表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第三章 後宮編
78/217

第二十三話 南姫

第二十三話 南姫



 赤子の頃から一緒に育ってきた。



 私にはこの人がすべてで、この人しかいない。

 そう思った————。



「————清徳妃の件、聞いた?」

「ええ。昨晩龍青宮に賊が侵入したのでしょう?恐ろしいことだわ」



「何でも、侍女頭が犠牲になられたそうよ」

「清徳妃はあまりのことに寝込んでいるそうね」

「龍青宮に出入りしている下女の子が言っていたわ、まるで幽鬼のようだったって。それでは、皇子殿下の御寵愛など望めないでしょうね」

 お里下がりするのも、時間の問題ね。



 後宮の女たちは耳が早いことで、一晩の間に龍青宮に賊が侵入したことも、侍女頭が死に、徳妃が床に伏せっているということも、瞬く間に広まった。



 季翠はあまりの事態に、絶句しかできなかった。

「こんなことになるなんて……」

「賊は烏竜将軍の手により排除されたそうです」

 


 賊は始末されたが、龍青宮の警護を担当していた後宮警備の女兵の方も、不手際で何人か処罰されたそうだ。



 園遊会で見た、瑠璃唐草のような清徳妃を、季翠は思い出していた。

 もう……あの無邪気で明るい彼女には、出会えないのかもしれない。



 その日の内に、徳妃・清麗辰の里下がりの報せが季翠の元に届いた。



「殿、御体調は如何ですか。少し休まれては……」

「————よお、」



「思い通りに事が進んで満足か?馬鹿義息子(むすこ)

「…………虎雄様」

 回廊の柱にだらしなく背を預け、乱暴に話しかけてきたのは西にいるはずの養い親であった。



 さっと拱手して、養父に礼を尽くす。

 後ろでは副官が、渋々礼を取るのが見えた。



「帝都に御戻りになられていたとは聞いておりませんでした」

「陛下の御呼びでな」



 今から謁見しに行くところか。

 わざわざ自分の執務室に近い回廊にいるあたり、どうやら待ち伏せをされていたらしい。



「……伯大将軍、殿は御忙しいのです。御引き取りを」

 もう一人の副官・伯廉(はくれん)が、努めて感情を抑えようとした声で、虎雄に喰ってかかる。


 

 伯廉は常日頃から、主が多忙である理由の大半を占める伯虎雄を、蛇蝎の如く嫌悪していた。

 虎雄が大将軍の仕事も当主の仕事もまともにしないため、皺寄せが烏竜にきているのだ。



「なんだ、今日は飛ではないのか」

 伯廉を興味がなさそうに一瞥した虎雄は、五月蠅そうに片耳をいじった。



「伯飛には、しばらく別の仕事をしてもらっています」

 聞いたくせに、へえと、虎雄は気の無い返事をする。



「殿、お時間の無駄です。行きましょう——「清辰淵(せいしいんえん)を使って、何やらこそこそしているようだな」



 伯廉がキッと虎雄を睨みつけた。

「なんだ。辰淵がお前の命令で動いていることなど、高官の間では周知の事実だろう」

「…………」



 この人は皇帝以外に興味がないくせに、そういうところは良く見ているし、周到に配下を使って調べている。

 本当に厄介だと思う。



「虎雄様の御興味を引くようなことは、何も」

「そうか。……ああ、だが」

 わざとらしく、何かを思い出したように宙を仰いで見せてくる。



「————随分上手いこと、”烏”を紛れ込ませたな」

「……何のことなのか、私には」



 烏竜の返しに、虎雄はふんと鼻を鳴らした。

 しかし言うだけ言ったのか、そのまま回廊を行ってしまった。



 後に残されたのは、烏竜と、苦々しい顔を隠しもしない伯廉だった。



 次の日、季翠は一人とある宮に赴いた。



「皇子殿下のお渡りがあったこと、お聞きしました。御喜び申し上げます」

「お一人で来られるなんて珍しいですね」

 護衛武官殿は、今日は御一緒ではないのですか?



