第十三話 深まる秋
第十三話 深まる秋
一日ぶりの学塾。
季翠は、俊煕から嫌味の一つでも言われるだろうと予想を立てていたが、そんなことはなく、なぜか今二人で、彼が考えた質問に答え合っていた。
「年は?」
「十四」
「同じく」
「きょうだいは?」
「僕は一人っ子だ」
「……兄と姉が一人ずついます」
「出身は?」
「中部(帝都がある地域)だ」
「…………西、」
なぜ二人がこんなことをしているかというと。
発端は俊煕の一言だった。
「思えば、僕はお前のことを何も知らないんだ」
季翠が学塾に来なかった昨日。
彼は季翠について、学友たちから質問攻めに遭ったのだそうだ。
しかし、当然俊煕はその質問のほとんどに答えることができなかった。
二月近く共に過ごしてきたとはいえ、まだ彼らは個人的な話をするほどの仲になっていないからだ。
「先生はお前に僕を理解するようにと仰った。でも、僕だけいろいろ知られるのは癪に障る」
だから、僕もお前を知ろうと思う。
ということらしい。
それが答えられない質問があったという現状を改善するためなのか、自分が知らないことがあるのが嫌なのか定かではないが、季翠にとっても悪い話ではなかった。
腕組みをして偉そうだし、言い方は非常に引っかかるが。
最初は季翠も戸惑いつつも、乗り気だったのだが……。
「(話していいのか絶妙な線の質問が多過ぎる……っ!)」
なんて事はない質問のはずなのに、だんだんげっそり疲れてくる。
そもそも、季翠は身分を隠してここに通っているのだ。
「好きな食べ物は」
やっと気を張らなくていい質問がきた。
「僕は棗が好きだ」
「姉上が好きで、良く食べるから桃」
自信満々に答えたが、俊煕の反応はよろしくない。
「僕はお前の好きな食べ物を聞いているんだ」
だから姉上の好きな物が、自分の好きな物なのだ。
と、思ったが。
……本当に、そうだろうか。
ぽとりと、言葉が転び出た。
「……荔枝」
「姉上が……初めて会いに来てくれた時に、お土産に持ってきてくれたの」
幼かった季翠は自分で上手に剥けなくて、碧麗が代わりに剥いて食べさせてくれたのだ。
あの時の甘い果実の味と、初めて感じたあの陽だまりにいるかのような気持ちを、季翠はよく憶えている。
「ふーん、お前にとって思い出の味ってやつか」
俊煕の言葉を反芻する。
思い出……。
「(姉上も、思い出の味なんだろうか)」
季翠にしてくれたように、姉も誰かに桃を剥いてもらった思い出があるのかもしれない。
そうであってほしいと、なぜかそう思った。
*
————所変わって。
季翠は今日、賢妃・玄思黎が与えられた宮——亀黒宮へとやって来ていた。
亀黒宮はその名の通り、黒く、亀のようなどっしりとした重厚感と格式高さを感じさせる宮であった。
共も連れず一人で来た季翠に、侍女はおかしく思う様子もなく、歓迎され中に通された。
四狛が後宮に入れないため、季翠には現在側仕えがいなかった。
亀黒宮の中は綺麗に整えられていたが、姉の宮に比べると明らかに人出が少なかった。
季翠もそうだろうと思われるかもしれないが、側仕えがいないだけで、宮は常に多くの下女たちによって整えられている。
ここは、数少ない侍女で仕事を回しているようだった。
ようやっと文に応え訪れた季翠を、玄賢妃はそれは嬉しそうに出迎えた。
彼女は、黒を基調にした衣を纏い、妃に相応しい姿をしていた。
北ではあまり着ているのを見なかったが、本来彼女の家・玄家の色は黒だ。
といっても、黒は基本的に皇族が身につける扱いが難しい色でもある。
許されているとはいえ、他の家同様日常的に使えるものではなかったのかもしれない。
先日会った紅蕣は、変わらず赤色の衣が良く似合っていた。
「翠様!お久しぶりですわ!」
「お待ちしておりました!」
彼女は待ちきれないとばかりに、季翠が入室すると同時に椅子から立ち上がっていた。
心底嬉しいといった様子だった。
あまりの歓待ぶりに、罪悪感が募る。
……もっと早く、会いに来てあげればよかったのかもしれない。
「……お久しぶりにございます、玄賢妃」
最敬礼をとる季翠に、思黎は戸惑う。
「翠様?どうしてそんなことをなさるの」
「貴女様は皇子殿下のお妃であらせられますので」
第一皇女である碧麗はともかく、季翠は所詮末席の第二皇女だ。
雀淑妃は例外として、兄皇子の妃に対して礼を失する態度はできない。
……すでに誘いを何度か断るという無礼を働いているけれども。
思黎は季翠の態度に、なぜかひどく傷ついているようだった。
「……嫌だわ。どうか今まで通りになさって」
「しかし」
「なら二人の時だけでもよろしいでしょう……?」
唇を噛みしめる姿に、季翠もそれ以上否とは言えなかった。
改めて再会を喜び、近況を語り合う。
玄家は、順調に立て直しつつあるそうだった。
葵家に居る蒼鈴も、戰華と喧嘩しつつ仲良くやっているとのことで、季翠は安心した。
半刻ほど雑談をし、暇を告げると彼女はひどく残念がって引き留めた。
後宮に入ってひと月近く。
きっと寂しいのだろう。
「……また、来ます」
紅蕣のことを思うと、こんなことを言ってしまっていいのかと心配にはなるけれど。
そう言った季翠の言葉に、彼女は本当に嬉しそうな顔をした。
秋が深まっていく中。
皇子・鶯俊の訪れは、今だ後宮になかった。




