12.罪人
奴隷達は正門からでは無く、物資の搬入用の裏口から外へ解放されていた。
そこには『コロシアム』の従業員が居り、ある程度の治療と生活費を渡されている。そこへ誘導されたケルファトは、少し離れた木箱の上に座っている重症者に目を止めた。
「アレックス……」
「ケルファトさん」
アレックスは視線を感じて彼と目を合わせる。笑顔で手を振るアレックスにケルファトは変な肩透かしを食らった気分だった。
数時間前まで敵として戦っていた者同士だったが、互いに恨み言や妬ましいと言った感情はない。
「これは、お前がやったのか?」
そんな事よりも、とケルファトの関心は周囲の現状に移る。
全ての奴隷が解放され、治療と生活費が施されているこの状況を引き起こしたのはアレックスなのか、と尋ねた。
「半分くらいです。残り半分は他の方が」
『コロシアム』の耳があるこの場ではビクターのことは明かせない。そのはぐらかしを理解したケルファトはこの話題を止める。
全てを諦めていたのに、次には解放されていた。変な脱力感に襲われている。
「調子はどうですか?」
と、ネスが会話に割り込んできた。一通り治療を終えて、アレックスの容態を確認しに戻ってきたのである。見たところ、奴隷の中では彼が一番重傷者だった。
ネスは【光魔法】を使えないので怪我を完全に治すことが出来ない。せいぜい、薬草などを使って痛みを消したり回復力を底上げする程度であるとのこと。
「何にせよ。複雑な気分だ」
「頑張るケルファト君を女神様が助けてくれたのでしょうね?」
「女神様っすか……」
ケルファトは、納得できないように後頭部を掻く。
「それに、アレックス君の戦い方も中々興味をそそられました。素晴らしい」
「技?」
ケルファトはハートレスとアレックスの戦いを見ていない。そもそも、あの後にもう一戦あったのかと、アレックスを見る。
「戦い方を教示してくれた人から言われたんです。自分にできる事を理解してそれを突き詰めろ、って」
アレックスは僅かな期間であらゆる事を教えてくれた師範に感謝していた。
師範の教えている本来の武技は、幼少の頃から生涯をかけて完成すると言われている代物。だが、アレックスには時間が足りなかった。
素質がないのも一つの原因だったが、それを考慮した師範は、体格差を無視する関節技などを中心に彼に教えた。
そして、“百芸を得るよりも、一つの技を磨け”と教えたのである。
「相手に拳を当てる瞬間に身体全てを固定することで全体重を拳に乗せる事が出来るんです。僕はソレを意図して出来るように訓練しました」
体格も並で、打ち合いなどの長期戦が不得手なアレックスが欲しかったのは咄嗟に繰り出すことが出来る重い一撃。それも、関節技と同じように体格をものともしない技だった。
「沢山の兄弟子にも協力をしてもらってようやく形になる程度ですが」
ネスはアレックスの言葉が答え合わせになったのか見極めるように細目を開ける。
「芯ですね」
「どういう意味ですか? 姉さん」
理解できないケルファトにネスは解りやすく補足した。
「ケルファト君。地面と紐で繋がったボールがあるとします。紐が弛んだ状態で相手にぶつかった時、ボールの威力が100とします。しかし、紐が限界まで伸びきった瞬間であれば、その威力は100にとどまりません」
それは、地面に埋めた鉄柱に自ら突撃するようなもの。軸がぶれないように衝撃の瞬間に全身を固定することで全体重を一点に集約する事ができる。
無論、身体を固定する瞬間を間違えば、威力は激減し、殴る程度の衝撃しか生まれない。
「全ての要素がかみ合い、完璧に固定できるのなら、その威力は個人の重さどころではありません」
理論上、その威力の究極点は“星の重さ”をそのまま伝えることが可能となる。
そうでなくても、アレックスの全体重を一点にぶつけられれば、生半可な防御力では防ぎ様が無い。食らわせた場所が急所であれば一撃昏倒も十分にあり得るだろう。
「久しぶりにソレを使うヒトを見ました」
「けど、多くの欠点も存在しますよ」
ネスは称賛してくれるが、この技はどちらかと言えば欠点の方が多い。
人の身体には破壊限界がある。骨や筋肉は耐久限界を迎えると砕けてしまう上に、足場が安定しない場所では十分な芯が得られない。更に衝撃に強い防具などには大幅に威力が阻まれるなど、問題は多々あるのだ。
あくまで能力が制限される『コロシアム』用。それも地も万全で相手にこの技術が知られていなかった場合のみの限定技。それでも ハートレスのように、肉体的、精神的に絶えられる相手には苦戦必至である。