「はい。……人払いを、お願いできませんか」



 最近、気温が低くなっていくと共に日の入りがめっきり早くなってきた。

 まだ早い時間だが、室内はすでに夕日色に染まりかけていた。



 季翠の願いを快く受け入れた宮の主人は、侍女を下がらせた後手づから茶を淹れた。

 それを見ながら、意を決して切り出した。

「徳妃の侍女を殺した香」



「——ああ、夾竹桃(きょうちくとう)というお話でしたね」

「いいえ」

 彼女の顔を見ることができず、最初は出された茶の水面を見ながら話し始めた。



「医官に詳しく調べてもらったところ、異国のまったく別の植物だということが分かりました」



 医官に依頼していた香に使われた植物の正体が、やっと分かったのだ。



「夾竹桃と同じように、燃やすと毒素を発する。でも夾竹桃が眩暈、嘔吐の中毒症状を引き起こすのに対し、この植物は気管を侵し、目も傷つける」

 死んだ侍女の症状と一致する。



「まず帝国内では生育していないそうです。手に入れるには……そう、異国から渡来物としてやって来るくらいだと」

 この後宮内で、そんな渡来物を手に入れられる人間など一人しかいない。

 


 深呼吸して、顔を上げた。



「…………賢妃の名を騙り、徳妃に毒の香を贈ったのは、貴女ですね」

 


 ————”雀淑妃”。



「……翠姫様、私をお疑いになるのですか?」

 季翠の言葉に、一瞬目を見開いた後、雀淑妃は悲しそうに眉を寄せた。

 しかし季翠はその表情を、そのまま受け取ることができなかった。



 最初に違和感を感じたのは、賢妃から貰った香を徳妃が淑妃に分けたと聞いた時だ。



「……貴女は、人一倍礼儀に厳しい人だ」

「そんな貴女が、妃が別の妃に贈った贈り物を、厚意からだとしても受け取るわけがない」



 淑妃は困ったように眉尻を下げた。

「分かりませんよ。清徳妃は御存知の通り、”お友達”と親しくしたいご様子でしたから」

 断るのは気が引けたのです。



「そうでしょうね」

 しかし、清徳妃も名家の姫君だ。

 人から貰った贈り物を、第三者に自分から進んで渡すだろうか。

 第一、彼女の周囲にはそういうことに五月蠅そうな侍女頭がいた。



 ……それこそ、相手が欲しいということを言わない限り。



「しかし、今回のような事件に発展する場合もある。今回は徳妃が被害に遭いましたが、無関係なら貴女が同じ目に遭っていてもおかしくはない」

 後宮とはそういう場所と聞く。



「貴女は賢い人だ。その危険性を考えていないわけがない」

 


 能天気な徳妃なら、そんなことは露ほども心配していなかったのかもしれないが。

 普通に考えて、妃同士の物のやり取りに首を突っ込むなど有り得ない。



「でも、貴女は徳妃から香を分けてもらう必要があった」



「どういう必要なのですか?それは」

「この宮に、まだあるのではないですか。————事件で使用された香の材料が」



 季翠のこの言葉に、とうとう紅蕣は無言で目を細めた。

 


「そうすれば、万が一香の材料が見つかったとしても、”分けてもらった香が気に入り、自分で作ろうと思った”、とでも言えば済むからです」

 見つからないために、慌てて材料を破棄するなどという危険な真似を、彼女がするとは思えなかった。



「そもそも夾竹桃に毒性があるなど、軍属以外の人間が詳しく知るわけがない。似たような被害と身近に生えているという事実で、十分誤魔化せる」

 季翠が再調査を依頼しなければ、香の毒は夾竹桃によるものであると片付けられていただろう。



 つまり、真相はこうだ。

 


 淑妃は、賢妃が最近調香を趣味にしているとどこかで耳にしたか、誰かを亀黒宮に潜ませていたのだろう。

 


 そして夾竹桃と同じ、燃やすと毒素を発する異国の毒植物を取り寄せた。

それを混ぜた香を、賢妃の名を騙って徳妃に届けさせた。

 証拠隠滅のために、言葉巧みに徳妃に香を分けるように誘導し、再度自分の手に戻した。



 淑妃は狼狽える素振りすら見せなかった。

 いっそ恐ろしいくらい冷静だ。

「証拠はあるのでしょうか」



 人的証拠も、物的証拠も、何もない。

 しかし季翠は決定的な証拠にも近い、事実を知っているのだ。



「…………あの香は、」

 声が震えるのを、どうしても抑えることができなかった。



「桂皮の香りだった。……姉上は、桂皮の香りを好いていない」

 それがすべてだった。



「姉上が嫌いな香りを、良い香りなどと貴女が褒め、あまつさえ欲しいなどということを匂わせる発言など、絶対にするはずがないのです————」



 それは季翠にとって、何よりも悲しい覆りようもない事実だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