幸って、実はとても優秀でした
その辺りを相談したら、安土の城を相談の場として提供してもらえることになった。
尤も呼びかけは俺の方でしないとまずいらしい。
今度ばかりは俺が主体で動かないと何も進まないとか。
流石に今度ばかりは信長さんや松永さん辺りが主役にはできそうにないことくらいは初めから分かっていたけど、それなら関白が絡むことだし山科卿あたりがって、ありえないか。
太閤殿下も、ましてや主上なんて畏れ多いし、消去法を使うまでもなく俺しかいない。
そんなことくらいは初めから分かっていたよ。
でも、悪あがきをすればうやむやになり、俺がっていう人が……出る筈ないよね。
面倒ばかりの案件だ。
喩え越前の領地がもらえても勘弁してくれっていう方が人情だよね。
いや、俺が音頭を取るのは良いんだ。
でも、その後の越前の扱いが残る。
下手をすると俺が仕切らないといけなくなりそうで、そればかりは避けたい。
みんなを集めるまでどうにかしないといけないので、考えるとしよう。
とりあえず俺の仕事はひとまず終わり、安土城下で船を捕まえて京に戻っていった。
京に戻ったら、早速会合の準備のために動く。
まずは、大和の多聞山城に出向き弾正に会って、今までの経緯を説明して、安土城での会合の参加を取り付ける。
その足で俺は九鬼さんを探すために堺から船で一度賢島に入る。
そこで豊田さんに話を聞こうとしたら、別件で捕まった。
最近ここにはほとんど来ていない。
商館などの件についての書類仕事が溜まっているとか。
え?
商館については幸に任せたはずだが。
俺は不思議に思い幸を呼び、彼女に話を聞くと、溜まっている案件は難しそうな判断だと思ったそうで、京に戻る時に書類をもって行こうとしていたとか。
俺は、幸に説教とばかりに、説明した。
強い口調で説教を垂れた訳では無いけど、幸に仕事を任せたので、まずは自分で判断してみないかと諭して聞かせた。
偉そうだとは思ったけど、俺よりも若い幸なので、年長者としてのアドバイスだ。
幸は少し泣きそうになったが、分かったようで、俺の前で溜まった仕事を片付け始めた。
まだ自信が持てなかったようだ。
失敗しても、良いとは思ったんだが、どうも幸はその失敗が怖かったようだ。
とにかく報連相だけをしっかりとしていれば、失敗はどうとでもなる。
戦場での槍働きでもあるまいし、失敗=即死になる訳でもないので、いくらでもリカバリーが効くし、何より、本当の失敗って、うまくいかなかったことでは無くて、うまくいかなかったことをそのままにすることだと俺は大学で研究室の教授に教わった。
研究室での仕事って、ほとんどが失敗なのだそうだ。
その失敗を次の糧にすることで研究が進むらしい。
俺は何度も失敗はしたけどそのことで教授や先輩たちからは叱られたことは無かった。
諦めそうになった時だけ、周りから色々と言われたけど。
幸についてはうまくいかなくても、そんなことは織り込み済だ。
それにここには紅梅屋さんもいることだし、豊田さんもいるから緊急な事でもどうにかなると思っている。
でないといきなり幸に仕事は頼まない。
それでも幸は俺に迷惑をかけたくないのか、失敗を必要以上に恐れているからどうにかしてあげたいな。
溜まった仕事は、俺の前でどんどん幸が片付けていく。
あれ……幸ってひょっとしたらものすごく優秀なのでは。
ひょっとして俺って要らなくない???
