えるのよ悪役令嬢如きが!!!!!!!!」


 悲鳴をあげながらのたうち回るマナの魔力は、ルナリアにより、完全に封印された。


 何故、その魔法が使えるのか。

 どうして、ルナリアが()()できてしまったのか。

 色々な意味を込めて怒鳴りつけつつマナは問うた。


「…わたくしを誰だと思っているのかしら」


 どこまでも冷たく、ルナリアは吐き捨てる。


「わたくしは、ソルフェージュ公爵家が当主。ルナリア・イル・フォン・ソルフェージュ。正当なるスカーレットローズの継承者」


 手をかかげれば、紅く艶めいた光を放つ当主の証がそこに在った。


「そして、お前にとっての『悪役令嬢』よ。…()聖女マナ」


 マナが、最後に雄叫びとも言えるような声で怒鳴り散らす姿を見た全員が、思った。


『嗚呼、この聖女は狂っていたのだ。狂った女に魅入られた第一王子もきっとまた、狂っているのだ』


 憐れみを込めた目で見つめられるデイルは、発狂しそうになるのをギリギリで耐えていた。


 いつからこんなに歯車が狂ってしまったのか。

 …きっと、ルナリアを蔑ろにしたから。


 いつから、自分はおかしいと思われるようになってしまったのか。

 ………マナを、一時とはいえ愛してしまったから。



 それを、『悪役令嬢ルナリア』は許さなかった。

 慈悲も何もかも与えず、そもそもあった婚約の話を、最初から全て真っ白にした。



 自分を虐げた者たちを排除した。



 最後の仕上げも、こうして終わった。



 第一王子デイル、並びに聖女マナ。

 二人は、卒業パーティー以降の全ての責を問われ、王国の北の端の小さな宮殿に移送された。


 そこは、一度入れば出ることは叶わない、最後の牢獄。


「ここ、は…」


 マナは知っていた。


 そこは、『悪役令嬢』が死ぬまで幽閉された宮殿。

 スチルで見た部屋と調度品。


「あは、は………」


 残っていた僅かな正常な心も、ぷつりと糸が切れ、壊れた。






「言ったじゃない。許さない、って」





 そう言う愉しそうなルナリアの声が、マナには聞こえたような気がした。

思ってた動きと違う動きをしたけど、これはこれで良し、という勢いで書きなぐりました。


もしかしたらこうなってたかもね、というお話。

あくまでifなので。えぇそう、あくまで、if。

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