一章一節 - 旅の目的
乱舞が言うにはこうらしい。
与羽と乱舞の祖父――舞行は、年齢のせいもあり体が不自由だ。その上、ここ中州はたびたび敵国に攻め込まれ、そのたびに彼はひどく心を乱し、心身ともに疲労してしまう。
孫として、祖父に長生きしてもらいたいと思うのは自然なことで、舞行には与羽たちの父親――翔舞が早くに亡くなったこともあり、長年中州を治めてきた功績がある。
少しでも、舞行に恩返しがしたい。その手段として、一緒に温泉旅行に行ってはどうか。中州と同盟関係にある天駆という国は、領主同士が遠い親戚であり、よい湯治場がある。
冬の間そこでのんびり過ごして、親孝行ならぬ、祖父孝行をして来い。
ついでに天駆領主にあいさつもしろ。僕は政務で忙しくて行けないから、与羽に行ってきてほしい。かわりにちゃんと護衛をつける。
――だそうだ。
断る理由もなかったので、引き受けた与羽だったが、いくつか問題があった。
一番大きな問題は、同行者の確保だ。与羽と舞行は、中州にとって重要な存在。彼らの身に危険がないように護衛をつけなくてはならない。
天駆領主にあいさつするならば、地位のある文官も必要だ。
天駆の領主は与羽の記憶が正しければ、数年前に三十過ぎの息子に代替わりしたばかり。寛容な性格とは聞いているが、あまりにも身分が低い者を護衛にはつけられない。
領主が許しても、その周りの官吏が自分たちの主を軽んじられたと思う危険性がある。
与羽は乱舞と相談して集めた男女を前に、右ひざを抱いて考え込んだ。
彼女の隣では、乱舞が彼らを集めた理由を話している。さきほど与羽にしたのと、ほぼ同じ内容だ。
ここにいるのは、与羽と乱舞を含めて八人。ふたりで考えた結果、この人数まで絞ることができたが、まだ多い。乱舞いわく、理想は二、三人なのだそうだ。
与羽はため息をついて、車座になった自分以外の七人をゆっくりと見渡した。
与羽の右にきちんと正座する乱舞は、穏やかにほほえみながら身振り手振りを交えて話し続けている。
その隣に堂々と座る長身の青年――九鬼大斗は与羽の視線に気付くと、色っぽく笑んでみせた。それにむっとしてさらに隣の女性を見ると、彼女は口元に笑みを浮かべ片目をつむる。
その隣、この中で一番若い少年は神官だ。彼は軽く会釈してくれた。
その次が、与羽の側近、雷乱。大柄な彼は与羽の視線に片眉をあげて応え、さらに隣の比呼は小さく右手を上げる。
そして次が与羽の左隣。幼馴染の辰海。彼は与羽が見る前から彼女を見ていたため、さりげなく隣を見上げた与羽は、まっすぐ辰海と目を合わせるはめになった。
視線が激しくぶつかって驚く与羽。
その反応を見て、真顔だった辰海はやっと笑みを浮かべた。やさしく穏やかな笑みだ。
しかし、与羽はその顔から思わず目をそらしてしまった。むっとした顔で。
その時、乱舞がやっと話を終わらせた。
「それで、ここまで絞ったのはいいんだけど、ここから先は本人たちに決めてもらおうと思う。自薦、他薦、棄権。何でもいいから、意見を言って」
そうしめた後、乱舞はいつもの人好きのする笑みを浮かべて一人一人の顔を見渡した。