そんなこんなで今日のところは賢島で一泊だ。
久しぶりと云うより初めてかもしれないが、幸と二人きりになった。
幸はものすごく喜んでいたから、できるだけ俺はこんな時間を作ろうと心に誓った。
そう言えば葵は大丈夫なのだろうか。
まあ、葵の場合張さんに付いて仕事をしていた時間が長かったから、結構失敗も重ねていたりして。
て、そう言えば張さんの失敗って聞かなかったな。
目の前で、あれはダメでしょうって感じの交渉事は何度も見たことがあるけど、あれって失敗じゃないよね。
特に相手が涙目になって、本当に尻の毛まで抜かれる勢いだった時には流石にまずいとは思ったけど、俺達にとって問題は無かったから失敗とは言えないけど、張さんの失敗について俺はそれくらいしか知らないな。
翌日に豊田さんに九鬼さんの居所を聞いたら大湊にいる様なので、その場から船で大港に向かった。
本当に久しぶりにここ大湊に着いた。
前に来た時には、色々と荒れた後の後始末中だったこともあり、町には活気があったが、町並みはとても褒められたようなものでは無かった。
まるで俺が初めて京に着いた時のよう……これも褒められる話ではないな。
結構この国って、どこも荒れているのだろうか。
戦国の世だし、そういうものかもしれない。
でも、今は違う。
すっかりメインに使っている湊から城がみえるところまで続く大通りの周りには綺麗に商人の店が立ち並んでいるし、活気もある。
九鬼さん達は本当によくこの地を治めてくれているようだ……あれ、この感想もおかしくないか。
どうも九鬼さん達が俺に判断を求めてくることが多くて、俺が大名のような感想を持ってしまった。
でも、最近はそんなこともなくなったしな。
まあ良いか。
俺は城に向かって歩き出した。
城の門前でちょっとした騒ぎになった。
門前にいる人が俺を通してくれない。
どうしよう。
今まで信長さんの所もあの糞おやじの所もそんなことは無かったのに、それに門番も初めて見る顔だし、俺の脳裏には以前の三蔵村での出来事が過った。
あの時も俺のことを知らない人が多すぎて、完全に不審者使いになっていたな。
まあ考えなくとも当たり前で、知らない人に『俺の家を知らないか』なんて聞けば完全に不審者だよな。
でも、ここってお城だろう。
流石に主人に面会を求めているのだし、それなりの対応ってあるんじゃないかと思うのだが、どうしよう。
困っていると古参の兵士の一人が俺の傍を通り過ぎたので、俺は慌てて彼を呼び留め対応を願った。
驚いた彼は門番を叱りつけ、直ぐに上司を呼ぶように城の中に走らせた。
その後、しきりに俺に謝って来る。
あ、いや、ここを放っておいた俺が悪いんだ。
良いんだよ、俺って影が薄いから……グスン。
城の方から半兵衛さんの弟さんが走って来た。
あの人も家老のはずだが、そんなに慌ててはダメだろう。
その後は問題無く、九鬼さんや半兵衛さんが待っている広間まで通された。
でも、俺を上座に据えるのは止めて。
すったもんだの挙句、奥の間に九鬼さんと半兵衛さん、それに藤林さんの四人で向かった。
一応プライベート空間ということで、無礼講。
そこで、今までの経緯を三人に話した。
三人が三人とも結構怒っていたよ。
まあそれもそうだよな。
俺達の金が、それも大金が全部横領されて、しかも犯人が逃げ出したと聞いては普通怒るよな。
で、それに続いて、軍を起こすことになるので、俺が詫びたら、半兵衛さんが問題無いと言ってくれた。
「殿、あ、いや、中将殿。
そういう事なら是非に私たちを使ってください。
そのために私どもはここで英気をやしなっております」
「私たちは、中将殿の理想とする戦の無き世を作る為なら、どんなに厳しい戦いでも先陣を切ってでも……」
三人が三人とも俺の案に乗り気だ。
そこで俺が懸念を話すと、何故か不思議そうな顔をしている。
「中将殿が治めれば良いだけでは」と言いやがる。
だから、俺は商人なんだよ。
政は一切かかわりたくないんだけどな。
「まあ、後の話は良いか。
なら、九鬼勢は主力として近江にまで参戦してくれるということで良いのかな」
「はい、私どもはいつまでも中将殿の刀となります。
遠慮なく申してください」
半兵衛さんが、なんかすごいことを言っているような気がするが、今はそれどころじゃないな。
「それでは、あとで連絡するから安土に集まってもらうよ。
その席で、今後について相談するから」
後は一番めんどくさいあのおやじだな。