第二十五話 不審な贈り物
第二十五話 不審な贈り物
頭が痛い。
————季翠はずっと、何を見てきたのか。
紅蕣はずっと、歯痒い思いをしてきたのだろうか。
第一皇女の乳姉妹として、従者として、彼女は笑顔の裏に、どんな思いを隠して主の後ろに控えてきたのだろうか。
どんな思いで、後宮にやって来て、鶯俊の妃になったのだろうか。
どんな思いで……。
紅蕣は言っていた、鶯俊が偽物だと言う噂について。
幼い頃は、噂に過ぎないと思っていたと。
その前提が覆されてしまったことが、今回の悲劇の引き金になってしまったのだろうか。
それとも、今までの屈辱が溜まった結果だったのだろうか。
「(私には、彼女のように忠誠を捧げるような人はいない……)」
だから、紅蕣の気持ちを理解しようとしても、本当の意味で理解することはできないのかもしれない……。
あの後何を話し、どこをどう通ったのか。
雀緋宮を出た季翠は、いつの間にか自分の宮に帰ってきていた。
「姫様、お帰りなさいませ。遅かったですね……って、」
「酷い顔色ですよ。大丈夫ですか⁉」
四狛が持っていた書簡を放り出して駆け寄ってくる。
「一体どこに行かれてたんです?とにかく、横になれるところに……」
「……そ、う、ですね。もう……今日は休みます……」
ふらふらと寝室に向かおうとすると、四狛があっと呼び止める。
緩慢な動作で何とか顔を向けた季翠に、彼は申し訳なさそうに罰が悪い顔をした。
「御体調が優れないところ申し訳ないんですが、急ぎ姫様の御指示を仰ぎたいことがありまして……」
無言でその場に立ち尽くした季翠の承諾を察し、四狛は何やら取りに行く。
「これなんですが」
先ほど放り出した書簡と、何やら小さな白木の箱を持ってきた。
「姫様がお出掛けの間に届けられました」
見た目には何の変哲もない、普通の書簡と木箱だ。
これの何が問題だというのだろうか。
「実は、送り主が分からなくてですね」
「分からない……?」
それはどういうことなのか。
ここは仮にも皇女の宮だ。
送り主が分からない不審な物が、届けられる事態などまず有り得ない。
「本来なら不審な物は、ここに届く前に確認されて弾かれます。しかし……」
現に届いているということは。
「その検閲を上手いことすり抜けたのか、あるいは」
すり抜けられるくらいの、権力を持った相手なのか。
というわけで、安易に破棄もできないので姫様のお帰りをお待ちしていたわけなんですが。
「どうします?………って、いきなり開けないでくださいよ‼」
何か危険物でも入ってたらどうするんですかっ。
パカリと、何の躊躇いもなく木箱を開けた季翠に四狛が悲鳴を上げた。
「すみません……これは」
四狛も季翠の上から木箱を覗き込む。
何だ。
これは。
「金の塊……?」
微かに、四狛が息を飲んだようだった。
木箱に入っていたのは、掌より一回り小さいくらいの金塊だった。
形は四角形で、断面は滑らかな部分と、溶かして切断されたような歪な部分がある。
元々もっと大きな物だったのかもしれない、それをいくつかに分けた物の一部のような……。
表は元は何かを象っていたであろう痕跡、そして裏側には何やら文字らしき溝が刻まれていた。
しかし、切断時に溶けたのか文字の判別はつかない。
一体何なんだ、これは。
謎の金の塊。
重さからして、金箔で偽装された物ではなく本物の金だろう。
しかし皇女の御機嫌伺いを目的に贈られたにしては、随分と地味だし、そもそも贈り物自体の正体が分からない。
「書簡には何て書かれているんですか?」
四狛の言葉に、書簡の方を開く。
しかし。
「————何も書かれていない」
「はい?」
四狛が首を傾げる。
しかし言った通りだった。
厳重に紐で縛られていた書簡の中には、一文字も記されていなかった。
————結局その夜、季翠は熱を出して寝込むことになった。
*
頭が痛い。
血が足りていないのか、異様にふらつくような気もする。
ここ最近————いや、自覚し始めたのは、ここ一年ほどだろうか。
ずっと体調が悪い。
倦怠感、というのだろうか。
いつも疲れているような感じがする。
最初は単に疲れているのだろうと思った。
しかし最近は最早それが通常で、気分が良い日の方がむしろ珍しいくらいになってきていた。
それに気づいた時には、もう遅かったのかもしれない。
「っ……!」
カランと、筆が指から前触れもなく滑り落ちた。
書き途中だった書簡に、墨がべしゃりと塗りたくられる。
「!殿、如何なされましたか」
「……少し、手が痺れただけです」
心配そうな部下の視線から顔を背けるようにして、手を抑える。
最近、手足の感覚がおかしかった。
よく痺れ、心なしか力が入りずらくなっている気もする。
おかげで書類を書き損じることが増えた。
「(……あの人は、こんな症状だっただろうか)」
「戻ったぞ」
ぼんやりと物思いに耽っていると、執務室の扉が開いて伯飛が入ってきた。
「御苦労でした、伯飛」
「ああ。つっても明後日には出立するが」
そういえばと、彼は肩を竦める。
「虎雄様が来たんだって?伯廉がぼやいてたぞ」
「ええ、まあ」
「あの人も暇だよな。どうせ興味がないんだから、放っといてくれりゃあいいものを」
「しかし、あの人が陛下に呼ばれたっていうのは——」
ふいに、何かに気づいた伯飛が言葉を切る。
何事かと顔を向けると、彼は妙に真剣な顔で烏竜の腕らしきところを凝視していた。
「…………なあ、」
「腕のそんなところに、痣なんかあったか……?」
彼が視線を向ける自身の左腕を上げて、烏竜も見てみる。
そこには、白い斑点のようなものが、皮膚に浮かび上がっていた。




