一章五節 - 出立
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中州城下町は、大きく弧を描くように曲がった月見川と、先人たちが土地を掘り下げて造った中州川に囲まれている。
長年の慣習にならって、町を離れる人の見送りは中州川にかかる橋周辺で行われた。
橋から見上げると、急な斜面の上――台地状になったところに町があるのがよくわかる。中州川から町までは南側の低いところでも一間(約1.8メートル)以上あるし、北の高いところでは六間(約11メートル)近い高度差がある。
しかも、城下の対岸は低く平らにならされていた。中州川の水位が増えたときには、水に沈むようにしてあるのだ。先人たちの努力には頭が下がる。
与羽は馬上から稲刈りを終えた茶金の田が広がる平野を見渡して、下から見上げる六人に目を戻した。
与羽の兄――乱舞、側近の雷乱と比呼。比呼の世話をおおせつかった凪。辰海の父親で最上位の大臣――卯龍。そして大斗の弟の千斗。
ちなみに、与羽たちの背後には、与羽付きの女官が一人と、荷馬の管理を任された武官が二人いる。
比呼は与羽を見て苦笑している。
同行者以外で、与羽がこの旅にあたって問題に感じていたことのひとつ。彼女は馬に乗れないのだ。
もちろん、短距離くらいなら何とか乗りこなすが、長距離・長時間になると馬の揺れに耐え切れずに振り落とされそうになる。
今の与羽は、祖父の前にちょこんと座っていた。
もちろん、「俺の馬においでよ」と言う大斗の誘いは丁重にお断りした上で――。
「いいかー、辰海」
文官一位――古狐卯龍は、息子を見上げていたずらっぽく笑んだ。
彼は世間一般では、四十代前半という年齢には不似合いな白髪と、さわやかな笑みが特徴の"素敵なおじさま"で通っている。
しかし――。
「父上がいないからって、これ幸いと与羽ちゃんにあんなことやこんなことするんじゃないぞ」
彼は異常なまでの親バカであった。
「……いや、『あんなことや"こ"』までなら許してやろう」
「しませんから!」
辰海は色白のほほを、桜色に染めて叫ぶ。
「兄貴は、何もするなよ」
これは大斗の弟、千斗。
大斗は、「それは約束できないな」と涼しい顔をした。
「ホッホッホ、若いというのはええのぉ」
舞行はそのやり取りをとても楽しんでいるようだ。
「わしも、天駆に行くのが楽しみじゃ。向こうに寺子屋を営んどる親友がおってのぉ」
「そうなん? 初耳じゃけど……」
与羽は軽く身をよじりながら、北へと馬首を向ける祖父の呟きに応える。
その、祖父思いの孫っぷりに乱舞は満足そうにうなずいた。
そして、与羽は次に兄を見下ろす。
「じゃあ、行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
この兄妹には、これだけの言葉で十分だった。
舞行がゆっくりと馬を進める。
千斗はその瞬間に城下へときびすを返した。
親バカで有名な卯龍も最後まで見送らずに仕事へ戻る。
乱舞と凪、与羽の側近たちだけが澄んだ秋空の下を行く一行をいつまでも見送っていた。