港町
駅を出ると、潮の香りが強くなった。
「……港町って感じするな」
レンは辺りを見渡す。
駅前から少し歩いただけで、街の雰囲気が変わっていた。
大きな通りには店が並び、その向こうには海が見える。
道を歩く人の中には、仕事帰りなのか作業着を着た人も多い。
「まず市場!」
ユナが先頭に立つ。
「やっぱりそこなんだな」
「当然でしょ」
「朝からずっと言ってたもんな」
アルトが笑う。
「だって、せっかく港町に来たんだから」
「まあ、俺も魚は食いたいけど」
「アルトも?」
「そりゃ食うだろ」
フィーリアは二人の後ろを歩きながら、静かに頷いた。
「私も」
「フィーリアも魚好きなのか?」
「普通」
「普通か」
レンは少し笑った。
「じゃあ、とりあえず市場だな」
「うん」
四人で歩いていく。
少しすると、建物の間から大きな市場が見えてきた。
入口の近くから、威勢のいい声が聞こえる。
「いらっしゃい!」
「今日のおすすめはこっちだよ!」
「朝獲れだぞ!」
人も多い。
魚を並べた店。
野菜を売る店。
加工品を扱う店。
食べ歩き用の料理を売る店。
港で獲れたものだけではなく、周辺の町から運ばれてきた商品も並んでいるようだった。
「……すごいな」
レンは思わず足を止めた。
「大きいだろ?」
アルトが得意そうに言う。
「来たことあるのか?」
「何回か。家族と」
「なるほど」
レンは店先に並んでいる魚を見る。
見たことのある形の魚もいる。
けれど、知らない魚も多い。
「これ、何て魚?」
「それ?」
ユナが覗き込む。
「知らない」
「知らないのかよ」
「港町出身じゃないし」
「俺も知らないぞ」
アルトも言う。
「フィーリアは?」
「知らない」
「……誰も知らないじゃん」
レンが呆れたように言う。
「レンも知らないでしょ」
「まあな」
四人で笑う。
店員が声をかけてくる。
「気になるなら食べてみるかい?」
「食べられるんですか?」
「焼いてやるよ」
「じゃあ……」
ユナがレンを見る。
「食べよう」
「俺に決定権あるのか?」
「ないよ」
「ないのかよ」
結局、四人で焼き魚を買うことになった。
その場で焼いてもらった魚から、香ばしい匂いが立ち上る。
「熱いから気をつけて」
「ありがとうございます」
レンが受け取る。
少し冷ましてから、一口。
「……うまい」
「でしょ?」
ユナが嬉しそうに言う。
「確かにうまいな」
アルトも食べる。
フィーリアは黙って食べている。
「フィーリア、どう?」
「おいしい」
「だって」
「何が?」
「いや、なんとなく」
レンは笑った。
市場を歩きながら、いくつかの店を見て回る。
魚。
干物。
調味料。
見慣れない果物。
港町らしい土産物。
レンはその一つ一つを見るたびに足を止めた。
「レン、また見てる」
「だって知らないものばっかりだぞ」
「こういうの好きなんだね」
「知らないものを見るのは面白いだろ」
そう言いながら、レンは店先に並んだ瓶を見る。
「これ何?」
「海藻を使った調味料」
「へえ」
「買う?」
「いや、そこまではいい」
「なんだ」
ユナが笑う。
市場を抜けると、海へ続く道があった。
「海、近くで見てみる?」
フィーリアが言う。
「行こう」
レンがすぐに答えた。
「即答だな」
「せっかく来たんだから」
四人で海の方へ向かう。
港には大きな船が停まっていた。
荷物を運ぶ人。
船を整備している人。
ロープを扱う人。
遠くには別の船がゆっくりと港へ入ってくる。
「大きいな」
レンが見上げる。
「遠くの国から来る船もあるよ」
ユナが言う。
「この町って、結構いろんなところと繋がってるんだな」
「港だからね」
フィーリアが答える。
レンは海を見る。
波が岸壁に当たり、小さな音を立てている。
風が吹く。
さっきよりも潮の香りが強い。
「……こういうのも、いいな」
「何が?」
「こうやって、何も決めずに歩くの」
レンが言う。
「学校とか家とかじゃなくてさ」
アルトが笑った。
「じゃあ、次は何も決めずに来るか?」
「それはそれで迷いそうだな」
「俺についてくれば大丈夫」
「お前も詳しくないだろ」
「細かいことは気にするな」
「それで大丈夫なのかよ」
ユナが呆れたように二人を見る。
「二人とも、適当すぎ」
フィーリアが海を見ながら言った。
「楽しそうだからいいんじゃない?」
「……フィーリアがそれ言う?」
ユナが少し驚く。
「言うよ」
「そっか」
ユナは笑った。
四人で海沿いを歩く。
少し先には、海を眺められる広場があった。
ベンチもいくつか並んでいる。
「ここで少し休もうか」
「賛成」
アルトがベンチに座る。
レンも隣に座った。
「朝早かったからな」
「レン、起きられたじゃん」
「起きられるって言っただろ」
「たぶん、だったけど」
「それはもう忘れてくれ」
ユナが笑う。
フィーリアも小さく笑った。
海から吹く風が、四人の間を通り抜けていく。
レンはぼんやりと海を眺めた。
前の世界でも、海を見たことはある。
けれど。
今こうして見ている海は、別の世界の海だ。
知らない場所。
知らない街。
知らないものばかり。
それでも――。
「……来てよかったな」
レンが呟く。
「うん」
フィーリアが答える。
「また来ようよ」
ユナも言う。
「次は何食う?」
アルトが続ける。
「そこなのかよ」
「大事だろ」
「まあ……大事だけど」
四人の笑い声が、海風に混ざった。
まだ昼前。
今日という日は、始まったばかりだった。




