第十四話『野良猫共よ』其ノ弐
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「____暇、ですねぇ……」
「暇じゃないよ悠太君、さっきから一つも問題解けてないよ」
7月。肌を焦がす太陽の光が降り注ぐ今日は、少しだけ風が強い。窓の外では空に浮かぶ雲が早足に流れている。
そんな中、僕達高等部普通科三年生の教室は、突然の竜胆先生の急用によって一時的に自習になっていた。僕の前の席に座って、くるりと後ろにいる僕の方を向いて一緒に自習を始めた悠太君は早々にシャーペンを置いてスマホをいじり始めていた。
そんな悠太君に僕は呆れるように眉を下げながら問題を指差すけれど、悠太君は唇を尖らせては拒否の意
を示している。
「もう、悠太君。ちゃんと勉強しないと、今度の期末テストで赤点取ったら、夏休みは補習で遊べなくなっちゃうよ」
「そっ、それは困ります……!」
僕の言葉に悠太君は焦った顔をして問題に向き合う。が、やはり分からないようで、ぐぬぬ……とシャーペンを握り締めている。
「はぁ……やっぱり駄目です、全然分かりません。僕、異能歴史学なら得意なんですけどね」
「異能歴史学?」
初めて耳にするその単語に、僕は目の前で頭を抱えている悠太君に聞き返した。すると悠太君は、僕の問いに一瞬きょとんとした顔をして「ああ、そうですよね」と納得したように呟く。
「異能歴史学は中等部の課程ですから、高等部から編入した廻君は分からないですよね」
「その……異能歴史学っていうのは…?」
首を傾げながら僕がそう聞くと、悠太君は何やら誇らしげに笑う。
「異能歴史学とは、僕達能力者の出生や歴史について学ぶ学問の事です」
そう言った悠太君に、僕はごくりと唾を飲み込んだ。初めて聞くそれは一般的な教科よりもとても面白そうだったからだ。
「あっそうだ!僕が廻君に異能力者の出生について教えてあげます!」
「えっ」
「僕、異能歴史学のテストはいつも満点だったんですよ」と悠太君は誇らしげに言い、未だ解けていない問題を放置して新しくノートのページを捲る。本当はそんな悠太君を止めるべきなんだろうけど、正直異能歴史学について興味津々な僕は何も言わずに言葉の続きを待った。
「それじゃあ僕が絵を描きながら、紙芝居風に説明しますね」
そう言って悠太君はページを新しくしたノートに僕の方へと向ける。カチカチ、とシャーペンを押す音に僕はわくわくしながら悠太君の言葉に耳を傾けた。
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その昔、人間は妖によって滅亡の危機に瀕していました____
人間の負の感情から生まれる妖は優に人の数を超え、妖に喰われた者を想う哀しみがまた妖を生み、それがどうしようもない負の連鎖となってしまっていたのです
人間には到底太刀打ち出来ない強大な力と、目に見えないものの恐怖、いつ自分が喰われてもおかしくないその状況下に人間同士での争いも絶えず、世はまさに地獄のようでした
誰もが絶望していたその時、突然妖を祓える力を持った人間が現れました____
それは生物が環境に適応して進化してきたように、その人間は妖と似たような強大な力で瞬く間に妖を祓ったのです
するとそれ以来、各地で同じように妖を祓える力を持った人間が次々と現れ始めました
それにより世に蔓延っていた妖は異能力者によって祓われ、こうして妖と異能力者が混在する今の世が誕生したのです
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スッとシャーペンを動かす悠太君の手が止まる。広げたノートには分かりやすく簡易的に描かれた絵。
「お、面白い……!これ御伽話みたいだけど本当の話なんだよね」
「それにしても悠太君、絵上手だね」と感嘆の声をあげれば、目の前の悠太君は嬉しそうに頬を緩めた。
「この一番初めに現れた能力者が始まりの能力者であり、僕達全ての能力者の上に立つ、統べる存在である頭領なんです」
「頭領?」
「はい!」
聞き返した僕に悠太君は一際大きな声で肯定の返事をした。その顔はなぜかとても嬉しそうだ。
「この統べる能力者の事を、「能力者の頭領」と言います。廻君も知っている通り、能力はその一族の血によって代々継承していくものですが、頭領は他の能力者とは違って、いつ、何処で、誰に能力が覚醒するのかが分からないんです」
「へえ……、それじゃあどうやって能力者の頭領だって分かるの?」
僕がそう聞けば悠太君は「そんなの簡単です」と、またシャーペンをカチカチと鳴らしてノートに描かれた始まりの能力者をぐるぐると丸で囲んで。
「____記憶、です」
…………記憶?
