ヒーローというもの。
日がめぐり、三人と一人に化け物の襲来が告げられた。
「取り合えず、クラウドから支給されたこれを来て」
ジャージを手渡すネコ。
「来てればそう簡単には死なないと思うから」
ジャージには耐熱や衝撃の緩和、身体能力の強化など、様々な機能が備わっている。
「俺も戦いますよ」
「それ、最低限の装備だから、戦いには向いてないって。せいぜい死なないように逃げるか、動かないでいることね」
やんわりとネコが釘をさす。
「じゃ、出陣と行きますか」
イヌがネコとウサギを振り返る。
おう、とやる気のない返事が二つと、元気な返事が一つ、返ってきた。
「……あれと、戦うんですか?」
戸惑った声を出したのは、男だった。
「そういうことねぇ」
「でも、あれって」
ネコの答えに、男はますます困惑する。
「女の人じゃないですか」
目の前には着物を着た女が立っていた。
そばに生えている柳に寄り添い、ともすれば消えてしまいそうな儚げな雰囲気だ。
「ネコさん、なんすか、あれ」
「柳女ってやつじゃない?……姑獲鳥かな。いや、赤ちゃん抱いてないから柳女が有力か」
「よくわからんが」
「攻撃なら想像つきますよ」
「柳が絡み付くわけだ」
「そゆことです。私は相性よさそうですが」
「俺も大丈夫だと思うっす」
「俺もだな」
敵を目の前に、倒すための算段を話始める。
「ちょっと待ってくださいよ!」
そんな三人に、男が待ったを入れた。
「あれ、女の人じゃないですか」
「女の『化け物』ね」
ネコが言う。
「そんな、まだ何もしてないのに、殺すなんて…」
「何かされてからじゃ遅いんだよ」
ウサギが呆れを含んだ声で言う。
イヌはめんどくさいとばかりにそっぽを向いた。
「反対です。あんな、女の人に。しかも寄ってたかって」
「じゃあ」
男の言葉をさえぎって、ネコが言った。
「あなたは何もせずに殺されるの?」
「それは……」
男は黙りこみ、沈黙が流れる。
話は終わりだ、とネコは柳女に視線を向ける。
「!?」
柳女は、そこにいなかった。
逃したか、と焦るネコのそばで、服がこすれる音がした。
音を辿れば、柳にからめ捕られ、首を締め上げられた男の姿。
「面倒な!」
すぐさま炎で焼き切って、男を助け出す。
「ネコさん!」
イヌの声がした。と同時に、体に巻きつく柳の感触。
「かはっ」
すぐに首まで届く柳の枝は、ネコの細い首を締め上げる。
「氷柱!」
「月刃!」
柳の枝は、切っても切ってもすぐさま新しい枝を芽吹かせる。
なかなかネコにまで救済の手が届かないうちに、ネコへの締め付けは強くなっていく。
「あ…あ……」
その光景を間近で見ている男は座り込み、苦悶の表情のネコを見上げることしかできない。
「……っ…」
ネコが何かをつぶやいたように見えた。その瞬間。ネコの体が燃え上がる。
「ネコ!」
「ネコさん!」
受け身もとれぬまま地面へと落ちたネコは、苦しげに急き込んでいる。
ジャージから出た手や顔、首にはひどい火傷の跡がある。
自らを焼くことによって、柳の枝から逃げたのだろう。
火傷は徐々に回復していく。
「痛った……」
「無茶なことを!」
「雪花!」
駆け付けたウサギが助け起こす。
イヌがすぐさま雪を生み出し傷にあてる。
「あいつ絶対許さん」
完全回復したネコは、額に血管を浮き上がらせて怒っていた。
「姿が消えるのは厄介だな」
「幽霊の類なんですよ、もともと」
「なるほど」
「次見つけたら速攻で倒します」
そう言ったはなに、柳女は姿を見せた。
「火車!狐火!」
ネコが視認と同時に攻撃を仕掛ける。上からの攻撃に、柳女は枝を上へと伸ばす。
「氷柱」
すかさず地面からの氷の柱で、柳女を拘束する。
「……あんま、いい気分じゃないのは確かだな」
そう言って、ウサギは月刃を振り下ろした。
首が落ちる前に、柳女の体は消滅した。
「ひどい目にあった」
「もっといい方法あっただろうに」
「面倒だったんですよ。でももう二度とやりません」
「焦りましたよ」
柳女を倒した三人が、男のもとへと戻ってくる。
「……こんなのばっかだけど、ヒーロー、やりたい?」
ネコの体のどこにも、もう傷はなかった。けれど。
「……」
男は緩く首を振った。
「いえ、俺には」
できません。消え入りそうな声で、男は言った。
時に人間のなりをした敵を殺し、自身も殺されかける。それが彼らのおかれた世界。
ふつうの人間に耐えられるものだろうか。
男は反芻して、否、と心の中で首を振った。
やめたほうがいい。
そう言われた意味を、男は思い知らされたのだった。




