表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第三章 後宮編
72/217

第十七話 波乱の幕開け

第十七話 波乱の幕開け



 ——後宮・翠月宮(すいげつきゅう)



「————翠媛(すいえん)様」

「お客様がいらっしゃいました」



 来客を伝える侍女に、彼女——張貴妃は叱責する勢いで断るよう告げた。

「誰とも会いたくないって言ったでしょう‼」



「気分が悪いの。追い返してちょうだい‼」

「————それはいけませんね」



 張貴妃が吐いた言葉の余韻が消えぬ内に、小鳥のように可愛らしい声がそれに答えるように室内に響いた。

 慌てて入り口近くに目を向けると、彼女が普段着ない紅色の衣を着た女が、室内に入ってこようとしていた。



 侍女たちが遠巻きに止めようとしつつも、触れることも許されない身分の相手だ。



「園遊会の時も、御不快そうでいらっしゃいましたものね」

 陛下がおられた時は、随分と御気分がよろしいようでしたけど。

 


「貴女……」

「ごきげんよう、張貴妃」



 少女のように可憐な女は、その可愛らしい雰囲気に似合わぬ艶やかな笑みを浮かべた。

 ―———貴女にお話があって参りました。





 一方、皇宮のとある一室では。



「————殿、」

「淑妃が動き出したようです」

 


 張子学塾から戻った季翠は、軽く身支度を整え、後宮の外で四狛と合流し皇子宮に向かった。

 腰には、翡翠の玉佩を下げて。



 訪れた季翠を出迎えたのは、一人の女官だった。

 


 五十路中ば……くらいだろうか。

 きりっとして凛々しく、如何にも仕事ができそうな感じの女人である。

 下女から、「伯夫人」と呼ばれていた。



 鶯俊はまだ政務が立て込んでいるとのことで、季翠は応接室に通された。

 四狛は室の外で待機している。


 

 さっと美しい所作で茶を出される。



 渋めの茶と。

 茶請けは……なんだろうか、黄色の、乾いた果物のような物。

 


 試しに齧ってみると、桃だった。

 かなり季節が過ぎているが、氷室で保管した後作ったのだろうか。

 渋めの茶によく合う。



 食べながら、季翠はほっとしていた。

「(やっぱり双子だから、兄上と姉上は嗜好が似ているのかも)」

 


 もそもそと茶菓子に口をつける季翠の近くで、伯夫人は隙無い様子で控えていた。



 一瞬虎雄の……と思ったが、彼は妻帯していなかったことを思い出す。

 しかし伯姓を名乗れるということは、相当近しい親族だろう。



 伯家は雀家などと違い、元々生粋の中央貴族だ。

 本邸も帝都にある。

 そのため、伯一族は西ではなく中央にいるのだ。



「(この女人(ひと)が、兄上の乳母なのだろうか……)」

 と思ったが、鶯俊の後ろ盾は東の清家だ。

 伯家の女人が乳母になるというのは考えにくい。



 ふと気になって尋ねる。

「あの、兄上に乳兄弟は……」



 姉には、紅蕣(こうしゅん)という乳姉妹がいる。

 最も紅蕣の母は体の弱い人だったそうで、正確には紅蕣の乳母に二人共育てられたのだそうだ。



 双子とはいえ、兄と姉は赤子の頃から離されて育てられたと聞いている。

 ならば鶯俊にも、別に乳兄弟がいるはずである。



「皇子殿下に乳兄弟はおられません」

 しかし季翠の質問に、伯夫人ははっきりと否と言った。



 鶯俊には乳兄弟も、乳母もいないと。

 


 正確には乳母はいたが、自身の子を産んですぐに亡くした女人だったそうで、鶯俊が乳離れをすると同時に郷里に帰ったのだとか。



 珍しいと思いつつ、人のことを言えないと季翠は思い出した。

 季翠自身、母乳の献上を受けて育てられたと聞いていたからだ。



 献上と仰々しく言っているが、ようは貰い乳だ。

 当然きちんと身元を確認された者たちからだが、季翠も鶯俊同様、正式な乳母も乳兄弟もいないのである。


 

 でも……。

「(つまり、”あの処刑された侍女”には子がいなかったのか)」



 記録にあった、乳母。

 伯夫人は語らなかったが——そもそも知っているのかすら知らないが、季翠は彼女の存在を知っていた。

 


 この乳母の存在はなかったことにされているのか。

 