「結局は生身同士で無ければダメージは望めないんです」
ハートレスは例外ですが、とネスは呟く。
アレックスの技術はこの世界では、武器や魔法を使う“何でもありの戦闘”では廃れてしまった技術の一つだった。
「ネス殿。申し訳ありませんが、ハートレスを診てもらっても良いでしょうか?」
従業員は単身でハートレスを取り押さえることの出来るネスに治療を願い出る。
「わかりました。アレックス君、一週間分の薬を渡しておきます。痛み止めは3時間間隔で飲んでください。他の抗生物質は食後に必ず飲んでください。後、これを」
と、彼女は一枚のコートをアレックスに手渡すと、仕事に戻って行った。
コートを受け取り、外は寒いのかな? と不思議がるアレックスにケルファトは悪態気味に呟く。
「まったく……どこにでもいるってわけかよ」
才能のある存在。『ヒュドラ族』でもケルファトが不真面目だった理由として、天才と思われる存在と比べられたことも要因の一つだった。
里に、道場破りだ! と殴りこんできた一人の女は歴戦の戦士たちを瞬く間に制圧し、その実力を見せつけた。
一生かかっても追いつけないと思わせるほどの才能を目の前で見せつけられれば、誰だって同じ道に進もうとは思わない。
殆どの奴がそれで燃え上がったが、ケルファトは正反対の考えだった。
「うらやましいぜ。お前みたいに、何でも出来るって奴が」
「……ケルファトさんが思ってるほど僕は優秀じゃありませよ。師範の弟子では一番の落ちこぼれでしたし」
師範の元には、アレックスの持つ技を体得している者は多くいた。その先へ達している者もおり、そのような技量だけで見れば未熟もいいところなのだ。
「それだけ強くて、かよ」
「運が良かっただけですって。僕としてはケルファトさんみたいに“魔法”を使いたいですね」
アレックスには魔法の資質は何一つ持ち合わせていない。もしも何か一つでも使えるようになるのなら、どんな些細な事でも、きっと役に立つはずだと思っている。
「魔法を? 物好きだな」
アレックスの言葉にケルファトは、良いもんじゃないぜ? と嘆息を吐く。
適正『土』は、ある意味“当り”とも言われている適正であるが、ケルファトはそうは思っていなかった。
燃費は悪く常に魔力を使い続けなければ覆うことも出来ない。そして防御に使うとしても薄く纏えば防御力が望めず、厚くすれば動きが鈍くなる。せいぜい、腕周りに覆って“拳甲”の代わりにするくらいだ。『土』を極めた者は山のような巨大な土兵を造り出すことも可能だというが。
「だって、何も知らないモノを頼りにするよりも、自分が使えるモノを極める方が良いでしょう?」
この世界では魔法は日常的な要素である。しかし、アレックスはそれさえも使えない。それでも自分の力を信じて突き詰めてきた果てに今の彼がある。
「自分の力……か」
だと言うのに……俺は本当に強くなるつもりだったのか? 強くなると決意しながら、結局は自分自身と向き合ってさえいなかった。
「……お前は強ぇよ」
弱音の様にケルファトは言葉を漏らす。そして、自らが何を目指すのかが改めて明確になった気がした。
「多分、今ケルファトさんと戦ったら手も足も出なくて負けます」
「へっ。それでも“多分”かよ」
「ハッタリとか、ケルファトさん弱そうですし」
「ぬかせ」
二人はまるで元から親友であったように笑い合う。それはこの『コロシアム』に似つかわしくない光景だった。
「なぁ、アレックス。俺さ……」
ケルファトはソニアが捕まった要因に自分が絡んでいる事をアレックスに告白しようと口を開く。だが、
「…………」
「なんですか?」
「いや……なんでもねぇ。んじゃ、俺はそろそろ行くわ」
こんな状況で言う事じゃない。みんな救われたと思っているのに、諸悪の根源の一人がこんなところに居るなんて……空気をぶち壊す行為だ。
どうしていいか分からなかったが、ようやく何をするべきか分かったのだ。もっと、償えるくらい強くなってから自分の足で『長耳族』の元を訪ねて謝ろう。
ケルファトは荷物を担ぐと出口に向かって歩き出す。
「ケルファトさん。今、貴方が助けようとしていた方も解放されて、こっちに向かっています。会っていきませんか?」
ソニアもケルファトと話すことを望んでいるだろう。その言葉にケルファトは足を止めると、
「俺はお前みたいなヒーローじゃねぇんだよ。せいぜい自分の事で精一杯さ」
だから面倒事はパス、と言いたげに嘆息を吐く。そして、
「後、“さん”はいらねぇよ。他人じゃねぇだろ? 俺たちは」
またな、と言いたげに手を振るとケルファトは歩いて行った。