どういう事だろうと首を捻ると、悠太君は待っていましたとでも言わんばかりに続きの言葉を紡いだ。
「頭領の力が覚醒した者は、その瞬間から身体の使い方、この世の事、そして歴代の頭領の記憶を全て識るんです」
悠太君は丸で囲んだ始まりの能力者の周りに、「身体」「この世」「歴代の記憶」と箇条書きで書いていく。
悠太君の説明してくれた能力者の頭領の特徴はよく分かったんだけど、それを判断基準にするにはどうにも少しあやふやな気がした。そう口にしようと僕が口を開きかけた時、悠太君が先手を打つように口を開いた。
「そして他の能力者は、例外なく頭領に対して能力を使う事は出来ません。頭領は、僕達能力者を統べる圧倒的存在ですから」
少し冷たく響いた言葉が耳に届いた。
ノートには始まりの能力者の周りに描かれた能力者にハッキリとバツ印がされている。その上手な絵が何だか怖く感じて、僕は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
そんな僕を見てか、悠太君はいつものようにケタケタ笑って僕を見た。
「大丈夫ですよ廻君。頭領はすっごく強いですけど、それ以上にすっごく優しい人なので!」
ニカッと笑った悠太君の眩しい笑顔に、僕は少しほっとすると共に少しの違和感を覚えた。
悠太君のその言い方だと、まるで____
「悠太君は、頭領を知ってるの……?」
恐る恐る問い掛けた僕に悠太君は一瞬きょとんとした顔をすると、とんでもない爆弾を落とした。
「知ってるも何も、頭領はこの学園の学園長ですよ?」
え…………
「____えぇ!?」
驚きのあまり、思ったよりも大きな声が出た。
突然大声を出した僕に、自習中のクラスメイト達の視線が一斉に集まる。その視線を僕は慌てて苦笑いで誤魔化すと声のトーンを下げて悠太君に向き直った。
「が、学園長って……!」
「知らなかったんですか?もー早く言ってくださいよ〜」
「僕写真持ってます」と、悠太君は相変わらずマイペースにスマホをタップする。数回上から下へとスクロールすると、悠太君は「ありました!」と僕にスマホの画面を見せた。
その見せてくれた写真には____
「わ、綺麗な人……」
そう自然と声が漏れるような、綺麗な男の人。
中等部の制服を身に纏い嬉しそうにピースする悠太君の隣で、カメラに向かって綺麗な笑みを浮かべて映る男の人。長く伸びた金色の滲んだ綺麗な金白髪と赤い瞳が特徴的で、耳元で揺れる赤いピアスがどこか幻想的だった。
学園長というからてっきり年配の人を想像していたけれど、その姿はどう見ても20代前半にしか見えない。それでも、写真からでも伝わるカリスマオーラと圧倒的な強者感が、彼が頭領である事を証明していた。
まじまじと、思わず画面を見入ってしまう僕に悠太君が言う。
「数年前に一緒に撮った写真ですけど、かっこいいですよね!強くて優しくて、僕大好きなんです!!」
嬉しそうに頬を紅潮させながらそう言った悠太君からは、彼が大好きなのだと言う事が見るだけで伝わってくる。
「数年前って……確かに悠太君今よりも幼いね、可愛い」
その写真に写る悠太君は中等部の制服を身に纏っていて、今はヘアクリップで上げられている前髪がおでこを覆うように下ろされている。今よりもずっとあどけない幼いその笑顔は、何だかとても可愛かった。
僕がそう言うと、悠太君はまたひとつ嬉しそうに喉を鳴らした。
僕はまた写真に視線を戻して、頭領である彼を観察するように見る。やはり何度見ても綺麗な男の人で、長い髪の毛が太陽の光に反射してところどころ金色に輝いている。特にその相手を射抜くような赤い瞳がかっこよくて……。
そこまで思った時、ふと頭によぎった顔。
あれ、この赤い瞳って…………。
「____あーあ、弟の狼君が羨ましいです」
頬杖をついてそう零した悠太君に思考が止まる。
おとうと……?
