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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第三章 後宮編
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第十五話 園遊会後編

第十五話 園遊会後編



「皇帝陛下、皇子殿下、御入場‼」

 兵のよく通る声と共に、緑龍帝と鶯俊が会場に現れる。

 皆が一斉に(こうべ)を垂れた。



 皇帝の御座は、屋外だというのに四方を御簾に囲まれた、まるで個室のような席となっていた。

 皇帝はその中に入っていき、鶯俊はその傍につくられた外の席に着席する。



 それにしても。

季翠はそっと上を向いて伺い見る。



 随分と慎重に椅子に座るものだ。

 彼女は目が良いため、御簾の向こうも鮮明とまではいかないが見える。



 皇帝は何かを探るように椅子の背もたれ、手すりに手を掛け、ややゆっくりと席についた。

 冠についている(りゅう)(玉飾り)が邪魔なのだろうか。

 それのせいで、流石に目元までは見えない。



「————皆、面を上げよ」

 御簾越しとは思えないほど、よく通る、存在感のある声だった。

 これが、父の声か。



「今日はよく集まってくれた、礼を言う。皇子妃たちを、皆で歓待しよう」

 皇帝の言葉に、皆が盃を上げる。

 視界の隅で、張貴妃が団扇を下げたのが見えた。



 その後は和やかに会が進んだ。

 中秋にしては過ごしやすい気候に、美しい歌舞音曲。

 供される食事も、流石皇帝の主催する園遊会なのか、どれもこれも美味である。



 毒見はもちろんされているが、すぐ傍でしているためいつもより温かい。

 季翠は美味しさに目を細め、姉に目配せを何度もした。



 時折咎めるような視線を兄から感じたが、そんなことよりもこの非日常の雰囲気を姉と楽しみたかった。



 しかし、楽しんでいたのも束の間。



 とうとう季翠の挨拶の番が回ってくる。

 緊張して姉の顔を見ると、彼女は季翠を安心させるように微笑んだ。

 次いで、兄を見る。

 


 鶯俊の頷きで、季翠は席を立とうとするが——――。

 


「——悪いが、少し風に当たり過ぎたようだ」

 


 皇帝の言葉に、ぴたりと穏やかに交わされていた談笑の声が止む。



「私は席を外すが、皆は引き続き楽しんでくれ」

「陛下……」

 席を立つ皇帝を引き留めようと、鶯俊も立ち上がりかける。



「皇子殿下」

 窘めるように彼を呼ぶ人物がいた。


 

「かしこまりました。私が御供を」 

 烏竜将軍だった。

 彼は席を立ち、皇帝と共に会場を去って行った。



 何となく微妙な空気が流れる。

 季翠は、上げかけていた腰を恐る恐る下ろす。



「陛下もああ仰っておりますし、我々は引き続き園遊会を楽しみましょう」

 結局、張副宰相の言葉で会が再開された。



 季翠はどうすればいいのかと兄姉を見遣る。

 碧麗は美しい顔に困った笑顔を浮かべ、鶯俊は無言で首を振っている。



 何だか、肩透かしを食らった気分だった。



「貴妃様?如何されましたか?」

 一方、何やら上座の方が騒がしい。



 張貴妃の席だ。

 彼女は最初のようにまた団扇で顔を隠し、俯いている。

 気分が悪いのだろうか。



 侍女頭により中座の旨が鶯俊に伝えられ、承諾される。



 貴妃が会場から退場する中、季翠は張副宰相を伺う。

 孫娘だろうに、彼はたいして気にしていないようで、我関せずといった風なのが意外だった。



 皇帝が中座したからか、天幕の向こうからの視線が増える。



 本日の園遊会の会場は、天幕で区切られ大きく二つに分けられていた。

 季翠が今居る皇帝が座す会場と、侍女頭以外の侍女や下女、一般の文官、武官たちがいる会場である。

 


 そちらは会場というよりも、彼ら彼女らの待機場所のようなものとなっていた。



 とはいえ布一枚で隔てただけであるため、覗こうと思えばこちらを見れるのだ。

 皇帝が席を外したため、皆好奇心が抑えられなくなってきたのだろう。

 季翠のことも、何人か様子を伺ってきているようだった。

 