 最初から乳母子はいなかったのか、それとも母子共に処刑されたのか。

 真相は謎だ。



 では、彼女——伯夫人が乳母代わりのようなものだろうか。

 季翠はちらりと彼女を見る。



 しかしそれにしては、随分と事務的な感じがする。

 この女人しか室に居らず、注目してしまうからそう見えてしまうのだろうか。



 ……以前に来た時も薄々思ったが。



 ————この宮は随分と、人が少ない。



 姉の宮で過ごすようになって、余計に思うようになった。

 


 ここが季翠や玄賢妃の宮なら、特に不思議に思わなかっただろう。

しかしここは、この大影帝国の第一皇子の宮である。



 この帝国で皇帝の次に尊い存在だ。

 双子の片割れの碧麗は、多くの侍女に囲まれていたのに。 



 衛兵はしっかり配置されている。

 少ないのは侍女だ。

 ここに来る途中、時折見かけたのは全員下女だった。



「……あの、夫人以外の侍女はいないのですか」 



 失礼とも捉えられかねない季翠の問いに、伯夫人はあっさり答える。

「ええ。皇子殿下の身の回りのお世話は、主にわたくしが一人で」



「……そうですか」

 怪訝な顔を隠さない季翠に、彼女は溜息を吐いて補足する。

「清将軍は、あまりそういったことに気が利かぬ御方なのです」



 皇子皇女の従者や侍女は、基本的に後見になっている家の者で構成されている。

姉の宮にいるのも、ほとんどが雀家に縁を持つ者だろう。



 季翠のように従者すらつけてもらえないこともあるが……。

 皇子と言う身分でもそういうことがあるのか。



 引き続き茶に口をつけると、俄かに外が騒がしくなる。

「お帰りになられたようです」



 伯夫人の言葉から間もなく、室の扉が開かれる。

「兄上」

「待たせたな」



 季翠は立ち上がって拝礼しつつ、さりげなく兄の後ろに目を向ける。

 懸念していた相手の姿は見えず、人知れず安堵の息を吐く。



「学塾はどうだ。急に呼び出して悪かったな」

「いえ……」

 先ほどの俊煕との出来事を思い出し、やや気分が沈む。



「張副宰相からも、うまくやっていると聞いている」


 

 しかし、と兄は続けた。

「悪いが、しばらく通えなくなる」

 そんな言葉の後鶯俊が続けたのは、驚くべきことだった。



「お里下がり……⁉」



 彼が口にしたのは、四夫人筆頭・張貴妃のお里下がりという知らせだった。



「一体なぜ……」

 まだ入内してから二月経ったくらいだというのに。



「元々、張翠媛は俺を嫌っていた」

 鶯俊は事もなげにそんなことを言う。



 しかし季翠としては初耳だし、そもそも彼女が鶯俊を嫌う理由から分からない。



「熱心に文を送ってくるのは、徳妃くらいだ」

 どうやら俺は妃たちに嫌われているらしい。

 さして興味の無さそうに軽くそう言った。



「はあ……」

 兄の女性事情を聞くのは気まずいが、ここまで明け透けに言われると羞恥も何もない。



「ちなみに、お通いにはなられているんですか」

「一度もない」

 左様で。



「紅しゅ……じゃなくて、淑妃様からは?」

 張貴妃の碧麗への非礼に、あれほど不快そうにしていた彼女だ。

 鶯俊に対しても礼を失した態度はしないだろう。



 しかし予想に反し。

「淑妃からの接触はない」



「雀淑妃は聡明な御方です。きっと他のお妃様に配慮なさっているのでしょう」

 玄賢妃との関係に悩んでいた季翠を後押ししてくれたのも彼女だ。



「……どうだかな」

 季翠の取り持つ言葉に、しかし鶯俊は皮肉気に口を歪めるのみだった。



「しかし貴妃が里下がりを申し出たのだ。後宮で何らかの動きがあったことは確かだろう」

 それが心理的なものであれ、状況的なものであれ。

「というわけで、少しばかり探って来てもらいたい」



 …………?

 ————誰が。

 ————お前が。



「わ、私がですか⁉」

 季翠は思わず自分で自分に指を差す。



「特例で護衛武官も後宮への立ち入りを許可する」

 返事は。



 なぜ季翠なのだとか、いつまでだとか、言いたいことはいろいろあったが。

「はい……」

 有無を言わせぬ圧に屈した。



 妹の返事に、鶯俊は満足そうに頷いた後……。



「——————お前は、本当に父上に似ているな」



 いきなり何だと彼を見返すが、鶯俊は季翠を見ているようで、別の何かを見ているような目でこちらを見ていた。



「兄上……?」

「…………いや、何でもない」

 後宮の件、頼んだぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