弟……。
…………。
…………弟の、狼君。
「っえぇ____!?」
衝撃の事実に僕はまたしても大声を上げた。勢い良く立ち上がったことで机がガタンッと大きな音を立てた。
またしても大きな声を出した僕に、クラスメイト達は「どうした?回道」と不思議そうに首を傾げる。僕は慌てて「なっ、何でもないよ……!」と訂正して赤くなった顔を隠すように椅子に座り直した。
そして、目の前でクスクスと笑う悠太君に僕は赤い顔をしながら口早に問い掛けた。
「お、弟って……、狼君のお兄さんなの……!?」
「はい、そうですよ」
悠太君は然も当然のようにそう返した。驚きで動揺する僕とは正反対の悠太君は、コトリとスマホを机に置くと学園長をズームアップする。
「学園長である高専寺 豹さんは僕達能力者を統べる今代の頭領であり、狼君の実のお兄さんです」
「目元や雰囲気なんかそっくりですよね」と悠太君が写真を見て笑う。確かに何も知らない僕が見ても、狼君を想像してしまうくらいには目元や雰囲気がそっくりだった。
頭領が、狼君のお兄さん____
「……でも、こんなにすごいお兄さんが居るのに、どうして狼君は何も言ってくれなかったんだろ……」
「まあ狼君ですからね、元々あまり自分の事を話すようなタイプでは無いですし。でも、狼君と豹さんはとても仲の良い兄弟ですよ」
悠太君の言葉に僕は確かにと納得する。狼君はあまり自分の事を喋らないから、きっとそこに深い意味は無いんだろうけど。僕は豹さんを見た事がないから、とても仲が良いという狼君と豹さんの様子をいまいち想像出来ない。
「僕も、会ってみたいなぁ……」
ポツリ、僕がそう零すと、悠太君が「僕も会いたいです」と少し寂しそうに呟いた。その言葉に、僕は首を傾げて「……会えないの?」と聞くと。
「数年前くらいから、多忙を極めているらしくて全然姿を見ていないんです」
「そうなの?」
「豹さんは学園長であり頭領ですからね、色々と忙しいみたいで……」
少ししょんぼりとした悠太君が、寂しそうに写真を見る。確かにこんなに目立つオーラの人がいたら存在を知らない僕でも目につきそうなのに、学園でその姿を見た事は一度も無い。
僕もいつか会えるかな、と写真を見ながら考えていると、「あ、ちょうどこの時くらいです」と悠太君が声を上げた。
「この写真を撮った時くらいから会えなくなっちゃったので、そうですね、えーっと……4年前、ですかね」
「4年前……」
そんなに長い間会えていないのか。姿も見えないほど忙しいなんて、頭領ってやっぱり大変なんだな。
「狼君も弥子君も、きっと凄く寂しいですよね」
「……弥子君?」
漠然と頭領の大変さを想像していた僕に、悠太君がポツリとそう零した。
弟の狼君は分かるけど、どうして弥子君……?