 結局季翠は正式に紹介を受けることもなく、皇帝は最後まで会場に戻ることはなかった。



 園遊会の閉会間近。

 季翠は御不浄のために、一度席を外した。



 付き添いの侍女を伴って、会場に戻る途中。

 そっと、持たされた手鏡を懐から出す。



 どうにも唇に何かが塗られているのは、気になって仕方がない。

「(あ、歯についてる)」



 歯紅というのか何なのか。

一気に紅を差すことが、更に嫌になった。

 姉や紅蕣のような隙なく美しい女性に、季翠は到底なれそうにない。



 侍女にばれないように顔を背けてそっと懐紙で拭うと、顔を向けた方に。

 回廊から見える庭先の隅で、二人の官吏が何やらこそこそと話している姿が見えた。



 明らかに噂話らしきものをしている官吏たちの様子に、侍女は嫌な顔をし、季翠を早くその場から立ち去らせようとするが。



 季翠は気になってしまい、盗み聞きは良くないと思いつつ足を止めてしまった。

 彼らは話に夢中のようで、こちらに気づく様子はまったくなかった。



「碧麗皇女の美しさは、やはりいつ見ても目が覚めるようだったな」

「張家の血筋は美姫が多い。従叔母(いとこおば)である亡き皇太弟妃も、絶世の美女と名高かった」

 官吏たちの賛美に、季翠もそうだろうそうだろうと一緒になって頷く。



「——第二皇女の顔を見たか」

「ああ。陛下に瓜二つだったな」



 まさか自分の話もされるとは思っていなかったため、ドキリとする。

 一体何を言われるのか。



「あれを見たら、益々噂の信憑性が上がる」

「やはり鶯俊殿下の”あの噂”は本当らしいな」



「(兄上の話……?)」

 雲行きが何やら。



「————”鶯俊皇子は、陛下の子ではない”――――」

 官吏が言った言葉に、季翠は声もなく目を見開く。



「元々陛下と欠片も似ていないと言われていた」

「親子でも似ていない者は世に多くいるが、妹君があれほど瓜二つなのに、兄である鶯俊殿下があんなにも似ていないのは逆に不自然だ」



 ―———第二皇女が帝都に帰還したにも関わらず、公に紹介されないのはそのせいではないのか。



「姫様‼」

 侍女の声で季翠は、自分がその場から駆け出していたことに気づいた。





 一体どこまで来たのか。

 走っただけという理由ではない荒くなった息を、下を向いて整えている内に、肩に掛けた被帛がするりと地に落ちる。



 ぽつりと呟く。

「…………偽物」 



 それは、鶯俊に対峙した時あの男——玄伯黎(げんはくれい)が兄に吐いた言葉だ。

 あれが何を言っていたのか、今分かった。



 ぼおっと落ちた被帛を見る。



 …………本当なの、だろうか。

と、思ったところでぶんぶんと首を振る。



 口差がない者の言うことなど、信じるに値しない。

 所詮官吏たちの噂話に過ぎない。

 分かってはいるが……。

 


 それでも疑念を払いきれないのは、

「(あの記録……)」



 忘れていたはずなのに、先ほどの出来事で都合良く思い出してしまったのは何なのか。



 深呼吸をする。

 


 とにかく、会場に戻らないと。

 姉の侍女も置いてきてしまった。

 


 しゃがんで被帛を拾い上げようとした季翠だが、瞬間風が強く吹いてひらりと宙に攫われる。

慌てて追うと、羽のように高く舞い上がった被帛は庭先の木に引っかかってしまう。



 どうしよう。

 姉上が用意してくれた物なのに。



「(——だからこういう格好は嫌いなんだ)」

 先ほどの紅の件もあり、ややいらつく。



 自棄になった季翠は、軽く周りに人がいないのを確認すると。



 両袖を捲り上げ、襦裙(じゅくん)も軽くたくし上げて。

―———木に登った。



 幸い登れないほど高い木ではない。

 いつもの恰好なら、すぐに取って降りれただろう。



 しかし今は袖も裾も長ったらしい正装姿である。

 おまけに姉からの物で、枝で破かないように慎重にならなければならなかったため、亀の遅さであった。



「……とれ、た――――っ」

 ようやく被帛に手が届く高さに至り、腕を伸ばして端を掴む。

 しかし、その拍子に捲り上げていた袖が解ける。



 枝が密集していたため、そこに触れないように腕を強く引き過ぎたのがまずかった。

 均衡を崩した季翠の体は、そのまま後ろに倒れていく。



 受け身を取らないとと思いつつ、体が動かないままゆっくりと景色が上から下に流れていく。

 反射で目を瞑った瞬間。

「——危ない‼」



 ドサリと、地面に叩きつけられたにしては軽い音と衝撃が体に走る。



 恐る恐る目を開けた季翠の目の前には、予想していた土色でも草色でもなく、水色?の——先ほど見た清徳妃の色に緑を足したような――衣が、一面にあった。



 カランと、何か軽いものが落ちる音がした。



 ————って、人!

「もっ申し訳ありません……‼」



 季翠は、誰かを下敷きにしていた。

 落下する季翠を、この人が庇ってくれたのだろう。

 


 慌てて体を起こし、その人物を見る。

「——————————え…………」



「季翠。季翠、どこにいるのですか?」

「翠!」



 兄と姉の呼び声で、はっと我に返る。



 気づけば、季翠は木の真下で座り込んでいた。

 手にはちゃんと被帛が握られている。



「季翠!」

 座り込んでいる季翠に気づいた碧麗が、裾が汚れるのも構わず庭に降りてくる。



「あ、あね……、うえ……」

「一体どうしたのですか?侍女が、貴女が突然いなくなってしまったと」



 呆けたように姉の顔を見上げる。

 心配そうな碧麗の後ろには、呆れた顔をした鶯俊の姿もある。



「ご……ごめん、なさい……」

「説教は後だ」

 鶯俊は季翠の両脇に手を入れると、ひょいと立たせる。

 碧麗が季翠の服についた砂埃を払う。



「二人共早くしろ」

 もうすぐ閉会だと、彼は妹二人を急かした。



 姉に背を押され再度会場に足を向けた季翠の背に、しゃらりと、微かに音が聞こえた。



 そっと振り返って見ると、離れた所に一人、武官がこちらを見ていた。

 烏竜だ。



 彼は、どこか複雑そうな――――けれど、穏やかな眼差しでこちらを見ていた。



 その姿が、やけに印象に残った。

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