そんな僕の意図を読み取ってくれた悠太君が笑って言う。
「弥子君だけじゃないですよ。竜胆先生や稲見先生も、です」
「え、どうして……?」
益々意味が分からない僕に、悠太君が一つ一つ絡まった糸を解くように答えてくれる。
「豹さんは僕達の8歳歳上で、今年26歳になる竜胆先生や稲見先生と同い歳なんです。3人は学生時代から仲の良い友人なんですって」
「へえ、そうなんだ……なんか、全然想像出来ないや」
竜胆先生と稲見先生が仲良しなのは知っているけれど、やっぱり会ったことのない豹さんを想像するのは難しかった。しかも、教師である三人の学生時代だなんて僕にはもっと想像出来ない。
難しい顔をする僕が面白かったのか、悠太君は小さく笑いを零して話を続けた。
「そして弟の狼君はもちろん、狼君と幼馴染みの弥子君も小さな頃から豹さんに可愛がってもらってたみたいで、とても仲良しなんですよ」
「あ……そっか、狼君と弥子君幼馴染みなんだもんね」
すっかり忘れていた事実に納得がいく。幼馴染みなんだから、お兄さんの豹さんと仲が良いのは当たり前か。
そう思うと、僕って全然狼君と弥子君の事知らないんだなぁ……。
そんな想いに静かにふけっていると、
「あ、豹さんと小さな頃から関わりがあったのは他にも___」
「____ごめんお待たせ〜、ちゃんと自習やってた?」
何か言いかけた悠太君の言葉を、教室に入ってきた竜胆先生の声が遮った。
何かを言いかけた悠太君も竜胆先生が登場した途端、全く手を付けていない問題を思い出し焦った顔をしている。
慌ただしく前を向いて問題集に向き合い始めた悠太君を他所に、急用から戻って来た竜胆先生が教卓に立った。
「一応皆にも伝えておくんだけど、最近異端者集団による事件が多発していてね……学園から出る時は十分注意するように」
竜胆先生はいつもの笑顔ではなく、珍しく真剣な顔でそう言った。異端者集団と聞いて、僕は前に出会った懐という少年を思い出して少し身震いする。しかし、そんな僕とは対照的に教室からは笑い声が聞こえてきて。
「大丈夫だよ竜胆先生!異端者は学園に入って来れないし」
「そーそー、学園にいるかぎり絶対安全なんだから」
「それに俺達普通科の能力者には、滅多に御役目なんて回ってこないんだからさ」
心底安心しきった顔で、クラスメイト達は口々にそう零した。
確かにセキュリティの高い学園には学園の者以外は入る事が出来ないし、階級の低い者が殆どの普通科生徒達には御役目が与えられる事なんて滅多にない。
だからクラスメイト達のその発言は、何一つ間違ってはいなかった。
それはきっと竜胆先生も分かっていて、笑ってそう言ったクラスメイト達にやれやれと呆れた顔をした後、すぐにいつもの笑顔に戻って「まあ、一応ね」と話題を終わらせていた。
「はい、それじゃあ自習プリント回収するよー」
空気を切り替えた竜胆先生の声に教室中から「げえっ」と声が溢れた。
僕は自習プリントを前にいる悠太君へと回した後、ふと太陽がじりじりと照りつける窓の外を眺める。
竜胆先生が言った異端者集団という言葉に、思い出す懐という名の異端者の彼。倫理観がまるで壊れていた彼が、竜胆先生の言う異端者集団なのだろうか。
……でも、あれ?
そういえばあの子も狼君と弥子君の幼馴染みだったはず……。
ということは、彼も豹さんと関わりがあったのだろうか?
僕は窓から目線を外して、悠太君が描いてくれた上手な異能力者の出生話の絵を見つめる。
「始まりの、能力者……」
ぐるぐるとシャーペンで囲まれた始まりの能力者の絵を、同じく囲うように指でなぞる。
異能力者に出生の歴史があるように、妖にも出生の歴史があったりするのだろうか。
だとすれば、妖は一体いつから存在してるんだろう。
始まりの妖も、この世界の何処かに存在してるのかな




